第2章 怪電話
健太が家に帰ると、リビングには父の孝志だけがいて、ゲームで遊んでいた。
「ただいま」
「おう、おかえり」
塗装屋のつなぎ姿のまま、コントローラーを握っている。勇者たかさまは冒険中らしい。
画面を見ると、買い物をしているようだったので、たかさまが何とかの鎧を買って、装備したところで声をかけた。
「何だ?」
「今日、当番だよな」
晩メシできてんの? という健太の言葉に、父親がぎょっとしたように振り返った。
「今、何時だ?」
6時半だと答えると、やべえ、と言って膝を立てた。それから何か思いついたらしく、言った。
「健太、頼みがある」
「何?」
「おれ、この後“天馬の塔”に行くんだけどさ」
「レベル上げなら、やんねーぞ」
親父の勇者を強くするヒマがあったら、テスト勉強がやりたいよ、オレは。
「ほら、そろそろ母ちゃんと美春も帰ってくるから」
なだめすかして、ゲームを片付けさせた。
健太が洗濯物を取り込んで自分の分をたたんでいると、普段着に着替えてきた孝志が台所に入っていった。冷蔵庫を開ける音がした。
「よし、最速モードでいくかな」
健太が思うに、たぶん家族四人の中では、父親が一番料理上手だ。父が〝おれ流〟と称して作る料理は、冷蔵庫の余りものがメイン材料だが、なぜかすごく旨い。二度と同じものはできないからそう思うのだろうか。
今日は何作るんだろ。
台所をのぞくと、父親が真剣な顔をして、すさまじい速さで玉ねぎを刻んでいた。
黙ってればほんとに似てるのにな。
健司の母親と孝志が姉弟の間柄ということもあって、健司と孝志は顔立ちがとてもよく似ている。ただ、健司が美形ならば、ほとんど同じ顔をした父も“超二枚目”のはずなのだが、クールな健司と違って孝志は子どもみたいな性格だし、健太にしてみれば、普段、父親が家でゲームに没頭したり、爆笑しているところばかり見ているせいか、そうは見えない。
父が玉ねぎを炒め始めた。
やっぱり美春が帰ってくる前に、聞いておこう。健太は食卓に向かうと、椅子を引き出して腰掛けた。
「最速モード中、悪いんだけど」
今、話してもいい? と聞くと、じゅうじゅういう音に混じって、はあ? と返事があった。
「お前、おれ様にケンカ売ってんのか?」
「――親父は超天才なんで、まったく問題ないって分かってて聞くけど、今少し話してもいい?」
「よかろう」
ほんと面倒くせえな、この人!
「で、なんだ?」
玉ねぎの様子を見ながら、昨日の残りのきんぴらごぼうを刻んでいる。
「最近、家の周りで変わったことあった?」
「変わったこと?」
孝志は少し考えていたが、
「お向かいの田中さんが、新車買ったな」
「いや、そういうんじゃなくて」
こんな聞き方したら、怪しむだろうか。
「変な奴、うろついてたりしてないよな」
「ああ、そりゃあ、ねえな」
冷蔵庫から豆腐と卵とひき肉が出てきた。
「え、そっちは即答?」
「家の周りは、おれ様が普段から細心の注意を払ってるからな」
「そうだったの」
知らなかった。
「恵子を守るために」
「母ちゃん?」
父親が、悪いか、と言わんばかりににらんできた。
母ちゃんのこと、いくつだと思ってんだよ。高2と中2の子持ちだぞ。
健太は呆れたが、考えてみれば、母は(ちなみに父も)異常に若く見える。知らない人からすれば、20代に見られることもあるのだから(夫婦揃って化物だ)、父親が心配するのも無理はないのかもしれない。
まあ、父の目を信じるなら、家の周りは今のところ安全らしい。
「どうした? 何かあったのか?」
「いや、別に」
あまり話していると、勘のいい父親に思っていることを見透かされそうだったので、急いで話を切り上げた。
今夜のメインは、豆腐&根菜入りハンバーグらしい。
たねを作って、野菜サラダができたところで、母と美春が相次いで帰ってきた。
食事をしながら、妹の様子に気をつけていた健太だったが、いつもどおりケラケラ笑っているし、父親の料理を大絶賛しつつ、ご飯のお代わりまでしているのを見て、悩みなんかありそうもないと結論を下した。
* * *
数日後の夜。健太の携帯に健司から電話があった。美春のことは心配無用、そう言おうとしたら、
「あの話、やっぱり本当みたいだな」
健司が言い出した。
「え、ストーカーのこと?」
つい声を上げてしまった。今いるのが自分の部屋で良かった。
健司によると、今日は携帯電話を忘れてでかけたのだが、帰ってみると番号非通知での着信履歴が十数件あり、そのほとんどに〝無言〟のメッセージが残っていた。
「でも、何でけん兄に?」
健太が知る限り、自宅にいたずら電話はかかっていない。あまり考えたくはないが、その電話は、美春のストーカーというよりは健司本人にかかっているものではないだろうか。そう思ったのが、受話器越しに伝わったのか、
「俺は、そんな電話をかけられる覚えはない」
健司は言い切った。
「それに、さっき、ちょうどかかってきたから、出てみたんだ」
何と、今回は相手が声を発したという。
「しゃべった?」
発信者は、はっきりと言ったらしい。
“美春と別れろ。さもないと殺す”
「男の声?」
「たぶんな。ただ」
専用のガスか何かで、変えたような声だったらしい。だから大人か子どもか、さらにいうなら性別もはっきりしない、と健司は言った。
「けん兄が、最近、美春と二人でいたのって、こないだ学校に行った時だけ?」
「ああ。そうだな」
「じゃあ、相手は中坊かな」
おそらく先日、健司が中学校に出向いた日、見慣れないハーレー乗り=竹中美春の恋人、と生徒たちに誤解されてしまったのだろう。
美春にしてみれば、友達に誤解してほしくて健司を呼んだようなものだから、その目論見は当たったわけだが、はた迷惑な話だ。
「家では美春、どうしてる?」
「それがさ」
普段通りだと健太は答えた。誰かの存在に怯えたりしている様子もまったくない。
健太は、無言と脅迫付きの電話について美春にも話し“ハーレーの彼氏”の正体を、学校で釈明させようと言ったが、健司に止められた。
「美春が気づいてないなら、わざわざ教えて怖がらせる必要はないよ」
健太としては、妹が健司に迷惑をかけているのが申し訳なく、叱り飛ばしてやりたい心境だったが、当面は健司と健太二人だけの胸に収めておこう、という従兄の意思を尊重することにした。
「これ以上、エスカレートしなきゃいいけど」
脅しだとは思うが、殺すなどと言われては、さすがに心配だ。健太がそう言うと、
「俺としては、実際に手出ししてもらった方がいいな」
健司は言った。
「何で?」
「受話器の向こうじゃ、反撃できない」
何だか物騒な話になってきた。
「それにしてもさ、そいつ、どうやってけん兄の電話番号知ったんだろ」
「それが気になるな」
手がかりは、ハーレーくらいのものだし、と従兄は言った。確かにその通りだ。
「けん兄のは特徴あるから、この近くで探そうと思ったら、意外と簡単かも」
自分だったら、まずはエンジンとマフラーに目が行く。ショベル積んでて、スラッシュカット一本出し! 健太は、自分の愛馬が持てたら、マフラーは絶対健司と同じにすると決めていた。
「単車にあまり興味がない奴なら?」
「雰囲気と色かなあ」
旧車テイストで、フレームとオイルタンクが艶消しのでめきんブラック。
「だな。あとは、ナンバーか」
と言っても、乗用車と同じで住んでいる大体の地域が分かる程度だ。
「ナンバーそのものからは、住所や電話番号は分からないもんね」
健太が言うと、健司も同意したが、
「ナンバーと電話番号を、まとめて教えてるところはある」
「どういうこと?」
例えば任意保険の契約、バイクパーツ店の会員登録、と健司が例を挙げた。
「駐車場を契約する時も、ナンバーと連絡先を書類に書いた」
そういえば、健司はマンションの駐輪場ではなく、車1台分の駐車場を借りて、そこに愛馬を停めている。駐輪場より目が届くし、他の自転車が倒れてきて傷ついたりすると困るからと、前に話していたのを思い出した。
「うーん。保険とか契約書は、中学生とは縁がなさそうだけど」
「そうだな」
「けん兄、着拒にしとく?」
このままでは電話が鳴りっぱなしで、迷惑だろうと健太が心配したら、
「いや、手がかりをつかむまでは、電話は受けるつもりだ」
「ほんと、ごめんな」
「健太が謝ることはないよ」
従兄が優しく言った。
健太は少し迷ったが、口にした。
「電話かけてくるくらいだからさ、住所もばれてるかもしれねえよ」
気をつけて、と言うと、ああと相変わらずのクールな返事があった。
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