第11章 おれ様の必殺技!

 もどかしい思いで待っていた健太だったが、すぐに行くという言葉通り、孝志は意外なくらい早く到着した。横腹いっぱいに龍がのたくっている父親のバンがマンション前に停止するや、その助手席に飛び乗る。仕事中だったのか、父は背中に龍が這いまわっているつなぎ姿だった。

 目的地を告げ、車が森林公園へ向かって走り出すと、健太は孝志にこれまでのいきさつを説明した。

 孝志は、ハンドルを握りながら黙って聞いていたが、健司が百人相手にする気らしい、と話したところで、

「そいつは、まずいな」

 ぽつりと言った。それから健太に尋ねてきた。

「あいつが車に乗り込む時、お前のこと分かってたか?」

「うん。オレを見て、健太って言ったよ」

 健太が答えると、孝志はそうかとうなずいた。

「じゃあ、まだスイッチは入ってねえな」

「どういうこと?」

 聞き返したら、後でな、と言われた。


* * *


 森林公園に着いた。森の中に作られたこの公園は、入口からまっすぐ伸びた道が、丸い三つの広場を串だんごのように、縦につないでいる。

 駐車場には二台の車(そのうち一台がさっきのワゴン車だ)と、バイクやら自転車やらが、雑然と停まっていた。以前から放置されているものではなさそうだ。すべて1万円目当てに集まった奴らのだろうか。ぱっと見た感じでは、百以上ありそうな気がした。

「一番奥の広場でやるって、言ってたけど」

 間に合うだろうか。健太が心配そうに言うと、

「じゃあ、ショートカットしよう」

 孝志はそのまま、車を走らせた。

 入口近くの“だんご”には、ちょっとした遊具や花壇などがあるが、一番奥には校庭くらいの広さの広場があるだけだ。この広場の敷地を囲むフェンスの内側は、ぐるりと木々が繁っている。だから外から広場の様子は見えない。乱闘には最適な(?)場所だ。

 孝志は、この辺だったかな、と言いながらフェンスに沿って車を停めた。

 車から降りて見ていると、孝志はフェンスの支柱に近い部分の網目に手を入れて、手前に持ち上げた。フェンスがめくれて人ひとり通れそうな空間ができる。

「なんでこんなこと知ってんの?」

 先に通してもらいながら、尋ねる。

「たまにここで遊んでんだ」

 父親は、友達(小学生)に教わったらしい。

 木々の間を進む途中、孝志から小声で指示があった。孝志がその場を霍乱させるので、健太はどさくさに紛れて百人の中に混ざるように、と言う。

「大丈夫かな」

 父親が何を考えているのか、いまいち分からない。

「要は死人とかひどい怪我人がでなきゃ、いいわけだろ?」

「まあ、そうなんだけどさ」

「心配ない。おれに任せろ」

 何か考えがあるらしい。ともかく従うことにした。

 人の気配がしてきた。が、妙に静かだ。

 まさかもう終わったってことはねえよな……。

 木に隠れたまま、そっと広場を見ると、健太から見て左側、広場の一番奥に健司が一人で立っているのが見えた。まだ始まっていないらしい。健司に相対して、さっきワゴン車で迎えにきた三人と思しき男たちが立っている。点在するわずかな照明が頼りだから、はっきりとは分からないが、巨漢の影はさっきのでぶヤンだろう。さらにその後ろに、見物人兼兵隊がぞろぞろ。

 百人? 嘘だろ。

 二百はいる気がする。しかも中には、鎖や金属バットを手にしている者もいる。

「わりい、百人超えちまったみてえだわ」

 一番前の、確かワゴンを運転していた男が、嘲笑するような声で健司に言った。

「いや、もう少しいてもいいくらいだ」

 健司が楽しそうに言う。一瞬、群集が殺気立った気がした。

「じゃあ、始めようか」

 ダンスを、と言う方がしっくりくるような華麗さで、健司が両手を広げた。

 その時、

「ちょっと待ったあ――!」

 孝志が叫びながら、広場に向かって突進していった。親父?

「せいぎのキーーック!」

 なぜか言葉も足も、健司に向いている。

 おいおいおいおい! なんでけん兄に飛び蹴りしてんの!?

 健司は必殺キックをするりとかわし、見事に着地を決めた孝志と向き合った。

「たか兄? 何しにきたんだ」

 同じ顔に同じ髪型。二人を知らない人間が見たら、分身したか双子の片割れが突然現れたかと思うだろう。

「お、間に合ったみてえだな、っと!」

 言いながら拳を突き出す。そのまま甥対叔父の間で、拳と蹴りの応酬が始まってしまった。

 あまりの速さに目がついていかない。格闘ゲームの画面を見ているみたいだ。観衆も、その場に突っ立ったままぼんやりとしている。

「おらおらおらおら!」

 声を上げているのは父だけだ。

「飛翔龍王波!」

「おれ様の必殺技~、その9!」

 何やらあれこれ叫んでいたかと思ったら、そのうちどさっと音がした。健司が数メートル離れた地面にひっくり返っている。そして、そのまま動かない。

「おれ様の勝ち!」

 だはははは! と高らかに笑い、拳を天に突き上げる。めちゃくちゃ嬉しそうだ。

「さて、と」

 笑顔のままで、孝志は群集に向かい合った。指を鳴らしているのか、胸の前で手を組み合わせている。

「お前らの相手は、おれだ」

「はあ?」

「こいつは手加減ってもんを知らねえからな」

 孝志の声はよく通る。

「おれ様が止めなきゃ、お前ら全員死んでたぞ」

 感謝しろよ! とからかうように言い放った途端、前の三人をはじめ、後ろの連中までが色めき立った。

「何言ってんだ、おっさん」

 でぶヤンが声を発した。

「おっさん?」

 孝志の声色が変わった。一歩進んで、巨体を指差す。

「お前だけは、絶対後で泣かす」

「うるせー! もう、どっちでもいい」

 やっちまえ! 最前列の一人が叫ぶと、雄叫びとともに群集が動いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る