国鉄猫崎町駅前
勘八が次に目覚めたのは日がもう登ってからだった。前日に姉崎に貰ったウイスキーのおかげでぐっすりと眠ることが出来た。
バスは既に限界高度を遥かに下った所を走っているらしく、辺りの山肌には再び草木が斜面にしがみつくように生えていた。道は切り立った崖に沿うようにしてクネクネと谷間の中へ続いていた。
急な斜面にもかかわらず、所々、民家のようなものも見えてきた。朝日に照らされた朝もやの中、煮炊きの煙が上がっている所を見ると人が住んでいるらしいことが分かった。急な斜面にいびつな段々畑を作ってそこで作物を栽培しているらしい。中には棚田の様なものもあり、上下左右に無数に連なる田んぼに貼られた水が朝日に反射してキラキラと眩しく輝いていた。
上手く知恵を絞って生きているなと感心し、そのことをベッドを椅子に変形させる作業をしている姉崎に言った。
姉崎は何のことかすぐには判らなかったらしく、勘八が指差す段々田んぼを見て、
「ああ、この辺は昔海の底だったんですよ。その地形をそのまま活かしているようですよ」とちょっとそっけない口調で言った。
「波か潮の侵食だろうか?」勘八がそう尋ねると、
「さあ、海の中のことは大戦前でもよく研究できてなかったそうですからね」と姉崎は言った。
やがてバスは山間部から平野に入り、人気のない住宅街をいくつも過ぎていった。気が付くと昔の高速道路に入っていて、バスは軽快に進んでいった。その頃になると、地平線の彼方に大きな街の影が見えてきた。
近づくと大きな製鉄所や精錬所等の重工業施設などがいくつも見て取れ、それらの煙突からは断続的にオレンジ色の炎を吹き上げていた。人の姿も多くなり、行き交う車の姿も見えてきた。
バスは根住町ランプで降りて、次の国鉄猫崎町駅前に向かった。
終点はまだ先だったが、勘八は本社の人間からここで降りるように指示されていた。向こうの会社の人間が迎えに来るから後はそちらに全て任せなさい、との事だった。
正午過ぎにバスは駅のロータリーに付けて停車した。そこで降りたのは、勘八とあの茶色いゴーグルのおばさんだけだった。おばさんは最初から最後までゴーグルをとった顔を見せたことが無かったので、結局、その半球形のレンズの奥にある目がどんな目をしているのか判らなかった。
姉崎がバスのドアを開けた途端にボーリングや削りハンマーのけたたましい騒音が車内に流れ込んできた。埃と排気ガスらしい匂いもドッと入ってきた。
外に出ると僧兵やバームと呼ばれる人工人間が何十人も土木作業に汗を流していた。壊れた高架駅舎の向こうには丸越デパートと書かれたデパートの屋上から「本日セール中」と書かれた垂れ幕を下げたアドバルーンが浮いていた。
しかし、賑わって見えるのは虚構で、実際はそれ程栄えていない田舎の街だということはすぐに解った。
まさか山脈のこちら側がこんなに復興しているとは思わなかった。本社の人間の言うことは本当の事のようだった。
勘八とおばさんがバスを降りると、おばさんは重そうな荷物を背負ってさっさと力強い足取りで去ってしまった。
ロータリーの反対側には合成メタン車の白いバンが止まっていて、その横っ腹に「
環八を出迎えてくれた社員だろう。
環八は少し名残惜しいような気分で姉崎を見つめると、バスを降りた。
勘八は両手で大きなトランクを引きずり、白いバンの方へ歩いて行った。
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