勇者だって人間だ
餅々寿甘
1.英雄国アリア
1ー1.勇者だって人間だ
勇者は王の口からお決まりの文句が出るのを、今か今かと待ちわびていた。
水底に光が差すように、青い瞳がいたずらっぽく輝いていることを玉座でふんぞり返る王は気がついていない。
はやる気持ちをおさえ、くどくどと垂れ流される勇者の心得を聞き流す。
「ユーシャ・アシュレイよ! 世界を救うのだ!!」
そしてその時は、来た。
「嫌です」
思いもしなかったであろう返答に仰天する王の表情はひどいもので、隠しきれない笑みがこぼれた。しかし、すぐに口を引き結ぶ。
アリア城の玉座の間にぎっしりと固められた兵士たちが、ざわめきつつも臨戦態勢を整えていた。
緊迫した空気の中、王が仕切り直すようにせきばらいをする。
「お主は状況を理解しておらぬようだな。よかろう、今一度説明してやる」
「いえ、結構で……あー……」
ユーシャの遠慮も虚しく、王は切々と語り出した。
五年前、王の兄である前王がロゼリア教の信奉者に殺害された。魔王を敬い魔王教とも呼ばれるその勢力は、魔王の復活が近いとうたう。
ロゼリア教はかつて魔王を討ち滅ぼした英雄アリアにつらなる血の断絶を掲げており、被害に遭った魔導士の数は減ることを知らない。
時を同じく五年前から、世界各地で魔物の凶暴化が多発しはじめた。歴戦の勇士も苦戦するそれの討伐に見合った報酬を用意できず、住み慣れた土地を捨てた者も多い。
ロゼリア教と魔王の打倒、および凶暴化した魔物の排除のため。今、勇者は必要とされているのだ。
そうした現状を改まって長ったらしく語られ、ユーシャはあくびを噛み殺す。
「力なきものを守るのは魔導士の務めである。その中でも名誉ある勇者の役目を与えられたことを光栄に思え! ユーシャよ! 世界を救うのだ!!」
「嫌です。今までその勇者様方が何人死んだか数えていらっしゃらないのですか? てっきり死なせた魔導士の数でロゼリア教と張り合うつもりかと思っておりましたよ」
あっはっは、と陽気な声を上げるが、笑っているのはユーシャ一人だけだった。
これまで勇者とその供をする攻術士、護術士、剣士の計四名が選出されては死に、選出されては死んでいる。
討伐対象の魔物に敗北した者、ロゼリア教に排除された者、いずれも勇者に選ばれなければもっと長く生きられたかもしれない。
世間では、次の勇者がいつまで持つかの予想が酒の肴や賭けごとの対象にされているほどだ。
しかし発言した場所が場所であり、相手が相手である。玉座の間は肺の凍りそうな空気に包まれた。
「確かに犠牲は大きい。だが、その犠牲によりいくども凶悪な魔物を退けているのもまた事実である」
諭すような王の声は意外にも穏やかだった。けげんそうに眉をひそめるユーシャに、王は続ける。
「ユーシャよ。これは人々のためだけではなく、お主のためでもあるのだ。勇者として活躍し、名声を得れば、アシュレイ家の繁栄にもつながるのだぞ」
王の口調も主張も、これまでと比べて優しい。その内容を素直に受け取れば、だが。
この流れでは〝断ればお家がどうなるか分かっているんだろうな〟と言わんばかりだ。
もはや反抗的な態度を隠そうともせず反論を口にしかけたユーシャだが、それをさえぎるように後ろに控えていた者が前へと出た。
左目が眼帯で隠れていてもなお美しい、端正な顔立ち。体型の分かりづらい黒のローブでもうかがえる華奢な身体。
いかにも魔法使い然としたその人は、桃色の長髪をなびかせて王に頭を下げる。
「陛下。恐れながら発言の許可をいただきたく」
「貴様は……アルテシアか。良いぞ、申せ」
「先のこの者へのお言葉、私が攻術師として選ばれたのはファルト家に汚名返上の機会を与えて下さったとみて相違ないでしょうか」
「うむ。しっかりと勇者を支えよ」
「かしこまりました。陛下の寛大なお心に感謝致します」
「ははっ、どこが寛大だか……」
アルテシア・ファルト。五年前の事件で父親が前王を守れずに失墜した名門の魔道士だ。女性と見まごう容姿だが、その声質は明らかに低く、男と分かる。
アルテシアは毒づくユーシャを横目でにらみつける。片目だけでもその眼差しはするどく、ユーシャに突き刺さった。
「時間稼ぎとしてはやりすぎかと。いたずらに刺激しないでいただけますか」
「はいはい。ごめんね、アーティ」
小声で言葉を交わすが、ユーシャの軽い謝罪に悪びれた様子はない。
「あ、あのぅ……」
アルテシアの発言に便乗し、背後の少年が声を上げる。小柄な少年は、集まった視線にキョドキョドと目を泳がせた。
「えっと、お役目って辞退できるんですか? それなら僕も辞退したいです! だって今までの人、みんな、死んでる……って……」
おどついた態度に似合わず、ぶん投げられた爆弾。凍てついた空気が自分にも向かってやっと失言だと気づいたのか、少年は言葉をにごす。
だがその気づきはあまりに遅く、せっかくアルテシアがとった王の機嫌を見事に粉砕した。
わざと王をあおっているようでもないその様子にたまらずユーシャが吹き出し、またアルテシアににらまれる。
王が面くらっていると、少年の隣にいた青年がつと手を挙げる。
隣国の民族衣装である着物とひとつ結びにした黒髪が目立つ彼は、横でアワアワしている少年とは対照的に落ち着き払っている。
「同じく」
挙手という自己主張の割にその発言はあまりに短かったが、火に油を注ぐには十分だった。
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