第5話 『君への手紙』 ~二ヶ月前のこと~

 交際二年目の冬。今から二か月ほど前のことだ。

 忘れているわけはないだろう。


 アパートに泊まりにきた君に、私は今までしたためておいた疑問をぶつける決心がついた。なぜ私に声をかけたのか。それを知って最後、実験的な交際はやめようと思ったのだ。これ以上、君の反応を観察して過ごすのも気苦労にしかならないだろうし、なにより、純粋な恋愛というものに興味があったのだ。


 愛の探求は永遠のテーマだろう。それを探るためのスタートラインに立つ心持こころもちだったのだ。そうして初めて、私はあわれみという呪縛的じゅばくてきなものから解放されるだろう。


 そしてきっと、母の死も純粋な悲しみに変わってくれるに違いないのだ。




 君が私の疑問に対してどう答えたかはすでに記述した。


 君によって受けた私の衝撃が分かるか。

 君は一度だって嘘を言ったことはない。冗談めかした言葉を口にすることはあったが、それもすべて真実であった。

 照れ臭かったから、なんて言い訳はするまいな。私はその瞬間も、君の言葉を信じるほかなかったのだ。それほどまでに毒されていたということだな。


 今まで輝いてみえていたあわれみのない優しさは腐って落ちていった。哀れみの優しさは君によって失効したままだ。充実を与えてくれていたものは一挙に消えてしまった。これからどうやって生きていけばいい。哀れみに支えられた過去は失効し、哀れみではないと思っていた優しさは単なる仮面で、結局君は高校の女どもとなにひとつ変わらなかったじゃないか。


 もう私は哀れみに寄りかかることはできないし、哀れみのない優しさの存在を信じることもできない。




 律儀りちぎな君のことだから、ここまで読んでくれたことだろう。私の苦痛がわずかでも伝われば、と思うがそんなことはありえないだろう。母の死にいだいた感情は私にしかとらえられないもので、それと同様にこの苦しみも私固有のものなのだ。

 君もせいぜい、この手紙によって君固有の感情をいだいてくれ。


 最期さいごになるが、一週間後の夜に街外れの廃ビルに上ろうと思う。廃ビルなんてここではひとつしかないから、君もすぐに分かるだろう。


 こんな手紙を書いておいて勝手だが、君に会いたいと思っている。その日の夜まではアパートに帰るつもりはないので、訪ねても無意味だ。

 とにかく、その夜に会いたい。来るかどうかは君次第だが……。


 とにかく、日付が変わるまでに来てくれ。

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