青と水の午後(お題制作)
いつものように、特に連絡もせずに訪ねた私を、友人は当然のように迎え入れ、氷のような硝子テーブルに着かせた。
「突然すまない」
「いまさら」
挨拶がわりにそのような言葉を交わした後、キッチンから薄青いグラスを2つ取りだし琥珀色をした液体を注ぎ、氷を浮かべて、テーブルに置いた。きっとジャスミン茶だ。
私は香りのする飲料は好みではなく、自宅でも専ら水か白湯を飲むのだが、友人の淹れるそれだけは例外だ。
友人は私の向かい側に座り、便箋に書き物を始めた。インク瓶にペン先を浸け、紙を掻くささやかな音を立てながら文字を綴る。私はテーブルの中央に据えてある器に興味を惹かれた。
青い流水紋が練り込まれた硝子鉢に水が湛えられている。魚でも飼えそうな大きさと深さで、以前はなかった器だ。
「魚でも飼うの」
と訊くと、友人はペンを止め、インク瓶の隣にある水容れにペン先を浸した。透明な水にゆっくりと黒い帯が落ちていき底に溜まりを作る。
友人は目を細めてペンを抜き、ティッシュペーパーで拭ってから口を開いた。
「うん。それはね、この間見つけて、その青色で金魚を飼ったらどんなに素敵だろうと思って」
「金魚はまだ買っていないのかい」
「買ってきても良かったけれども、水を張ったら金魚が見えたような気がしたからそれで良いかなって」
細い指が水面に波紋を一つ生む。
夢想の金魚を眺める双眸は澄んでいて、つくづくこの友人には水が似合うことを実感する。或いは青色。
脱色をされ白色になった髪は、痛め付けられてる筈であるのに、濡れたようにしっとりとしていて、その髪が水中でふわりと浮く様はきっと幻想的だろうと思う。バイカル湖のように深くしかし底を見透せる位に透明な水に、華奢でありながらも男性的な直線で構成された身体が抱かれる絵を、水だけが満ちる硝子鉢に金魚を幻視する友人のように、私は夢想する。
「植物にとって青色は意味がない色だそうだよ。けれども僕たちは青い花に恋い焦がれる。もしかしたら虫以外の何か、人間なんかを籠絡する為の色彩なのかもね」
清浄を想起させる青色だが、人間は青色に魅了される。何処かの国の洞窟や聖堂を彩る青色には清浄さとこちらを食らい付くそうという毒が香る。青色のイメージは水へ繋がり、そのまま友人へと流れ着いて、友人は水や青が似合うのではなく同一のモノだと悟る。気付いてしまうと、友人の薄い微笑みが蠱惑的に思えてしまって
「手紙、書かなくていいのか」
と友人から目を逸らしながら訊ねた。
「手紙?ああ、投函すれば手紙になるね」
奇妙な言い回しに首を傾げるが、友人はそれ以上答えず、物を書き始めた。
私は友人のペンの動きを眺める。ペンが紙を走る音に耳を預け瞼を下ろしかけると、ぱしゃ、と水の音がした。
はっと目を開ける。硝子鉢を見ると波紋が浮かんでいる。
友人だろうか
と思っていると、再び水音が鳴り波紋が生まれた。
驚いて顔をあげると、友人と目が合った。言葉が出ない私に、友人は人差し指を口に当てた。
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