ファジイ・フィッシュ(お題制作)

 「君が呼び出すとは珍しい」

 皮肉も兼ねてそう言ってやったが、友人は薄く笑ってペットボトルを差し出した。

 「丁度茶葉を切らしていてね」

 「そんなものあったのか」

 「あったよ。舶来物なんだ」

 「君は一体、何時の人?」

 友人は答えず机に何かを置いた。

 「硝子は液体だと、誰かが言っていたね」

 「最近の話だと液体ではなくて、液体みたいな性質の固体みたいなものじゃなかったっけ」

 「実にファジイだ。嫌いじゃないよそういうの」

 友人は机上の物体をそっと撫ぜる。物体は透明な塊で中央に何かが封じられていた。朱色のすこし菱形にも似た体型で、薄絹のように繊細な鰭が伸びている。

 「君の事を常日頃から悪趣味だと思っていたが遂にやったか」

 「君がコレを悪趣味と思うなんて思わなかったよ」

 「世間一般的な意見から述べてみた」

 「君も大概だよ。花なら誰も文句は言わないのにね」

 金魚の氷漬けだった。友人は金魚を、本人曰く「品種のバリエーションから透けて見える人間の妄執」を愛でているが、何も氷漬けにすることはないだろう。

 「君、触ってみなよ」

 氷漬けに指を伸ばすと、刺すようなあの冷たさを感じなかった。そう言えば何故友人は硝子の話をしたのだろう。

 「……君、これは本当に悪趣味だよ」

 「誤解だよ」

 「どこが。君は金魚を氷じゃなくてガラスに封入したんだろ」

 「それは君の想像。まあある面ではそうとも言えるけど。そうじゃないんだ」

 友人は涼しい顔をしている。愛でるにしたってやり方という物があるだろうに。

 「君、なんで僕がさっき硝子の話をしたと思ってるの?」

 「君流の詭弁の為だろ。硝子は液体だから、硝子に金魚を封入しても、それは水を硝子に変えただけだって」

 「そこまで分かっていてなんでそちらの方に考えが行くのかな?そこまで僕は悪趣味じゃないつもりだけれど」

 友人は心の底から困ったという顔をして見せた。

 「あのね、僕は今日金魚の水を換えてやろうと思ったんだ。金魚を小さい器に移して、鉢の水を捨てに行った。戻ってきたら器から金魚は消えていて、隣にあったペーパーウェイトに入ってたんだよ」

 「嘘を言うな」

 「いいや、でも君は信じないね。じゃあこうしよう」

 友人はペンを取り硝子の表面に金魚の形をなぞり書きした。

 「これでよし。少し時間を置いて見てみると良い」

 砂時計をひっくり返し、机にオセロ板を出す。

 一戦を終え(金魚が気になったせいなのか惨敗だった)、硝子を見ると目を疑った。金魚にぴったりと沿っていた筈の黒線が、金魚からずれていたのだ。

 「分かったろ」

 「どういうことだ」

 「だからさ、水なんだよ。金魚は死んでるんじゃなくてゆっくりこの中を泳いでるんだ」

 「そんなのおかしい。硝子は似ているだけで液体じゃ無い筈だ。そんなことがあるはず無い」

 友人は金魚たちを見る時に時折浮かべる捕食者の光を瞳に宿した。

 「ファジイなんだよ。金魚も何もかも」

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