中編 サンタ大名行列
「それで、そのトナカイはどういう子なの? 普通に探して見つかるものなの」
「私がサンタパワー込めないと空飛べないんで、とにかく走って見つけようかなと」
「サンタパワー……? いちいち取り合ってる時間が惜しいからもういいわ。え、じゃあ普通にトナカイがその辺歩いてるってこと?」
「そうなりますね」
「絶対大騒ぎになってるでしょ。日本に野生のトナカイは生息していませんよ、サンタさん」
「わかってますよぉ。だから騒ぎになってる方向をビビっと捕まえてですね」
「心底私がいてよかったわと思うわ。そんなことしなくていいの」
スマホから主要なSNSをざくっと見る。クリスマスイブの都会に、トナカイが出現するなんてネタ、バズらないはずがないのだ。
すぐに情報が集まり、写真付きで投稿されたのも多くあった。
「これ? でっか!」
「そう! この子です! スマホって便利なんですねー」
現代機器をのぞき込み、サンタはしきりにうなずいている。
「今度からトナカイにGPSつけておくといいわ。あっ、この写真の場所見覚えある……こっちよ!」
スマホを握ったまま走り出す。次の現場から逆方向になるのが気掛かりだけど、急げば挽回可能なはずだ。後ろからは軽快なブーツの足音――すぐ追い抜かれた。
「ええっと……」
「ヒール、だから、ね。歳のせいとか……ぜぇ……運動不足とかじゃあ、ないのよ? はぁ……」
「なにも言ってませんけど」
「私がネックになるのは悔しいわね。スニーカー出してよ。軽くていいやつ」
「モノはないんですよっ。あっても大人にはあげません!」
「けちー」
「なんと言われてもダメですっっ」
「冗談、じょーだんよ」
手をひらひら振って早足で歩く。も~~! とかなんとか騒いで付いてくるサンタに思わず笑ってしまう。
「あ~おっかしい! あの時のサンタさんと、トナカイ探してるなんて夢みたい!」
「もう一度会えるなんて思いもしませんでしたから。これって、奇跡ですよ」
爽やかな顔でサンタは言い切った。
いい歳になると、奇跡なんて口に出すのが気恥ずかしくなる。でもサンタはあの時受けた印象と変わらず、聖なるもののままだった。
「よかった」
「? なにがですか?」
「あなたがいてくれて」
「??」
可愛らしく目をぱちくりとさせるサンタに微笑んで、再びスマホで情報収集。だが、情報精度が鈍くなってきていた。人の少ない方へ移動しているのかもしれない。
電話帳アプリを立ち上げ、すぐに目当ての店へダイヤルする。
「お世話になっております。株式会社――――。はい、はい。ところでトナカイを見かけませんでしたか? 実はプロモーションの実験をしておりまして――――そうですか! ええ、トナカイも考慮に入れつつ、今後もいい企画をともに作っていければと思っております。はい、はい。失礼いたします。っし、ここ曲がりましょう。先回りできるかもしれないわ」
数歩遅れて付いてくるサンタは、いかにも嘆かわしいという声を投げてくる。
「よくもそんなに嘘がぽんぽん出てきますね。あの時のお嬢さんは、悪い大人になっちゃったんですか?」
「人聞きの悪い。ちょっとした方便じゃない。先方だって本気にしてないわよ。私たちは……人間は弱いわ。悪いものの積み重ねの上にしか、良いものを作れないの」
「悲しいですね……」
「あなたはそう思う? ふふふっ、私は違う。私なら――」
と、カッコつけたこと言おうとしたところでスマホの着信に割り込まれた。見れば、さっき電話したばかりの店だ。
「はい。先ほどは――――えっ!? 警察ですか……? もちろん混乱ないよう取り計らっております。――いえいえ、お気遣い感謝致します。それでは――」
「けけけ警察ですかぁ!? 通報ですか? 逮捕ですかっっ?」
「落ち着いて。まだ通報はされてないけど、騒ぎになりつつあるみたい。まずったわね……とにかく急ぎましょう。警察より先に確保すればいいのよ」
「逃しただけでも大変なのに、これ以上の揉め事は、もうクビかも……」
半泣きのサンタを引っ張って路地を突っ切って行く。あの時とは違う。近道を行ったって迷子になったりしない。
と、今度は部下からの着信。首筋にちくりと刺さった悪い予感をこらえて電話に出る。
「こっち手が離せないんだけど、……は? インフルエンザ? ――そう。わかりました。すぐ行くから準備は進めておいて。いいから! 着くまでにアイデア出すわ。こんな時にいなくてごめん。もうちょっとだけお願いね。うん、よろしく」
動かし続けていた足が止まってしまっていた。どっちに行くべきだ……? うなだれて、長いため息を吐き出す。
「お仕事、なにか問題ですか?」
「イベントの仕事をしてるの。宣伝して、お客さん集めて、わぁーって楽しんでもらうの好きなのよ。今日はクリスマス、一年の中でも特別な日でしょ。だからずっと前から計画してがんばってたんだけど……」
「あのっ、こっちはもういいですからお仕事行ってください。だいぶ近くまで連れて来てもらったみたいですしあとは、ビビっと騒ぎを捕まえて警察には捕まらないように、って上手いこと言いましたね私!」
下手くそな冗談で、気を遣わせようしているぐらいは察しがつく。
この不安そうなサンタを放っておいて、本当にいいのか? それはあの日の自分に恥じない行いだろうか? あの聖なるものを汚してしまうのではないか? そもそも仕事をがんばってこれたのだって、あの日サンタの――
「あっ、あああああああ!」
「なに!? なんですかっ」
がっと腕を伸ばしてサンタの肩を掴む。私としては神の啓示を受けたような気分だけど、引き寄せたサンタの顔は悪魔でも見るかのように怯えていた。
「サンタさん! 歌、得意よね?」
「ひぇ、得意ってほどでは……」
「いいえ! あなたは天才です! 実はこのあとのイベントで出演予定の歌手が倒れたのよ。で、相談なんだけど――」
「いやあああああ、わかる! なに言いたいのかわかるけど、聞きたくないいい!」
「話が早くて結構! さあ、ステージが待ってるわよ!」
「ダメですって! サンタはむやみな人間との接触は禁止されてるって言ったじゃないですかっ。ステージに立つなんて論外ですよ! ぜぇったいにクビになります!」
「警察に捕まるようなサンタもクビだと思わない? 私はもうほとんどトナカイの居場所を掴んでるけど、どこの、誰に、どんな連絡すればいいのかしらねぇ?」
「わるーーーーい! めちゃくちゃ悪い大人がいますっっ!」
「なんとでも言いなさい! こっちだって、クリスマスイベントなんて大きいやつトバしたらクビになるっての!」
「うわあああ、それが本音じゃないですかーーー!」
「ぜぇ……」
「はぁ……」
「よーく考えて。このままだと、どっちもクビよ。でもイベントにはたくさんの人が来る。その人たちをあなたの歌で笑顔にできれば、サンタとして立つ瀬もあるんじゃない?」
「むぅーん」
それに――と、自分でも驚くほどするりと言葉が出て、照れる余裕もないまま言い放ってしまう。
「それに、私があなたの歌をもう一度聞きたいの」
よろよろとサンタから離れ、しばしの沈黙。遅れて熱くなった顔を背ける。横目でちらりと見ると、サンタも赤くなった顔をうつむけていた。
「ここでそれ言うの、ズルいですよ……」
「ごめん……」
「でも、嬉しかったです……やりましょう! 人々の笑顔に尽くすのがサンタですから!」
「そうこなくちゃ! 決めたからには絶対成功、いえ大成功させるわ!」
「はいっ!」
トナカイのほうを目指して進みながら、思考を全力で回しプランを練り上げていく。
ああ、楽しい。仕事でハイになっている時と似ているようで少し違う。それはやっぱり隣でワクワクしているサンタと、同じ方向を向いているのがたまらなく嬉しいからだろう。
まずは現場に連絡した。代役を見つけたと言えば、いくらか落ち着く。次はスマホにイヤホンを差してサンタに渡した。
「これ聞いておいて。歌ってもらうやつね。有名なクリスマスソングだから知ってると思うけど一応」
左手で渡して、右手はバッグに突っ込んで予備のスマホを取り出す。こんな時のために捕まえてある大学の後輩たちに電話をかけていく。どの子もイベント慣れしててアドリブも任せられる。
「はーい、私。急で悪いんだけどいまから出れない? デート? そっかー、じゃ誰かいけそうな子紹介して。――あっ知ってる知ってる。じゃその子で。マーカー打った地図送るからそこに来るように伝えて。時給二千円出します。えっ? 来るの? デート行きなさいよ彼氏泣くわよ。彼氏じゃなくて彼女? 知らないわよ……」
人手を集めながら歩みは止めていない。そしてついに、人だかりを発見した。サンタとうなずき合い駆け寄る。人の群れをかき分けた先には、立派な角を持つ獣が屹立していた。
「いたぁー!」
「会えましたー!」
サンタがトナカイに抱きつくと、周囲からシャッター音が連続した。
「サンタきたー!」
「え、サンタ可愛くない? やばくない?」
「即効RTされたわ」
「っし、注目されてるわね。ちょっとトナカイの上に乗ってみて」
「……?」
「音楽もういいでしょ! 天然か!」
イヤホンを引っこ抜いてスマホも取り上げる。
「あぁん、いいところだったのに」
「ほら、トナカイ乗って手でも振ってアピールアピール」
「強引なんですから~」
柔らかそうな頬を膨らませて、サンタがむくれている。きっと本当に音楽が好きで、それを邪魔されて拗ねているのだ。
「悪かったってば。でも上から見る光景は気分いいわよ」
しぶしぶと細い手がトナカイの首筋を掴む。サンタが、すらりとした脚を閃かせてトナカイに飛び乗るとギャラリーから歓声が上がる。
「楽しいかも……」
「ふふふっ、でしょ? 誘導するから付いてきて」
サンタonトナカイを連れて、街を闊歩していく。どんどんギャラリーが集まってきて焦りを感じ始めた頃、援軍が到着した。大学の後輩やその知り合いたちにスタッフ腕章を渡して、囲まれないように整理と警備を指示する。きちんと制御されているものだと認識されれば、警察に通報されたりはしない。
腕時計に目を落とせば、イベントの開始時刻が迫っていた。すでに辺りは薄暗く、人いきれの中でトナカイを疾走させるのは危険すぎる。このまま人を集めながら現場に入って、ぶっつけ本番しかない。
「この後ショッピングモールでイベントやりまーす! サンタが歌いまーす!」
「ぜひ来てくださーい!」
「トナカイもいますよー」
私が声を張ると、後輩たちもアドリブで応じてくれている。
テンションを把握しておきたくて、周囲の声を耳に拾わせる。
「なんかこれアレっぽくない? 高校の時日本史で習ったやつ」
「なに」
「大名行列」
「それイタダキだわー。サンタ大名行列のキャプション付けた写真で有名人なるわ」
「ずっる! 著作権主張しまーす」
盛り上がってる盛り上がってる。
ちらりと振り返ると、サンタは笑顔で手を振りすっかり楽しんでいた。いまさらながらもったいないことをした気持ちが生まれてくる。あの歌声を自分だけのものにしておきたかったなんて、子どもじみた独占欲がまだあったらしい。そんなものは心の中だけの苦笑いで流し、私は声を張るため息を吸い込んだ。
ぞろぞろと人を連れたサンタ大名行列は、クリスマスイブの夜を練り歩き、ショッピングモール前の広場へ突入。
『イベント開始は17:30分です。しばらくお待ち下さい』
サンタを連れ、スタッフ用テントへ向かう。。トナカイはテントの外で後輩に見張らせて、中へ入った途端うわっと人に囲まれた。
泣きつく部下をなだめて、映像、音響、警備の各スタッフにひとしきり謝罪すると、皆の視線はサンタに集中した。
「えっと……その子が代役?」
出演予定だった歌手はそれなりに名の通ったアーティストで、それと比べればこのサンタのコスプレをしている高校生にしか見えない娘に困惑するのも無理はない。
私は自信たっぷりに、そして少しいたずらっぽく言い切る。
「はい。彼女は本物です」
吹き出したスタッフが何人かいて、場の空気が緩む。『本物の才能があります』と言ったようで、見た目のせいで『本物のサンタです』と聞こえてしまう冗談だ。もっとも私は、どちらの意味でも本物だと知っているけれど。
「あのっ、心を込めて歌いますっ。なので、よろしくお願いします!」
サンタが勢い良く頭を下げると、星の光で編んだような髪がさらりと流れる。私もその横で揃って頭を下げた。
「全ての責任は私が取ります。どうか力を貸してください」
「……わかりました。やりましょう!」
同じタイミングで顔を上げ、笑顔でうなずき合った。
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