1ー2.反逆

「貴様らがウワサどおりの実力であれば凶悪な魔物も魔王教も打ち破れるであろう! 富も名声も手に入るというのに、それ以上に何を望む!? 力ある者の務めを果たせ!!」



 見合う報酬を用意できないほど危険な魔物の討伐報酬を国が代わりに払う以上、その額は確かに大きい。


 それだけ危険度の高い任務に、名の売れたトップレベルの人材を組ませて当たらせるのも効率的ではある。


 問題はその人材が使い捨て状態であるのを王が気にも留めていないその様子だ。


 王様くらいお金持ちだと金があっても命がなければ使えないのも分からないのですか。と軽口を叩きそうになったユーシャだったが、アルテシアに袖を引かれさりげなく耳を寄せる。



「今発言した小柄で少し頭の足らなそうな彼、今回の〝護術士〟に選ばれたアレクです」


「あの、小さいのが?」


「はい、あの小さいのが。護衛専門傭兵として、その筋では有名です」



 歳は十四、五くらいか。この場にいる時点で選ばれた者だとは分かるが、外見や挙動のあまりの頼りなさに信じがたかった。


 アレクと言えば、護衛対象を脅かすものをちぎっては投げちぎっては投げる槍使いと名高い。


 そんな圧倒的強者と評判な少年は、王の怒声に短く切りそろえられた白い髪の先まで震わせ、大きな赤い瞳には涙がにじんでいた。



「ぜんっぜん、そうは見えないね」


「ええ、本当に。その隣で突っ立っているのが〝剣士〟シダー。第二回アリア闘技大会に出場し、優勝した人物になります。それまで無名のため、闘技大会が勇者一行の選抜会だったのでしょう」



 自分より少し歳下、アルテシアと同じ十八歳くらいだろうかとユーシャは見る。


 先の短い発言の時も今もずっと無表情で、どこか達観していた。顔に鼻を通って真一文字の傷があり、三白眼気味のグレーな瞳と合わさって強面になっていた。



「他国出身、そして魔法を使えないのは勇者一行としては異例。ただ、闘技大会は魔導士も参加した中を勝ち抜いているので実力は証明されています」



 そこまで話して、アルテシアがスッと姿勢を正す。王の注目がユーシャに戻ってきた。



「ユーシャよ、貴様が予に従わぬからこやつらも雑念を抱いたではないか!」


「いやあ、それほどでも」


「褒めておらぬ! 貴様、目的は何だ。ここまで王命に逆らう以上、投獄も覚悟できているのであろうな!!」


「当然です。自分で言うのもなんですが勇者になりたくないなら拒否できるレベルのお家柄ですし、わざわざここまできた理由はありますよ」



 ユーシャはチラリとアルテシアを見る。アルテシアは懐中時計を確認し、うなずいた。



「時に陛下、甥御のユーシャ様はお元気ですか? 御両親が亡くなられてから心を病んで伏せられたままだとか。同じ流行りの名を持つ者として心配しておりまして……」


「貴様、何を申しておる?」



 話しながらユーシャは左手の手袋を外す。不審な行動に王が兵へ取り押さえるように命じるも、兵たちは途中で足を止めてしまう。


 手袋の下から現れたのはアリアの紋章と同じ、ハートのような荊模様の痣だった。



「質問を変えましょうか、陛下。偽物のユーシャ様はお元気ですか? 私、ユーシャ・アリアは城を追われてもこんなに元気に育ちましたよ!」



 一瞬、ユーシャの反抗的発言以上に空気が固まった。少しして、玉座の間がざわめきに満ちる。


 前王の肩にもあったその痣は、アリア王家の一握りが生まれ持つものだ。痣持ちの王族は魔法の才能にあふれ、その痣は英雄の血を引く証と言われていた。


 王もしばし言葉を失うほど驚いていたが、青ざめたまま兵へ怒鳴る。



「うろたえるな! 王子を騙る罪人を捕らえよ!!」



 兵は最初こそ戸惑っていたが、王の怒号に動き出した。始めに一番数の多い剣兵たちがユーシャを取り押さえんと迫る。


 ユーシャは焦る様子もなく手袋を付け直すと、手を前に伸ばした。



「〝我命ず。風よ、剣と化せ〟」



 目の前に現れた魔法陣から、刀身が淡い緑にきらめく片手剣を引き抜き、構える。



「〝風よ、吹き荒べ〟」



 ぐるりとなぎ払うように振るえば、剣の姿が揺らぎ消え、風が吹く。数十の剣兵がすっころんだ。


 ユーシャは人と人とがもつれ合うあいだを玉座に向かって駆け出し、再詠唱し、風の剣を手に取る。



「く、来るな! 予を殺す気か!?」


「あははっ、かわいい甥っ子に殺されるようなことした覚えあるんですか?」


「ぐっ……」



 玉座の周りには護術兵によりシールドがはられていた。ドーム状のそれは、二重になっている。対人戦に慣れていないのがよく分かる愚策に、ユーシャは失笑する。


 魔法で切りつけても弾かれた一枚目のシールドを蹴破り、蹴りが止められた二枚目を風の剣で斬り裂く。慌てた護術士が再展開しようとして気力を使い果たし、倒れるのが見えた。


 玉座に迫り、ようやく詠唱を終えたらしい攻術兵が水の鞭を手に立ち塞がる。


 足元を狙ってきた一撃をかわし、伸びた鞭を風の剣で切り刻む。鞭が再生するより早く術者を蹴り飛ばせば、水の鞭は形を保てなくなって消え去った。



「勇者一行の武器を持って来い! アルテシア、アレク、シダー! こやつを止めろ!!」


「えっ、えっ、えっと、ユーシャさんがユーシャ様でユーシャ様じゃなくて、でもあの模様はユーシャ様で……?」



 ようやく兵士たちでは対処できないと見て三人まで頼りだした王だったが、アレクは槍を手にしても状況についていけずにオロオロしていて、シダーは相変わらず無表情のまま刀を抜こうとしない。



「〝我願う。水よ、鞭と化せ〟」



 一人魔法を展開したアルテシアだったが、その鞭はユーシャの背を追う兵をなぎ倒した。


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