水龍川軽便鉄道

スーパー御手洗

 スーパー御手洗は思った通り、かつて作治が見た通りの佇まいではなかった。

 

 暮れなずむ街の中、壊れた街がセピア色とオレンジ色にに染まって懐かしい写真のような光景を醸しだしたせいか、懐かしさがひとしお沸き起こった。


 通りに面した全面ガラスの壁は厚い板塀で覆われ、透明ガラスの自動ドアは重そうな金属製のロックドアに変わっていた。

 ドアの横には電気サスマタを持ったヒト型機械奴が立っていた。


 機械奴は軍用の機械兵などではなく、鉄パイプとスクラップで出来た金属の骸骨の様なものだった。

 こういういかにもポンコツな機械はアタマが悪いくせに頑固で厄介で、対応を間違えるとエラいことになったりするので、用心が必要だ。


 最近はどこの店も会員制か登録許可制で、コンビニや小さなスーパーは傭兵上がりの用心棒や自動機械類に門番をさせていることが多い。会員証や掌紋登録などがないと、つまみ出されるか、痛い目にあうのがオチである。


 作治がドアに近づこうかどうしようか迷っていると、ドアを開けて中から中年の男が出てきた。

 男はドアの横に貼られている幾つもの張り紙の空いたところへ「土玉茄子入荷しました」と云う張り紙をした。よく見ると男は作治のよく知る御手洗店長だった。


「御手洗さん!」作治は店長に呼びかけた。


 店長は後ろを振り向き、声の主を探すと、作治を見つけ「おお~っ」と驚きの声を上げた。


「お久しぶりです。御手洗さん」


「久しぶり。よく生きていたね」御手洗店長は嬉しそうに笑った。


「色々あって内陸の方に疎開してました」


「そうか、そうか。生きてて何よりだ」店長は本当に嬉しそうに作治の手を握り力強く握った。「西の陸上戦艦が盲滅法に艦砲射撃してきたもんだから、あの時はもう滅茶苦茶だったものなぁ」


「あの時はこの街ももう終わりだと思いましたよ。でも、最近復興したと聞いて、来てみたんです」


「いやぁ、色々話したいことがあるんだが、今、夕方の繁忙期でね。ちょっと奥の事務所で待っていてくれないか」御手洗店長は作治の手を強く握ったままそう言って作治を店の中へ案内しようとした。


「お客様、会員証のご提示をお願いします」あのポンコツロボットが姿には似つかぬ、若く元気ではつらつとした青年の声でそう言った。


「いいんだ、いいんだ。この人は私の知り合いだ。中に入っていいんだ」店長が機械奴を言い含めるように言った。


「では、この方の個人情報を登録してもいいでしょうか?」スポーツ会系の元気な声で言った。


「ああ構わないよ」店長はそう言うと、作治だけに聞こえる声で「ただ、監視カメラの映像を保存するだけだ」と言った。




 店の中に入ると、内装はかなり薄汚れていたものの、作治がいた頃とあまり変わりなかったが、棚の上の商品は流石に寂しかった。

 葉物野菜は殆ど無く、本物の米が入手困難になったためか、数々の代用穀物が樽のような容器に入れられ、量り売りされていた。肉も水豚や這いずり牛など西に渡ったが大戦中に造った食用肉が等が並び、結構豊富だったが、何の肉かよくわからないものが多かった。鮮魚コーナーも深海魚のような不気味な魚や奇形進化した魚がずらりと並んでいた。


 御手洗店長は精肉コーナーと鮮魚コーナーの間にある、「裏」と呼ばれていたスタッフルームに案内してくれた。スタッフルームと言ってもコンクリート打ちっぱなしの水だらけの床の部屋で、肉や魚や野菜を切ったり包装したりする共同の作業場だ。


「みんな、珍しい人が来たよ」店長は裏に向かって声をかけた。


 すると、精肉の反町さん、鮮魚の船越さん、青果のせいさんが現れた。三人とも作治が働いていた頃から各売り場の責任者だった人達だ。三人とも相変わらずの様だったが会っていなかった年月分、歳をとっているようだった。


 作治は三人と軽く挨拶を交わすと、「裏」の横手にある事務所で店が暇になるのを待った。


 作治の知らない中年の女性事務員がお茶を入れてくれ、そそくさと事務所を出たり入ったりして忙しそうにしているのを眺めながら作治は時間を潰した。


 しかし、いつまでたっても店長は現れず、ついに閉店の音楽が流れ出し、音楽が消えると、反町さん達三人と店長がどやどやと事務所に帰ってきた。


 五人は久しぶりの再会に何度も手を握り合ったり、肩を叩きあって喜んだ。


 作治は今まで冬目坂商店街の一角で隠れるように過ごしてきたことを話し、店長たちは一年ほど前からスーパーを再開させた成り行きを語ってくれた。


 スーパーが入っているビルは一階がスーパーで、二階から五階までが分譲や賃貸のマンションになっていたが、店長以外の住民は皆どこかに行ってしまい、もう住人ともマンションのオーナーとも連絡が取れなくなってしまったので、統治局の復興行政課の役人がやってきて、マンションの所有権と管理義務を店長に委譲して、今は店長がこのマンション全体のオーナーになったそうで、今は船越さんや反町さん、せいさん達もこのマンションに住んでいるそうだ。


「オーナーって言っても、統治局がまだどうにか住めるビルの管理責任と安全責任を民間に押し付けたくって、こういうビルにまだ住んでる奴らに無理矢理所有権を与えてるだけだからね」と店長は顔をしかめて言った。


「ここはまだキチンと住めるビルだからいいけど、内戦で穴だらけにされた駅前のビルなんかは、撤去費用が掛かるだけだからね。所有権を貰っても損をするだけだから、みんな住んでた奴らは逃げていったよ」と船越さんも忌々しげに語った。


「でも、スーパーが再開できるなんて凄いです」作治は正直に行った。


「まぁ、戦前の三分の一も商品は揃わないけどね。でも、まぁ、文字通り昔のスーパーマーケットとまでは言えないけど、このあたりの市場代わりにはなってるよ」御手洗店長は、はにかんでそうは言ったものの、殺し合いや騙し合いのない、まっとうな商売ができていることに満足しているようだった。


 この辺りは夜間外出禁止令が出されているらしく、その日は店長が四階の空き部屋を貸してくれた。

 久しぶりに昔の仲間と店長の部屋で一杯やろうと、誘ってくれたので、作治は荷物を自分の部屋に置くと、桃芋酒の大きなボトルを持って店長の部屋を尋ねた。

 店長の奥さんも作治たちを温かく迎えてくれて、手料理を振る舞ってくれた。


「これからどうするつもりかね」せいさんが桃芋酒をグッと煽って尋ねた。


「まだ、決めてないんですよね。色々復興した街があるって聞いて、見てみたいなと思ってやってきただけで…」作治は正直に答えた。


「良かったら、またここで働いてもいいんだよ。失業者は多いけど、信用できる人間は少ないからね」と店長。


「ここなら安全なマンションに住めるし、それ程食料にも困らないよ」反町さんが笑顔で言ってくれた。



 店長と三人は事務所で最近のこの街の事情を色々話してくれた。


 下野毛山脈の遥か北方にある首都との連絡が取りやすくなったこと、それによって今まであった総督府が解体されて統治局としてこの辺りを支配していること。地殻改変計画で隆起させた南東の大陸「南州」の数多の火山の殆どが大人しくなり、最近漸く軍や採石工場などが施設を建設し始めたこと。直ぐ西にある水龍川町から北に安全国境線が引かれ、その先には行けなくなったこと。本当の国境である軍事的境界線は水龍川から西に二十キロほどのところにあり、陸軍の師団が警備していて、いつ戦争が再開しても不思議ではないこと。ジーク教の僧兵が積極的に傭兵として活躍し、このあたりの町の再建に大きな力になっていることなど。


 一番驚いたのは東政府の海軍に航空隊が出きて、様々な航空機が空を飛び始めたということだった。


「毎週、僧兵が観測バルーンを上げているんだが、そいつが攻撃衛星にやられっちまうことが全く無いんで、三年くらい前に海軍省が腰を上げたんだよ」と船越さんが青目鰈の煮物を頬張りながら言った。


「だけど、まだ信じてねぇ連中も多いよ。攻撃衛星には散々やられたからなぁ」とせいさんがしみじみと言った。


「飛行機の技術もかなり遅れてるよ」反町さんが言った。「大昔のプロペラ機さ。大戦前みたいなジェットエンジンだか何だかを造ってるようだが、まだ飛んでいるのは一向に見かけないね」



「科学文明撲滅隊」がまず真っ先に潰しにかかったのが、コンピューターと航空機だったからね」御手洗店長は少し懐かしげに語った。


 そうは言っても、何かが工場で作られ始めている、という事実は作治にとって画期的な出来事だった。今まではゴミや瓦礫を漁って、何か道具らしいものを作るというのが精一杯だったからだ。


 作治はふと、ポスターに描いてあった軽便鉄道のことを思い出した。


 作治がそのことを皆に尋ねてみた。皆は口をそろえて鉄道と呼べるほどの物ではないと言っていたが、反町さんは、この辺の町のことが知りたければ、水龍川軽便鉄道に乗ってみるのがいいと勧めてくれた。


「だけど、終点の水龍川駅まで決して降りちゃあいけねぇよ」とせいさんが妙に真面目くさった顔で警告した。


「この辺はまだ治安がいいほうだけどね、ちょっと離れると危険な所が多いから、一人で歩くのは辞めたほうがいい」と店長も釘を差した。


「お前さん、統治局や役所にはまだ登録してないんだろう?」船越さんが尋ねた。作治は酒を喉に流し込みながら頷いた。


「だったら局の人間には気をつけたほうがいいな、国民登録させられるよ」


「証明書がないといろいろ厄介だからね」と反町さんも頷いた。


「役所をたらい回しにされるし、税務登録や住民登録やら、気が遠くなるほど登録申告させられるしな」せいさんが顔を歪めた。





 翌朝、玄関のチャイムで寝覚めると、店長が朝食に誘ってくれた。店長の家に行くと奥さんが温かい料理を出してくれた。

 朝食後、一階に降りると、もう納品のトラックが倉庫のドアを開けるのを待っていたので、作治は納品と検品の仕事を申し出た。


 食事をご馳走してくれたお返しだと、店長には言ったが、本当は納品のために店舗裏で停まっている自動車を間近で見てみたいからだった。何しろ、道を走っている車は人が歩いているのを見ると、一様にスピードを上げて逃げるように走り去ってしまうし、停まっている車は銃を持った人が警備しているので、作治は間近で車を見たことがなかったのだ。遠くからやってくる運転手の話にも興味があった。


 納品のトラックは、小型トラックが多く、どれも錆びだらけで、ボロボロの合成メタン車だった。中にはボンネットがすっかり無くなって、エンジンが丸見えになっているものもあった。補強や改造も施されていて、巨大なバンパーがせり出しているものもあった。せり出したバンパーと車体の間には十字模様の入った分厚い鉄板が敷かれていて、その上に二、三人の人が立って乗れるようになっていた。

 運転手は、最近、北からの物資が多く入ってくるようになったとは言っていたが、納品される商品は少なく、朝九時を過ぎると納品車も来なくなった。


「もう納品は殆ど無いよ。ありがとう、助かったよ」店長が笑顔で作治に言った。「ミナテツにに乗りたいと言っていたろう。まだ早いし、数駅しかない短い線だから日没までには十分帰ってこれるよ」


 すると、そこにせいさんが早足でやって来て、小冊子と小さな護身銃をを作治に渡した。

「ミナテツに乗るんだったら持ってきな」せいさんはぶっきらぼうに言った。

 小冊子は三つ折観音開きのパンフレットで表紙に大きな字で「水龍川軽便鉄道のしおり」と書いてあった。ビジュアルは全てイラストで、子供向けに見えたが、本文もキャプションも小さな文字で書かれていて、れっきとした大人向けのパンフレットのようだった。チラリと内容を見ると、軽便鉄道から見える景色や名所が紹介されているようだった。

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