幼形成熟あるいは人の形をした友人

 「幼形成熟<ネオテニー>って知っているかい」

 「ああ、ウーパールーパーみたいな奴のことだろ」

 俺の回答に友人は満足げに頷いた。

 「子供の形のまま、子孫を残す機能は成熟しているんだ」

 『天使の蝶』と題された本のページを繰り、ひたりと俺に視線を向けた。何の変哲もない黒色の、平均的な色合いの瞳。けれども一点の曇りがなく透き通っている。外国の湖のように薄青が透けて見えるかのようなイメージを与える。

 「この物語は、もちろん創作なのだけれど、〝人間は天使の幼形成熟である〟という博士の言葉には感銘を受けたよ。僕たちの欠陥は成熟していないからなんだって」

 瞬きもせずに見据える瞳と、夢を見るような語り口はちぐはぐで、その原因はやはり透明さで、その透明は感情という色に濁されていないからであった。

 清水に魚は棲めない。感情という濁りのない水に、人間性という魚は居るのだろうか。

 「この物語に出会ったとき、僕はこの道に進むことに決めたんだ。きっと僕は僕らが成体になれる道を探し出すよ」

 「きっとお前は成し遂げるんだろうな。何を使っても、例え行方をくらませても」

 「うん」と友人は肩を竦めた。

 「でもきっと、僕は帰ってくるよ。素敵なニュースを黙っているなんて、そんなことはできそうにない」

 変わらず透明な瞳のままで宣言をする友人こそが成体なのではないかと思った。

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うつくしい友人たち 爽月柳史 @ryu_shi_so

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