第五回 李含は齊王司馬冏を謀る

 河間王かかんおう司馬顒しばぎょうは先に詔を受けて関中に鎮守していたため、嫡子の司馬暉しばきを主将に張方、郅輔しつほたちを遣わして漢の討伐にあたる成都王に従わせていた。成都王に従う軍勢が解散するにともない、その司馬暉も関中に帰還した。

「漢の討伐に向かった軍勢が解散したのは、齊王が董艾、孫恂など五公を重用して政事を委ねたため、彼らが権を擅いままにして成都王のみならず軍功を立てた諸侯をもねたんで兵糧を継がなかったことによります」

 司馬暉の言を聞いて司馬顒はさらに合戦の様子を問う。家将の張方の武勇が諸将中第一とされて先鋒に抜擢され、前後に悪戦して勲功第一と称賛されるまでの仔細を聞くと、司馬顒は怒って言う。

「齊王の大賊めは道理を知らぬこと甚だしい。先に義兵を起こして趙王と孫秀の驕横を誅し、帝の復位をなしたは諸親王の功績であるにも関わらず、独り己の手柄と誇って朝政を専らにし、おのが党与の小人どもに重禄を与えて余人の功を賞さず、専恣せんしの振る舞いは目に余る。孤は年長であれば齊王の父と同輩、時勢により已むなく若輩者の齊王に従ってはいるものの、年来恥じるところでもある。さらに、この度の戦で家将の張方が先鋒を務めて大功を建てたにも関わらず、一切の賞賜を与えぬとは、功績を建てておらぬも同然ではないか。どうしてこれを忍びえようか。すみやかに成都王と約して兵を挙げ、齊王を誅殺せねばならぬ」

 憤ってはみたものの、大権を握る齊王に歯向かっては成敗を測り難い。誰とこの事を諮るべきかと憂いを表して悶々とするばかりであった。そのことを知った長史ちょうし李含りがんが問うて言う。

「大王が表に憤りを含んでおられるのは、齊王が朝権を専らにして余人の功労を認めず、その悪行を憎まれてのことではありますまいか」

 この李含は字を世容せいようといい、狄道てきどうの生まれで生来智勇に優れる。長らく河間王に仕えていることから気心も知れていた。

 親しい臣下の問いであれば、涙を浮かべてこう言う。

「実にお前の言うとおり、心中の怒りをどうにも抑えられぬ。この怒りをどうするべきか悩んで面に表れたのであろう」

「成都王は先帝の子にして聖上の実弟、さらにこれまでの功績は齊王を凌ぎます。それゆえに天下の人は望みを成都王に懸けておりますものの、かえって功績を齊王に譲って本国に帰任されました。齊王はそれに飽き足りず、成都王より大将軍の印綬を奪おうとしております。これより成都王の底意ていいを測れば、畢竟ひっきょう、齊王と隙を生じて害を被ることを避けるため、官職を返上して本国に帰られたのでしょう。つまり、表向きは齊王と呢懇に観られておりますが、内心ではこれを警戒して時機を待っておられるのでしょう。この推測に誤りはございますまい。その上、齊王は先帝(武帝司馬炎)の弟の司馬攸しばゆうの子、宗室の嫡流ではございません。疎遠なものが近親を越えて国政を壟断し、朝権を擅いままにしていること、世人の憎むところとなっており、その禍はすでに近づいております。しかし、にわかに兵を挙げてその罪を問おうとされれば、時機より推して成敗は測り難いものがあります。さらに、齊王と成都王に隙はあれども、表向きは和合しているように見えており、齊王の問罪を成都王に勧めたところで、万一固辞されれば大王のお立場が危うくなりましょう」

 そこまで言うと一息吐き、さらに論を進める。

「それについては良策がございます。聞くところ、齊王の羽翼となっている東海王と長沙王の仲がこじれており、長沙王は成都王の力を借りて齊王と東海王を排斥はいせきせんと図るも、成都王はその勧めに従わなかったと言います。大王におかれましては、一通の書状をしたためて長沙王に送り、その文中に成都王の意向を匂わせてやるのがよろしいでしょう。『すみやかに挙兵して齊王を廃し、成都王を洛陽に向かえてともに朝政を輔弼なされよ』とでも言えば、長沙王は喜んでこの謀を進めるでしょう。そうなれば、齊王は長沙王を疑い、齊王と長沙王のいずれかはたおれることになります。その後、大王はおもむろに洛陽に向かって朝権を執られればよろしいのです。これぞ漁夫の利というもの、齊王と長沙王が争えば、大王を重んじる者ははますます増えようというものです」

 李含はたなごころを指すように謀を示してみせたことであった。

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