第8章 尋問開始

 言葉に詰まっていたら、

「ただいま~」

 父親が帰ってきた。親父、ナイスタイミング!

「お、二人とも、遊んでるか?」 

 孝志が上半身だけつなぎを脱いだTシャツ姿でリビングに入ってきた。

「どうした美春。真っ赤な目して」 

 やべえ。美春の質問をごまかせた時は、救いの神だと思ったが、質問する側に回られたら、こんなにやっかいな相手はいない。

「そろそろメシにしよっか」

 台所に避難しようと腰を上げたら、

「逃げんじゃねえ」

 と足を突き出してきた。

 逃げ道を塞がれ、諦めた健太が再び腰を下ろすと、孝志はその向かい側に座り、腕を組んだ。

「お前が泣かせたのか?」

「え? ああ、うん」

 仕方がない。ワイルドモードの従兄に泣かされたと説明するよりはましだろう。

「だってさ――」

 何か適当な理由を考えようとしたら、

「違うの」

 鼻声で美春が言い、顔を上げた。

「美春」

 けん兄の話はすんなよ。必死に念じていると、妹は父親に向かって照れたように笑った。

「お兄ちゃん、すごく泣ける話するんだもん」

 めちゃくちゃ感動しちゃったよ、と言って、立ち上がる。

「制服、着替えてくるね」

 明るい調子で言うと、美春はするりと部屋を出ていった。

 助かった……。美春、ぐっじょぶ。

 こっそり安堵の息をついた瞬間、

「――健司か」

 飛び上がりそうになった。

「え、なんで?」

「美春が泣くほど感動する話なら、話す途中で、先にお前が泣くだろうよ」

 あちゃあ。悔しいがその通りだ。いわゆる“泣ける話”に健太は弱い。困っていたら、孝志が言った。

「いや、さっき大通りで、でめ太号とすれ違ったんだよ」

「あ、そうなんだ」 

「あいつ、何でこんな時間に遊んでるんだ?」

 なぜ健司が平日の夕方、単車で市内を走っているのか、孝志も気になったらしい。

「今日はたまたま休みだったんじゃないの?」

 他に言いようがない。

「あの野郎、珍しくにんまりしながら、手なんか振ってきやがるからさ」

 中指立ててやった、と孝志は笑った。

「あいつが、笑ってる時ってのは」

 ろくなことがねえからな、と言う。

 挨拶のお返しに中指立てられるって、どんな気分だろ。健司に同情していたら、

「帰ってくりゃあ、こんなもんが転がってるし」

 孝志が背後から、ヘルメットを取り出した。美春がかぶっていたものだ。ソファの上に置きっ放しにしていたのを忘れていた。

「可愛い娘は泣いてるし」

 何があったんだろうな~、と言いながら、孝志がソファの上でふんぞり返った。紺地のTシャツの脇腹辺りで、花札の“坊主”が少しのびる。

「あ、それオレのTシャツ」

 勝手に着るなよ、と指差したら、にかっと笑い返してきた。“坊主”を摘まむ。

「いいよな、これ。くれよ」

「やだよ。限定品だし気に入ってんだから」

 と本音よりはかなり大げさに言いつつ、このまま話を逸らしてしまおう、と健太が思っていたら、

「じゃあ、時々貸して」

 珍しく穏便な妥協案が返ってきた。何で今日に限って、くれくれ攻撃してこねえんだよ!

「しょーがねえなあ」

 いろんな意味を込めて、つぶやいたところで、

「ただいま」

 母親の声がした。

 ありがと母ちゃん! 救いの女神だ。

「おう、おかえり」

 孝志が立っていって、リビングの扉を開けた。数週間ぶりに会うかのような抱擁。

 ったく、息子の前で。少しは遠慮しろよな。

「メシにしよ、メシ」

 健太が立ち上がると、

「恵子の読み、当たったぞ」

 孝志が妻の手を取って、ソファに座らせ、自分もその隣に腰掛けた。

「やっぱり、別宅で何か起きてるらしい」

「あら、そうなの」

 恵子が健太の方を見た。やっぱり逃れられないらしい。

 親父と母ちゃん、どこまで知ってんだ? 黙っていたら、恵子が微笑んだ。

「何日か前、遅くなるって私に電話くれたでしょ」

「うん」

 健太は、友達の家にいると言ったはずだ。

「健太のすぐ前に、健司君から電話もらってたの」

 確かに母親の携帯は、しばらく話し中だった。

「手伝ってもらいたいことがあるから、健太を借ります、って言ってたわ」

 健司君のところにいるのに、健太が“友達”って言うの変でしょ、と穏やかな表情で恵子は言った。

「母ちゃん、知らないふりしてくれてたんだ」

 ええ、と恵子がうなずく。

「健太がそう言うからには、何かわけがあるはずって思ったから」

「お前ら、詰めが甘いんだよ」

 父親が愉快そうに言った。

「美春は美春で、ここんとこ妙なことばっかり聞いてくるしよ」

 孝志によると、美春は健司の母・葉子と孝志が本当に姉弟なのか、さらには、健司が孝志の甥なのは間違いないのか、と聞いてきたという。 

「どうしても金魚狂を、従兄にしときたくなかったみてえだな」

 ここまで似てんのに赤の他人なわけねえじゃねえか、なあ? と自分の顔を指しておかしそうに言う。

「おれ様の方が、相当、男前だけどな」

 今は勝手に言わせておこう。

「涙の理由は、従兄のお兄ちゃんにのぼせてたとこを、あっさり振られた、か」

 あるいは、と続けた。

「奴の本性を知って、激しくショックを受けたか」

「本性?」

「なんだ、野郎から聞いてねえのか?」

 確かに、今日の健司は別人のようだった、と美春は言っていたが。

「ヘビメタ風味のこと?」

「なんじゃそりゃ」

 違うらしい。めちゃくちゃ気になる。

「けん兄の本性って、何だよ」

「知らねえんなら、いいや」

「教えてよ」

「おれの口から聞いても、お前は信じねえよ」

 本人がいねえところで暴露するのはフェアじゃねえしな、と言う。よく言うぜ。普段、けん兄がいてもいなくてもボロっかすに言ってるくせに。

「母ちゃんは知ってんの?」

「なんとなく、はね」

 恵子が言った。

「孝志からは、病気みたいなものだって聞いてるけど」

 病気? なおさら気になる!

「今度、野郎に直接聞いてみろ」

 あいつは嘘をつかないのが“唯一の”取り柄だからな、と孝志は言った。健太や美春から見れば完全無欠の健司も、父親にかかっては形無しだ。

「まあ、お前ら三人の間で、何か起きてるのは分かった」

 ただ、と孝志が言った。

「美春のお熱を冷ますのに、健司が研究ほっぽらかしてこの辺をうろつく必要はねえし」

 だんだん核心に迫ってきた。健太を見据える。

「お前もかんでるってことは、もう一つ、何かありそうだな」

 どう? と今度は妻に向いて言った。

「けっこういい線いってると思うんだけど」

 恵子は頬に手を当てて、どうかしらね、とつぶやいている。

「悪いけど、けん兄との約束だから」 

 初めからこう言えば良かったのだ。

「オレからは、何も言わないよ」

「おう」

 父親は、意外とあっさり引き下がった。

「おれ様の出番が来たら、呼んでくれ」

 残り15分くらい? と笑っている。

「何だよ、残り15分って」

「決まってんだろ。ヒーロー登場のタイミングだよ」

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