特に思い付きませんでした。

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ


「あかん、何も思いつかへん……」


 とりあえず真っ白なテキストファイルを埋めてみようと「あ」を押し続けてみたが、何も思い浮かばなかった。


 最近カクヨムで上げている短編集に応援が付いたので、「ここは頑張るっきゃないな、最近文学は岩手推しやしな!よっしゃ書くでー!」と似非にもなってない関西弁で自分を震いただしたわけなのだが、全くキーボードを叩く手が動かない。


 そういえば、長押しするシーンって大体「あ」だよね。「い」とか「う」のバージョンはあまり見ない気がする。


「あ」には50音の始まりという感覚がある。恐らくその辺からも、新たな発想への出発点的な意味合いを込めているに違いない。


 まぁ、だからといって思い付かないんですけど。


「よし、順番にやってみるか」


 こうなったら悪あがきだ。


いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい


「いやー……ホラー路線かなこれは」


「あ」だと絶叫という表現にもなるが、どちらかというとキーボード長押しのイメージが定着している感じがする。それに対し「い」は、嘆き声のような印象が強く出るようだ。心なしか部屋の片隅にある姿見に、髪の長い白のワンピースの女が見えるような気がしてきた。


 なるほど、確かに長押しのシーンで他の母音が使われにくいのは、そういったイメージの問題も関わってくるのか。


 しかし短編となると、いい感じのが思い付かない。次に行こう。


うううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう


「うーん、やはりホラー……」


 母音を叫ぶならやはり「あ」らしい。これだとどうも呻いてしかない。何なら今聞こえているような気がする。さっきの女が姿見の鏡面から四つん這いで抜けだし、こっちに向かいながら発している。



 ……って。



「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」


 何!?どったの!?何か鏡から怨霊的な何か出てきてるんですけど!?

 そいつは前髪で見えぬ顔で僕を確認すると、そのまま僕の方へと這ってくる。


 ゆっくり且つ確実に詰め寄ってくるそれに、恐怖を感じずにはいられない。やばい、殺される!まだ何も書けてないのに!


 しかし部屋から抜け出そうにも扉があるのは這い寄る怨霊の向こう側、後ろには窓があるが、あいにくここは二階だ。飛び降りたら死にはしなくとも無事では済まない。


おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、落ち着け僕、落ち着くんだ。


 今僕の持っている選択肢は大体四つ。飛び降りる、戦う、諦める、そして閃くだ。



 くそっ、どうしてこんな事になったんだ。「あ」を長押ししただけでこんな事になってしまうなんて、とんだ茶番じゃないか。「あ」から始まる物語なんて、ろくなもんじゃなかった。


 ……?「あ」から始まった?


「なるほど、その手があったか!」



 始まりがあるなら、終わらせればいい!



 母音が羅列する、ノートPCのキーボード。そのとあるキーを、僕は二回押した。




 ん

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