第10章 行っちゃ、だめだ
その後、健太は時間をおいて何度か健司の携帯に電話をしたが、そのたびに電波の届かない場所に云々、というアナウンスが返ってくるだけだった。故意に連絡を絶ってるとしか思えない。
ほぼフルカスタムの黒いハーレーに乗っているのは、健司の他にもいるだろう。だから百人と闘うことになっている男と健司とは別人だ。健太としてはそう思いたかったが、従兄のあからさまな拒絶が、かえって真実を告げている気がした。
この様子では、別宅に行っても会って話をするのは無理だと判断した健太は、当日、マンションの前にあるコンビニの店内で張り込むことにした。健司が乱闘とは無関係で、部屋から出なかったというのが一番いいが、もし出てきたら(残念ながらその可能性が極めて高いが)、事情を説明して止めるつもりだった。
指定時間は午後8時。現場の森林公園はマンションから単車で15分くらいだから、健司が動くとしたら7時半過ぎから8時前の間だろう。単車は駐車場に停めてあったから、今はまだ部屋にいるはずだ。
けん兄、悪く思うなよ。
要は、今晩健司が現場に行けないようにすればいい。念のために、張り込む直前に駐車場に行って、極太のワイヤーでできた二輪車用の鍵をでめきんハーレーの前輪に取り付けておいた。
誰がどんな勘違いをして、一人対百人という話になってしまったのかは知らないが、健司が自らそんなバカげた状況を作り出すはずはない。それに、いくら並外れた運動神経を持っているとしても、百人も敵がいるような場所に健司を向かわせるわけにはいかない。勝負から逃げたことにはなるかもしれないが、再起不能の半殺し状態にされるよりは絶対いい。
広げた雑誌から時々顔を上げて、コンビニのガラス越しに、祈るような気持ちで503号室のドアをうかがう。自分自身がストーカーになったみたいだ。ほんとやだ、こんなの。
午後7時35分。ますます落ち着かなくなってきた。
健太がため息をついたところで、ずん、ずん、ずん、という重低音を響かせながら、ワゴン車が一台、コンビニの駐車場に入ってきた。
ワゴン車は店のガラスを挟んで、健太の真正面に停まった。ニセ毛皮か何かで、ごてごて飾り立てた運転席が目に入る。自分には受け入れがたいセンスだ。大きなお世話だが。
運転している奴も助手席の男も車の内装に合いそうな“だっせえチンピラ”だった。これまた余計なお世話だが。
ワゴン車の後部座席から一人、男が降りて店内に入ってきた。前に乗っている連中と似たような雰囲気だったが、そいつは縦にも横にもでかかった。でぶのヤンキーだ。店員に何か煙草らしき名を告げている。エクストラライト何とかって、健康に気を遣ってんのか? だったら痩せろ。禁煙しろ。
小銭を置く音がしたかと思ったら、店員のおざなりな礼に送られて、すぐに男は消えた。
でぶヤンが乗り込むと、ワゴンはすぐに動き始めた。ほんと、うるせえ奴ら。
ふと我に返って、通りすがりの人間に悪意を放出していたことに気付いた健太は、再びため息をついた。
今のオレ、心がささくれてるなあ。でぶヤン&チンピラ君たち、ごめんな。こんなの嫌だ。早く平和な日常生活を取り戻したい。
きっとけん兄もだよな。しみじみうなずくと、健太は顔を上げた。その時、目的のドアが開いた。
ん?
一瞬父かと思ったが、従兄が大胆なイメージチェンジをしたのを思い出した。
健司がドアを閉めて、通路を歩いていく。
「ああ、もう!」
穏やかな日々を取り戻すためには、闘わなくっちゃ、ってか。
雑誌を棚に突っ込むと、健太は店を出た。そして、SODAⅠに向かって走り出した。
* * *
「あれ」
マンション前には入口を塞ぐように、さっきのワゴン車が停まっている。相変わらず騒音を撒き散らしながら。
邪魔だなと思いながら、通り過ぎようとしたら、ワゴン車の傍に助手席の男とでぶヤンが立っているのが見えた。ドアが開いている。
「わざわざ、ご苦労なことだな」
明るい声が聞こえた。
「けん兄?」
「あれ、健太」
従兄は健太の顔を見ると嬉しそうに微笑んだ。今にも笑い出しそうだ。違う人みたい、という美春の言葉が頭をよぎった。
「これから、友達と遊びに行くんだ」
じゃあなと行って、後部座席の乗り口に足をかける。
絶対嘘だ。
乗ってきた奴らの雰囲気から、友達なんかじゃないことは分かる。もう一人の男が、何事もなかったかのように助手席に乗り込んだ。
「行っちゃ、だめだ」
進み出た健太の前にでぶヤンが立ちふさがる。その隙に、健司はさっさと奥の座席に乗り込んでしまった。
「なんだ? お前」
失せろと言う巨漢を無視して、その肩越しに叫んだ。
「百人いるんだぞ! 分かってんのか?」
分かってるよ、と中で手を振るのが見えた。本当に別人のようだ。どうしちゃったんだよ。自殺でもする気か?
途方に暮れたところに、
「失せろっつってんだよ」
左から拳が飛んできた。避けたはいいが、はずみで後ろによろめいてしまった。やべえ! 体勢を立て直して車に飛び掛かる。手を伸ばしたが、スライドドアが閉まる方が早かった。
「けん兄!」
ワゴン車は健太を振り払うように急発進すると、騒音とともに走り去っていった。
これからどうする? すぐに後を追って、半分の五十人を自分が受け持つか? いやさすがにそれは無理だ。三十人なら? ひょっとしたら何とかなるかもしれないが、確実じゃない。
とにかく時間がない。
これは最後の手段だと思ってたんだけどな。健太は携帯電話を取り出した。
「親父、やばい。けん兄が危ない」
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