撃墜

 トラックコンボイ襲撃から数日が経った。


 戦闘で穴を開けられた部分はエンドーさんが直してくれた。


 襲撃応援の見返りは、与圧服十着と大量の缶詰食料、これまた大量の二十ミリ機関砲の銃弾と大量の燃料と金塊十キロだった。


 黒天狗団の本部賊長は、今回のネルの活躍を称賛し、また機会があれば合同作戦を取りたいと申し出た。


 ネルは相変わらず、毎日シミュレーションシステムでシミュレーション飛行を楽しんでいた。


 角川老人は弄られ衆の赤目と鼻高に手伝ってもらい、ИР四型に乗っていた飛行兵の墓をお社にして、祀っていた。


「オハカ、オハカ」と鷹揚のない声で赤目はお社を作る作業に勤しみ、鼻高はヒョコヒョコした足取りでお社に飾る花を摘んできた。最近、鼻高は耐用年数が過


ぎているためか、動きがぎこちなかった。


 マルさんや小暮川さん達は農業の仕事に専念していた。


 エンドーさんはカタパルトと、本来航空母艦ににつける着艦装置を作ってくれ、いよいよ短距離で離発着が出来るようになった。


 また、小暮川村長は、充分な与圧服が手に入ったので、下野毛山脈の東側まで遠征し、何か取引できないかと考えているようだった。


 下野毛山脈の東側は食用にできる生き物も多種多様いるし、野盗の餌食になりそうなパーティーも多そうだった。


 ネルの戦闘攻撃機を使えば飛んでいけるような気がしたが、エンドーさんは


「下野毛山脈を越えるほど高く飛べない」と断言していた。


 ネルたちは東政府が飛行機を開発しているなどとは夢にも思っていなかった。


 だから、水平線上を舞っている小さな影を見つけた時には驚いてしまった。まさか、西政府がここまで来たのかと思ってしまった。


「ネルよ、少し飛行は控えたほうが良いかもしれんぞ」角川老人が忠告した。


 そんな事を言われても、ネルは飛ぶ気満々だった。夢にまで見た空飛ぶ機械だ。空を飛ばないでいる理由がなかった。


 だから、次の出撃命令が出た時は喜んだ。


 今度の獲物は単独のトラックで、建築資材を載せているとの事だった。


 マルさんと山崎さんが与圧服を着て山頂まで確認しに行ったのだから間違いないだろう。


 黒天狗本部は前回のトラックコンボイ襲撃で満足しているのか、出撃を見合わせているとの事だった。


 ネルは角川老人とマルさんを急かして戦闘機に載せると、自分も急いでコクピットに乗り込み、安全ベルトを締めた。今回はマルさんが副操縦席に座り、角川老人が後部座席に座った


 計器パネルのスイッチを入れ、各種舵の動作確認をして、シグニッションボタンを押す。


「今回はカタパルト発進です。秒読みとともに発進して下さい」エンドーさんがエンジン音に負けないようメガホンで大声を出した。


「三・二・一・発進!」

 エンドーさんの秒読みに合わせてスロットルレバーを押し込んだ。


 ぐんっ、と加速が加わる。カタパルトがしゅるしゅるいって戦闘機を押しやった。三人を載せた戦闘攻撃機はふわりと宙に浮いた。


 下を見ると小暮川賊長たちが四駆やバイクに乗って出撃するのが見えた。


「奴らもう虎股峠を越えている筈だ」マルさんが言った。「一時の方向へ進め」


「了解です」ネルは操縦桿を操り、一時の方向へ向かった。


「おい、八時の方向に何か飛んでいるぞ」角川老人が報告した。


 ネルが首をひねって八時の方向を見ると、四つの小さな影が浮き上がるのが見えた。


「西政府の戦闘機ですか?」ネルが叫んだ。


「いいや、あそこは大顔地区だ。あんな低く飛んでいたら、僧兵達に撃ち落とされている筈だ」角川老人が言った。


「どんどんこちらに迫ってきます」


 ネルは高度を上げて虎股峠に向かっていたが、迫りくる飛行物体にどう対処して良いのか判らなかった。


「どんどん登ってくる……」ネルは焦った。


「戦闘機のようだぞ!」角川老人が叫んだ。


「東も戦闘機を開発したのか!」マルさんが舌打ちをした。


「ネル、迎え撃つんだ!」角川老人は再び叫んだ。


 ネルは旋回し、東の戦闘機隊に向かって行った。


 東の戦闘機は速かった。見る見るネル達に迫ってきた。


「引き付けて撃つんだ、ネル!」マルさんは地上戦の時と同じようなアドバイスをした。


 タタタタン、タタタタタン。


 ネルは二十ミリ機関砲を撃った。


 当たらない。


 タタタタタン。


 敵も撃ってきた。ИР四型の主翼を機関砲弾が掠めた。


 タタタタタタン。


 マルさんが後部銃座から火を吹かせた。


 ゴーッと敵戦闘機がネルたちを越えていく。速い。


 敵戦闘機は下から登ってくると、ИРを飛び越し、そのまま上昇していった。


「上を取られたぞ」マルさんが叫んだ。


 ネルは操縦桿を引いて、高度を上げた。


 敵戦闘機はネル達の上で散開した。


 ネルはその内一機に絞り、突っ込んでいった。


 敵も正面から向かってきた。


 タタタタン。


 再び撃つも当たらない。


 バババババババッ。マルさんが機銃掃射する。


「後ろに回り込まれたぞ」マルさんが叫ぶ。


 後ろを見ると別の戦闘機がネルの後ろに食いついてきた。


 ババババババッ。


 マルさんが仕切に応戦していた。


 バババババッ。


 敵も撃ってきた。何発か機体に当たった。


 ネルは再び操縦桿を引き、火線から逃れた。


 敵戦闘機はネルの戦闘機を飛び越えていった。速い。


 四機の敵戦闘機に囲まれ、手も足も出ない。


「なんてすばしっこいんだ!」ネルは悲鳴を上げた。


 敵を追っていたつもりがいつの間にか後ろに付かれてしまう。


 ダンダンダンダン。


 また被弾した。


 ネルは必死で操縦桿を右や左、上や下に引っ張って、火線から逃れるが、相手は一撃離脱で攻撃をかけてきた。なぶり殺しにするつもりだ。


 いつしか後部銃座からの攻撃音が聞こえなくなった。


「角川さん!角川さん?」ネルが後ろを振り返ると、角川老人はだらりと仰向けになり、胸に血を浴びていた。


 右横のマルさんも突っ伏して、倒れていた。


「マルさん、マルさん!」ネルはマルさんの方を揺すったが、マルさんが起きることはなかった。


「ちくしょーう!」


 角川老人もマルさんも事切れているのは明らかだった。


 気が付くと、コクビットは血まみれだった。


「うオーっ』ネルは咆哮し、断念した。


 ネルは始め蹴里瀬村に戻ろうと思っていた。


 蹴里瀬村で治療すれば角川老人もマルさんも助かると思っていた。しかし、角川老人もマルさんももう助からないし、蹴里瀬村に着陸したら村の秘密が分かってしまうと思っていた。蹴里瀬村の場所が判ってしまえば、東政府の攻撃に合うのは明らかだった。


 ネルは逃げた。下野毛山脈の山頂を目指して飛んで行った。


 戻るところはもうないと、確信いていた。


 ネルは逃げに逃げ回ったが、とうとう右エンジンに被弾してしまった。


「右エンジン被弾しました。消火装置、働きません。脱出して下さい」女が平静な声で言った。


 右エンジンが爆発し、崩れ落ちた。


 くるくる廻りながら墜落していった。


 逃げる隙もパラシュートもない。


「嗚呼ーっ」というネルの悲鳴が虚空の中に響いていった。


 ИР四型は墜落し、爆発した。





 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 後日、六十四式戦闘機に乗って出撃した東政府、海軍航空隊の戦闘報告が行われた。


 下野毛山脈に突然現れたИР四型を撃墜するまでの詳細が報告されたが、不明な点は多々あった。



「ИР四型が何故あんなところまで入り込んだのか、分かりません」迎撃にあたった、血のように赤い眼をした姉崎中佐は報告した。「一月前に西政府が偵察に来た時、一機だけ逃したことがありましたが、墜落したものとばかりと思ってました」


 姉崎はそう言うと、上官に敬礼した。

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