第6話 終

 冬空の下、私は鉄柵にもたれかかった。日付はすでに変わっている。


 君は手紙を読んでくれたのだろうか。少々の不安はあったが、すぐに、読んだかどうかにかかわらず来なければ無意味なのだ、と気付いた。私の手紙を無視するほど興味を失っているのなら来てもらう必要性もない。


 ただ、未開封で廃棄はいきされるのは嫌だった。私自身の苦しみがどのようなものだったか知らせることすらできない。そうなると、自分の人生がとてつもなくちっぽけなものに思えて仕方がなくなる。


 母の死すら、記号的なものになりさがってしまう。

 ……いや、そもそも思い出す人間がいなければ記号としての意味さえなくなってしまう。


 途方とほうもなく続く夜の街灯まちあかりが、私を突き放しているようにみえた。空にまたたく星は、夜空にいた虫食いの穴のようだ。

 どこもかしこも欠陥品けっかんひんの山ではないだろうか。私の立っているビルだってそう……廃棄されている。


 私は死ぬのだろうか。


 そのつもりで来たような気がしなくもない。

 いずれ、私も欠陥品だろう。どこで死のうと変わらないはずだ。


 母も欠陥を抱えていた。息子を愛しすぎていたのだ。愛も過ぎると欠陥になるのか、と達観たっかんした気持ちになる。

 母をいた男も欠陥品だろう。歯車に自分をたくし過ぎたのだ。

 男の会社も欠陥品だ。男を加害者にしてしまった。


 君にも欠陥はあるだろうか。

 私に苦しみを負わせたことが欠陥になっている、とはいえない気がする。その苦しみの原因はむしろ私にあるのだから。ならば、決定的な鈍さだろうか。あわれみを持ち出しても破綻はたんすることがないと信じていた、その誤解が欠陥なのだろうか。


 考えるほどに、分からなくなってくるが、所詮しょせん、他人について考えをめぐらしても真実なんて分かりっこないだろう。いずれにしても私に責任があることには違いないのだから。


 私には愛なんて分かりっこないが、君に執着していることだけは自覚できる。それは愛なんていう綺麗なものではないだろう。もっと泥臭くて、ぬるいものだ。それがまとわりついて離れてくれない。それこそが苦しみなのかもしれないな。


 たわむれに、柵を越えたり戻ったりしてみた。これが思いのほか退屈しのぎになる。

 手足がすべれば死ぬだろう。生命を軽くあつかっている感覚が楽しいのだろうか。いや、そんなわけはないな。


 微風びふうが私の肌をでた。

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風のない夜 クラン @clan_403

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