第十五回 劉沈と張光は長安を攻む
読み終わると涙を流し、東を向いて再拝して言う。
「忠孝の二字は五倫のもっとも重んじるべきもの、人の世にあって五倫を欠けば禽獣と異なりません。
それを聞くと、劉沈が懸念を口にした。
「ただ、河間王の軍勢は多く、士気は高いであろう。事が破れればかえって禍を招くことも考えられる」
「
▼「雲臺」は
張光の言葉を聞いて劉沈の意も決した。
「吾は義に殉じて死すとも逆に従って生きるつもりはない」
▼「鄭邑」は陝西にある古の鄭國があった地であり、
劉沈、張光、衙博が会するとその軍勢は五万にもなり、張方を引き離して洛陽の囲みを解くべく長安に攻めかかった。
「長安が襲われて事態は急を要するとのこと、臣は軍勢を返して吾が王を救いたく思います。すでに城の陥落は旦夕にあります。しかし、わずかでも囲みを解けば
成都王はその言に従うこととした。
張方は
※
河間王が張方を呼び返したと知り、劉沈は
河間王は
両軍が対峙すると、河間王が陣頭に進み出て言う。
「孤と卿は隣接して腹心を通じ、君臣の間柄であるにも関わらず、軍勢を発して攻め寄せ、遺恨を結ぶとはどのような料簡か。孤は専権を振るう長沙王の罪を問うべく成都王と軍勢を合わせたのであり、朝廷に弓を引くわけではない。卿は長沙王の命を受けて無名の帥を起こすつもりか」
「大王は軍勢を挙げて天子を冒された。それゆえ、臣は勅命により叛逆者を討つのです。君臣の間柄を論じる時ではありますまい」
劉沈の言葉を聞いた河間王が怒って言う。
「誰ぞこの背反の徒を
その言葉が終わるより先に陣中より王闡が飛び出した。劉沈の陣からは衙博が馬を駆って迎え撃ち、三十合に及ばず力尽きた王闡が馬を返して逃げ奔る。それに替わって呂朗が馬を出す。これも二十合に及ばず鎗法を乱し、危うしと見て
劉沈はそれを見ると
衙博と皇甫澹は勇を奮って後を追い、ついに城内に攻め入った。河間王の軍勢はこれを見るとすぐさま城門を閉ざして後軍の侵入を阻む。主将を失った軍勢は門を打ち破らんと図るも鋼鉄の門は破りがたく、そうこうするうちに時が過ぎる。
衙博と皇甫澹は城内に入ると勇を奮って攻め進み、逃げる敵を追って十余里も進む。一息吐いて顧みれば、後につづくはずの軍勢がいない。城門で隔てられたと知った二将は慌てて城壁に向かい、城門を破って外に出んと図る。
城壁の上からこの様子を見ていた刁默が叫んで言う。
「急いで
▼「閘板」はいわゆる
衙博は馬を駆って城門に駆け寄り、門を守る兵士を斬り散らす。皇甫澹も追いついて加勢し、二人して数え切れぬほどの兵士を斬り殺した。
逃げ出した兵士の後を追って門に到り、封門の鎖を一刀に断ち切る。ついで門を開かんと力に任せて鎖を
後につづく皇甫澹が急ぎ馬を寄せて衙博を救い、城門を破って出ようと図る。そこに閘板がしきりに落とされ、ついに直撃を受けて皇甫澹が乗馬ともども命を落とした。衙博はそれを見ると討ち死にを覚悟して踵を返し、城内の兵に斬り込んでいく。兵士たちは獅子奮迅の働きを怖れて逃げ散り、ついに一人の兵士もいなくなった。
そこに王闡と呂朗が軍勢とともに駆けつけて遠間から雨霰と矢を射かけると、ついに衙博も乱箭を受けて命を落とした。
二人の英雄猛将は一時に長安の城門下に落命したことであった。
※
劉沈は衙博と皇甫澹の戦死を知らず、二将が陣にいないと知って城内に攻め入ったのではないかと疑い、軍勢を率いて城に攻めかかった。その時、城壁の上に二人の首級が掲げられて笑い声とともに投げ落とされた。寄せ手の兵士はこれを見て大いに愕き、尻込みして攻めかからない。
それを見た劉沈が叫んで言う。
「一旦退いて軍営に返せ。計略を定めた後に敵を図る」
雍州の軍勢はその指示に従って退き、呂朗と刁默はそれを見ると城内より討って出るよう王闡と樓褒に命じる。二将は命を受けて城門を開き、軍勢とともに退く軍勢の背後に襲いかかる。ちょうど日は暮れかかって旗の色も見分けられなくなり、雍州の軍勢は列を乱して退いていく。晉邈は誤って河間王の陣に向かい、席薳に討ち取られた。霍原も乱戦の中で呂朗に斬り殺される。
ついに暗夜となり、呂朗と刁默も軍勢を城に軍勢を返すこととなった。
劉沈と張光は軍営に入って休むと、
両軍は出会い頭に戦に入り、そこに長安城を発した軍勢が攻めかかる。雍州の軍勢は腹背に敵を受けて支えきれず、大敗を喫して逃げ奔る。この戦で張方は夏本を生きながら擒とし、
敗戦の中にあって劉沈と張光は軍勢を捨てて逃げ奔り、主帥を失った軍勢は融けるように瓦解する。張方はそれを捨てて長安に向かおうとしたが、
「劉沈と張光の敗勢は窮した。ここで逃がすのは網から魚を逃がすようなもの、深き淵に逃げ込ませてはならぬ。一万の軍勢で夜を徹して追い討ちに討ち、生きながら擒として禍根を断つ」
「その心意気は壮である。吾に代わって彼奴らを擒とせよ」
張方がそう言うと、二将はそれぞれ五千の軍勢とともに飛ぶように後を追った。
※
長安から逃れた雍州の軍勢は、敗戦から半日に渡る撤退をつづけて疲労の極みにあった。ようやく渭水に近づくと軍勢を整えて渡河をはじめる。そこに
雍州の軍勢は急ぎ渭水を渡って逃れんと図るも、辺りに舟は見当たらず渡る術がない。渭水から離れようとすると、後ろに敵が迫って逃げ場はなく、軍勢は瓦解して逃れるべく水に投じる者が続出した。ついに劉沈と張光は生きながら擒とされた。
張輔は長安に軍勢を返すと、擒とした劉沈を河間王の前に引き立てる。河間王が劉沈に問うて言う。
「孤と卿は唇歯の如く助け合い、肝胆を照らし合わせる仲であった。いまだかつて卿を軽んじたことはない。何ゆえに知己を裏切って仇をなしたのか。これは天の許さざるところ、それゆえに敗戦を喫して擒となったのではないか」
「肝胆を照らし合わせているならば、衙博の軍勢を奪うようなことはなさるまい。吾が擒となったのは、天が晋室を
「留めようとも従うまい」
劉沈の言葉を聞いた河間王はそう言うと、劉沈を斬ってその忠義を全うさせたことであった。
ついで、郅輔が張光を引き立ててくる。
「お前は劉沈とともに孤を攻めたが、天理に逆らったがために擒とされた。何か言い残すことはあるか」
河間王の問いに張光が答える。
「吾は劉雍州(劉沈、雍州は官名)のために画策した。詔を奉じて逆臣を討つにあたり辞を挟む余地はない。事が破れたとはいえ、吾が忠心はすでに尽くされている。今や漢賊は
の
「死に臨んで怖れを見せぬは勇と言えよう」
ついにその縄を解いて司馬に任じたことであった。
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