エピローグ

旅立ち

 金田作治は旅立った。


 スーパー御手洗で働き、有意義な時を送っていたが、もう少し世の中を見てみようと思ったのだ。空には飛行機が飛び交う世の中となり、大顔地区以外にも復興を遂げた地域があるかもしれないと作治は思っていた。


 それに最近空襲警報も鳴った。また戦争が始まるかもしれなかった。統治局はそんな事一言も言わなかったが、真相は闇の中だ。


 作治は御手洗店長にいとま乞すると精肉の反町さん、鮮魚の船越さん、青果のせいさんに挨拶した。暇の挨拶をすると御手洗店長は残念がり、「いつでも帰ってきて良いんだからな」と仕切に言ってきた。


 持ち物はテントに寝袋、スーパー御手洗で買い込んだ保存食と、反町さんに貰った干し肉、船越さんに貰ったダダ魚の干物、そして、冬目坂商店街にいる頃手に入れたオートマチックだった。


 行き先は何処とは決めていなかった。ただ、首都は東北にある下野毛山脈を越えて行かねばならなかったし、その方面には盗賊が出るとのことだったので、現実的ではなかったし、東に飛び出た南洲、別名・肘折半島は海軍がいるだけで何もないとこと言われていたので、こちらもあり得なかった。


 考えられるのは西方面だけで、そちらは国境だったのでこちらもあり得なかったが、取り敢えず水龍川軽便鉄道にみて、何処か面白そうな町が寄ってみることにした。もしかしたら、何処かで首都か肘折半島へ行く方法が見つかるかもしれないと思い、猫崎駅へと急いだ。


 猫崎駅は今日も賑わっていて、合成メタンのトラックやら乗用車やらが止まっていて、排気ガスの嫌な匂いに満ちていた。


 作治は隠しホルスターにしっかりオートマチックをひそませていることを確認し、切符を買った


 ゴーグルのおばさんにまた会えるかなと、淡い希望をいだいたが、思った通り出会うことはなかった。


「やっぱりな」と作治は独り言を言うと、軽便鉄道に乗り込んだ。


 客は作治の他十人ほどがの乗り込んだ。半数が行商姿の老人だった。


 軽便鉄道はゴロンゴロンと走り出した。ゆったりとした旅だった。


 車窓の景色は変わっていなかった。


 そう、初めは思っていた。


 それに気付いたのは鬼目川駅を出たときだった。


 湿地帯に以前はなかった構造物があった。


 それは一基の回転砲台だった。戦車の回転砲台のようだったが、キャタピラはなく、その代わりに六本の脚が生えていて、半ば湿地帯に埋まっていた。ハッチが開いていて、潮にやられたのか所々錆びていた。ひと目で遺棄されたのだと解った。


 一体誰が遺棄したのだろう。そしてまだ動くのだろうか。軽便鉄道に乗る作治には確かめようもなかった。しかし、その姿は戦いの終わった老兵のように見えた。


 前に座っていた老人が「ありゃ西の兵器じゃないか」と独り言のように言った。




 列車はやがて脚気かっけ町駅に着いた。、以前見た「瓢箪ひょうたん男」は当然、見られなかったが、大勢の様々なミュートたちが駅前を闊歩していた。手が四本ある者、脚のない車椅子に乗った者、角の生えた者と様々だった。バラック小屋だけは健在で、舗装されていない道の左右に並んでいた。その道の上にはミュートたちが各々自分達の仕事をしていた。ミュートにはミュートなりの仕事があるのだ。なかでも、喧嘩でもしているのか、口から火を吹いていたのが印象的だった。


 列車が川黒町駅に近づくと、以前見た「蛇刃尻重工飛行機製作所」の看板が見えてきた。


 飛行場には以前はなかったスマートな機体の単発機が見えた。新型の戦闘機だろう。その横では噴射推進式らしい新型の戦闘機が猛烈な音を立てて飛び立とうとしていた。あれはジェットエンジンというものだろうかと作治は思った。


 作治は羨ましく思った。あの飛行機があれば遠くまで飛んで行けるのだろう。自分の足や軽便鉄道ではなく、遠くの街までひとっ跳びに飛んでいきたいものだと作治は思った。あれがあれば憧れの首都まで飛んでいけるかもしれない。首都は大顔地区などより復興が進んでいるらしいので、是非とも行ってみたいと切望していたが、下野毛山脈を越える術を作治は知らなかった。

 やがて川黒町駅を出ると今回は満潮時ではなかったので、水の上を走らなかった。

 列車は問題なくタラチネ海岸駅に着いた。眼鏡の青年は降りなかったが、そこでも見たことのない奇妙な物を目にする事となった。

 それは巨大な躯体をもった人型のものだった。両膝を付き、俯いているように見えるソレは明らかに人が乗るロボットのようだった。腹のハッチは開いており、そこからコクピットが垣間見られた。デザインは丸っこく、潜水夫が嘔吐しているようにも見えた。


 前に座っていた老人に「あれも西の兵器でしょうか」と聞くと、「さぁ、見たこともねぇな」と興味なさそうに言った。


 作治はそのモニュメントのような景観にびっくりしているうちに不泣島駅に着いてしまった。


 そこは以前、被爆した男がいた所だ。


 ロータリーは健在で、忙しそうに走っている者、歩いている者、疲れたのか座り込んでいるもの、項垂れているもの、倒れている者等がいた。


 倒れている者には誰も近づきもせず、ほっぱらかしにされていた。


 誰もが他人には無関心で死んだような街だった。


 この街だけは死んでも降りたくないと作治は思った。


 そんなふうに懐かしがり回想していると、いつの間にか水龍川駅に着いてしまった。猫崎駅から乗ってきた者の殆どがここで降りた。


 結局、またこの駅で降りることにした。国境地帯とジーク教の天船寺院の他、見るところは何もなかったが、唯一、市場だけが見る価値がありそうだったからだ。


 駅を出ると、ジーク教の僧侶が「聖水」を売っていた。小銃を抱えた僧兵達もちらほら見えた。こころなしか以前より警備が厳しく感じられた。


 そう言えば先日、西政府の戦闘機群が偵察にやってきたのだと、作治は思い出した。また、戦争が始まるのだろうか。だとしたら、こんなとこにいては危険だ。どうにかして山脈越えの手段を探さないといけないのかもしれない。しかし、蛇刃尻重工では立派な戦闘機が出来ているのだから、たぶん大丈夫だろう、と作治は信じていた。


 聖水を売る僧侶たちから逃れると、作治は市場に向かった。


 市場は相変わらず賑わっていた。天船寺院のもと、壁のこちらとあちらで商いを行い、傭兵である僧兵達の監視下、それぞれ各々の物を売り買いしていた。


 殆どの者が合成メタンのトラックで買い出しや売り出しに来ている者たちだった。


 作治は、揚げ芋屋で串に刺さった揚げ芋を買い、それを頬張りながら市場を冷やかして回った。市場の中には精肉の反町さんが扱っていないようなな肉も並んでいた。


 作治はふと壁伝いに歩いていこうと考えた。


 ジーク教の天船寺院のから離れると、壁沿いに人はおらず、未舗装の道が続き、ただっ広い荒野が続いていた。


 この塀を越えて向こう側へ行ったら何が待っているのだろうか。そんな事を考えながら作治は壁沿いの道を歩いていった。


 すると、後ろからクラクションを鳴らす車があった。


 後ろを振り返ると、一台の合成メタンのピックアップトラックが停まっていた。


 トラックの運転席には見たことのある人物が乗っていた。


 以前、冬目坂商店街でオートマチックを売ってくれた、髪の毛をオールバックに撫で付けた人の良さそうな小太りの男だった。


「よう、兄さん」男は人懐っこそうに挨拶した。


「ああ、あの時の……」


「何処に行くんだい?」


 作治は別に目的などなかったから、ただ首を横に振った。


「バイクはどうしたんですか?」作治はあのときの事を思い出して訊ねてみた。


「おかげさまでね。繁盛してね。こいつじゃなきゃ運べなくなった」男はトラックにのったまま窓から腕を出し、トラックドアをポンポン叩いた。


「何処まで行くんですか?」作治は訊ねた。


「西だよ」


「西って、西政府のことですか?」


「そうだよ」


「行けるんですか?」作治は興奮した。


「行けるよ。兄さんも乗ってくかい?」男は親指を立て、助手席を指差した。


「でも、どうやって?」作治は大声を出して訊ねた。


「蛇の道は蛇だ」男はドンっと自分の旨を叩いた。


「連れてって下さい!」


 作治は手を振ってトラックに走りより、助手席のドアを開けると飛び乗った。


「ちょっと、ワイルドな道になるぜ」


 男はイグニッションキーを回した。


 車は南西に向けて走っていった。



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