其の三
突然、パロさんに「異議あり」って言われても……。
だから、あたし、とりあえず、パロさんの異議をきいてみることにしたの。
「認めます、パロさん」
「ミケちゃん、ぼく、犬だけど、歩いていて棒を拾うことはあっても、棒にあたったことはないよ」
「うん。ぼくも!」
パロさんの発言に、ペロさんも同意する。
なんだ、そうか。
いきなりの異議申し立てでびっくりしちゃったけど、そういうことだったのね。
「それじゃあ、読み札、書きかえるね。『いぬもあるけば、ぼうをひろう』っと。パロさんペロさんこれなら、異議なし?」
「異議なし!」
パロさんペロさんがうなずいてくれたから、あたしも一安心。
「ねぇねぇ、ミケちゃん、猫はどうなの? 猫は、どうなってる?」
きつねこちゃんが、読み札をのぞきこんできた。そうよね、あたしも、気になる。
「猫だから、『ね』の札よね。ね、ね、ね……あった! あれ?」
首を傾げたあたしの横から、チャコマロンちゃんものぞきこんできた。
「やっだぁ! ミケちゃん、この読み札『ねんには、ねんをいれよ』って、書いてあるよ。『ね』が猫じゃないなんて、信じられない!」
「これも書きかえちゃおうか。『ねこもあるけば』っと。この後は、何がいい?」
「ぬいぐるみに出会う!」
クマパンちゃんが、真っ先に提案する。
「うん、うん、それいい!」
コンちゃんも拍手。
「じゃあ、『ねこもあるけば、ぬいぐるみにであう』」
「ミケちゃん、あたし、きつねも気になる」
きつねこちゃんなら、当然よね。
「わかった、待ってて、きつねこちゃん。今、『き』の読み札を探すから。き、き、き……あった! あれ?」
あたしは、また、首をかしげた。
だって、『きいてごくらく、みてじごく』なんて、書いてあるんですもの。それこそ、『きかれてさがして、みてびっくり』よね。
「うっそぉ! なによ、それ! きつねの『き』の字で、地獄なんて見たくないわよ! ミケちゃん、書きかえて、書きかえて!」
「うーんと……『きつねごくらく、ねこてんごく』とか、どう、きつねこちゃん?」
「うん。それなら、いいよ、ミケちゃん」
そしたら、コンちゃんも言ったのよ。
「ミケちゃん、ぬいぐるみの『ぬ』は?」
コンちゃんも、ぬいぐるみだものね。気になるよね。
『ぬ』の読み札は、すぐに見つかったんだけど……。
「ミケちゃん、どうしたの? なんで、黙ってるの? なんて書いてあるの?」
コンちゃんとクマパンちゃん、ぬいぐるみのふたりが、あたしの両脇から、のぞきこんでくる。
「『ぬすっとのひるね』?!」クマパンちゃんが、一目見るなり怒りの声を上げた。「なに、これ!そりゃ、ぬいぐるみだって、お昼寝はするよ! ミケちゃんたち猫だって、お昼寝はするでしょ! なんで、ぬいぐるみの『ぬ』が、よりにもよって、
コンちゃんたら、半べそだ。
あたしは、『ぬ』の読み札も、急いで書きかえることにしたの。
「『ぬいぐるみ、であったねこと、まいにち、おひるね』。クマパンちゃん、コンちゃん、これなら、納得?」
「うん、納得」
よかった!
コンちゃんも、笑ってくれた。
クマパンちゃんが、はたと手を打った。
「そうだ、ミケちゃん、ウリ坊ウリンちゃんの『う』も確かめなくちゃ」
「そうよね、クマパンちゃん。『う』も気になるよね。えっと、えっと、『う』の札は……あった! 『うそからでた、まこと』」
「なんか、うりどしっぽい。『うそからでた、うりどし』なんてね」
「ダメよ、クマパンちゃん。ウリンちゃん、嘘ついていたわけじゃないんだし。そんなこと言ったら、また大泣きして、おとうさんのイノシシさんが困っちゃうよ」
「それもそうだね。じゃ、こうしよう『うりぼうからでた、うりどし』」
「最高!」
あたしは、さっそく、『う』の札も書きかえた。
「ねぇねぇ、ミケちゃん、ずっと、気になってるんだけど、うりどしって、なんなの?」
きつねこちゃんが、きいてきた。
「説明すると、長くなりそうだから、カルタ取り大会一旦休憩して、おやつタイムにしようか」
「賛成!」
それで、みんなでお菓子を食べながら、ウリンちゃんのお年始のお話をしたわけです。
(ウリンちゃんを知らない人は、『猫も歩けば、いろはカルタ』の前の『お年始』を読んでね)
楽しいおやつ休憩も終わって、そろそろカルタ取り大会を再開致しましょうか。
それでは、また、最初から。
「いぬもあるけば、ぼうをひろう」
あたしが、読み上げても、しーんとして誰も、取り札を取らないの。
「どうしたの、みんな?」
「だって、ミケちゃん、『いぬもあるけば、ぼうにあたる』の取り札はあっても、『いぬもあるけば、ぼうをひろう』の取り札は、ないんだもの」
パロさんが、言った。
あっ、そうか!
読み札だけ書きかえても、カルタ取りはできないんだ。
取り札の絵も、描きかえないと。
「ミケちゃん、みんなで、取り札も書きかえようよ!」
クマパンちゃんが、絵の具箱やクレヨン、色鉛筆を抱えてきた。
手分けして、絵を描きかえてると、すごく楽しくなってきた。
それで、残りの札も、みんなで、全部書きかえることにしたの。
カルタ取り大会が、カルタ作り大会になっちゃったけど、お菓子も美味しかったかし、みんなでいっぱい笑ったから、いろはカルタで『笑う門には福来たる』よね。
あー、楽しかった!
三毛猫ミケ
***
いろはカルタは、江戸時代後期に始まったとされます。
いろは47字に「京」の文字を加え、その48字を頭にしたことわざが使われています。
ことわざは地域によって異なり、江戸カルタ、大阪カルタ、京カルタ、尾張カルタなど、さまざまなカルタがあります。「京」の文字が入っていないカルタもあるんですよ。
ところで、ミケちゃんたちが使っていたのは、江戸いろはカルタのようです。
江戸カルタだと「ね」は「念には念を入れよ」ですが、大阪や京都だと「猫に小判」。尾張だと「寝耳に水」になりますものね。
だったら、猫が使われている上方カルタにすれば、書きかえずにすんだのかといえば、そうでもなさそうです。
だって、ミケちゃんたちなら、「小判より、カリカリよ」と、「ねこに かりかり」って、やっぱり、書きかえちゃいそうですもの。
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