第百十一回 劉曜は魯充と梁緯を殺す
翌日、
「幸いにも
それより、投降した晋兵たちに重賞を与え、命じて言う。
「吾らに降ったからには、一家も同然である。吾らを長安に導く案内をせよ。成功の暁には特別に抜擢してやろう」
晋兵たちはそれを聞くと、勇躍して諾った。
姜發は農夫の格好をした兵を放ち、魯充と梁緯がにわかに進めぬよう流言を撒く。さらに、雍州からの流民に紛れて頭の回る者を晋の軍営に入れ、
※
雍州の境にある魯充と梁緯が軍勢を発して雍州に向かおうとすると、巡邏の兵士が荷を担った民を捕らえてきた。魯充が漢兵の動静を問えば、その者が答えて言う。
「吾らは雍州の百姓です。救援がないために城は落とされ、
その言葉を聞くと、梁緯が怒って言う。
「妄言だ。この者は漢賊の諜者であろう。従ってはならぬ」
「吾らは家を捨てて逃れたのです。妄言などどうして口にしましょうか。百姓とはいえ軽々しく罪を犯すほどには愚かではございません。雍州では劉曜めの軍勢が城に入り、民は命じられて田畑の作物を収穫しておりましょう」
魯充と梁緯はその言葉を聞くと、雍州への急行を見送った。代わりに兵を遣って農夫に同じことを訊ねさせる。答えはいずれも判を押したように同じであった。
さらに、兵を雍州に遣わして探りを入れたものの、その者たちは行き着く前に漢兵に殺されたらしく、戻っては来なかった。
※
日が暮れると、姜發は軍勢を発する。投降した晋兵が先に立って道を進み、その後を
哨戒する晋兵は兵馬の声を聞くと何処の兵かを問う。
「吾らは雍州の軍勢である。劉曜の詭計により城を奪われ、
◆韓豹が秦州に逃れてからの経緯を原文では、「韓先鋒は親ら秦州に往き去け。我等に命じて將軍に來投し、好く去きて複た秦州を取らしむ」とするが、最後の秦州はおかしい。韓豹は秦州に逃れたのであり、三文目の「行ってまた秦州を取らせる」の文意が通じない。取り戻すべきは雍州であるため、誤りと見て改めた。
哨戒の兵はそれを聞くと、備えもなく退いて魯充に報せる。楊継勲はその隙に軍営に攻め込んだ。
「漢賊どもの計略だ。急ぎ出て防げ」
騒ぎを聞いた魯充はそう叫ぶと幕舎から飛び出した。
関山が大刀を振るって斬り進めば、梁緯が鎗を引っ提げ駆けつける。劉曜が鞭を振るって蹴散らすと、食事も摂っていない晋兵たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
梁緯と魯充は支えきれぬと見ると、包囲を衝いて逃げ出した。そこに
劉曜が叫んで言う。
「魯充と梁緯は晋の智将、この一戦でついに追い詰めた。逃がして後日の禍を残すな。二人を擒とした者は、長安攻めの軍功第一とする」
楊継勲が飛ぶように後を追い、さらに関山と黄臣も若輩に勲功を奪われてはならぬと渭水に向かった。
※
魯充と梁緯は夜を徹して馬を責め、渭水の河畔に辿りついた。それより船を捜したものの、一艘も手に入らない。この地の民は多くが渭水に船を浮かべていたが、漢兵が攻め寄せた際に家財と家眷を乗せて他所に逃れたためである。
やむなく岸に沿って逃れるところに一軍が追い迫る。一戦したものの兵馬ともに疲弊して戦にならず、馬頭を返して逃げ奔る。楊継勲と関山の馬も疲労の極みにあり、追いすがるには至らない。
漢兵を遠くに置き去りにした魯充と梁緯は喜んで言う。
「漢賊どもの兵馬も疲れきっていた。そうでなくては逃れられなかっただろう。しかし、渭水を渡るに船もなく、追いつかれようものなら戦えぬ。この川沿いに遠く逃れるよりあるまい」
そう言うところ、前方に一軍が姿を現した。これは
魯充と梁緯はいずれに逃れるべきかと迷う。下流に関山と楊継勲があっては渭水を渡って逃れるよりないが、馬は水を恐れて進まない。そこに追いついてきた関山が大喝とともに矢を放かける。馬を射倒された魯充と梁緯は歩戦して関山に抗うも、そこに黄臣が駆けつける。
魯充と梁緯の二人はついに関山、黄臣という二人の老将に生きながら擒とされた。
※
呼延勝と李華春を加え、楊継勲は副将の
「お二人の老将軍がこの大功を建てられるとは、実に国家の幸福というものであろう。慶賀に値する」
劉曜がそう言うと、黄臣と関山の二人は謝して言う。
「吾らには何の功績もございますまい。すべては
「みながこれほどの力を尽くせば、大功がならず富貴を得られることを愁える必要もない」
劉曜はそう言って喜び、将兵に重賞を与えた。
※
魯充と梁緯が連行されると、劉曜はみずから縛を解いて幕舎に招じ入れる。
「晋室は互いに殺しあって辺境は自ら覇を称し、中原は主を失って天下は瓜のごとく分かれた。ただ、長安だけに拠って晋室の恢復は望めまい。お二人が蓋世の英傑であるとは承知しているが、晋室に大権を委ねる器量はない。そのためにこの敗戦を招いた。このような事態となり、お二人の力を借りられれば関中など平らげるに足りぬのだが、如何だろうか」
劉曜がそう言うと、魯充は静かに答える。
「晋に仕えて身は将となり、戦に敗れて擒となりました。後はただ死につくのみ、生を求めて後世に悪名を残すことは望みません」
梁緯は厳しい表情で言う。
「吾らは晋室の復興と漢賊への復讐を誓った。それを忘れて仇に仕えるとは禽獣もすまい。関西の男児であればなおさらよ。何も言わずにただ死を命じられればよい」
劉曜は二将の心を動かせぬと知り、衆人に言う。
「忠義の士を斬るに忍びぬ。どうしたものであろうか」
姜發が言う。
「二人に剣を授けられればよいでしょう。晋への忠節を全うさせてやるよりございません」
劉曜はその言に従い、二人に剣を与えた。二人は剣を握ると、向かい合って自刎して果てた。
衆人は嗟嘆してやまず、劉曜は礼によってその屍を葬った後、戦勝の酒宴を催した。その時、梁緯の妻の
劉曜はその容色に優れていることを喜び、幕舎に止めて妾としようとする。辛氏は貞節を守って従わず、劉曜は女官に命じて説得させた。
「夫はすでに世を去り、妾はこの世に未練などございません。婦人に生まれて二夫に従っては、節を失ったと言われましょう。大王もまた、そのような行いで自らを汚されませぬよう」
辛氏はそう言うと、頭を壁に打ちつけて命を絶った。劉曜は再三に嗟嘆すると、その屍を梁緯の墓の傍らに葬った。
関中の人はこの墓を
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