#12 夢

 まるで水中に浮いているかのような感覚に、僕は目を開けた。



(夢だ…)



 夢の中で夢を見るというのは、何とも不思議な感覚だ。辺りを見渡しても何もない。床もなく、先程感じた通り浮いている状態のようだ。



(そういえば、不思議ワンダーワールドに来てから夢って見てなかったような…)



 水中で泳ぐみたいに足をばたつかせてみるが、周りの景色が変わらないので、進んでいるのかもわからない。あまりにも無意味な行為に笑えてくるが、夢の中くらい好きにしたい。



「ふふ…なんだい、それは。面白い踊りだね」



 突然目の前に少女が現れた。あまりに急なことに、驚きで声も出ず固まってしまう。



(い、今この子、突然目の前に…?!)



 …冷静に考えてみれば、夢の中なのだから、そういうことがあってもおかしくない気がする。

 そう思うと少し落ち着いてきて、何とか少女の容姿を認識することが出来た。しかし今度は、真っ白という言葉が正しい人形のような姿に、思わず見とれてしまう。



「次は睨めっこかい?随分とせわしない『アリス』だね」

「…君もゲームの参加者?」

「さて、どうだろう。どう思う?」



 答えになっていない。というより、答える気がないようだ。

 少女は全く表情を変えず、何を考えているかわからない。



「僕はシエラ。君は何ていうんだ?」

「ボク?ボクはねぇ、何だと思う?」



(会話にならない…!)



 せめて表情を変えてくれれば、冗談で言っているのかくらい推測出来るのだが。



「ふふ、冗談だよ。キミにはボクが何に見える?」

「…え?お、女の子…?」



 質問の意図がわからず、見た通りの事実を伝えると、不思議そうに首を傾げられた。



「おや?もしや、キミは覚えていないのかい?」

「えっと、どこかで会ったことが?」



 …言われてみれば、どこかで会ったことがあるような気もする。ハートの城にはいないだろうし、だとしたら城下町か、それとも他の地区か。何にせよ、悪いことを聞いてしまったかもしれない。

 そうは言っても、夢の中にまで現れてくるのはどうかと思うが、一体どこから突っ込めばいいのだろう。



(ネズミ耳を見たあたりから、常識は捨てないといけないってことだったのかもな…)



 皆の頭に生えている動物の耳も、ヴィッセルの作る謎の穴も、今回の夢も、現実離れし過ぎていて理解が追いつかない。



「はて、ボクはキミに会った覚えはないよ」

「は…?それなら、僕が覚えてるも何もないじゃないか」

「そうかい?キミがそう思うのなら、そうなのかもね」



 話を聞かないマーミットや、一向に意見を変えなかったビヨンとは違い、会話は続いているが、どうしてかこの少女とは話が噛み合っていないような気がする。



「…それで、君は何て名前なの?」

「ふふ、好きなように呼ぶといいよ」

「好きなようにって…」



 どうして名前も教えてくれないのだろうか。好きなように呼べと言われても、動物ではないのだし、勝手に名前を付けるわけにもいかないと思うのだが。



「思いつかないかい?」

「うーん…」

「名前なんてなくても、何も困らないさ」



 そんなことはないと思う。現に今、何て呼べばいいのかわからず、困っているのだから。



「ゲームの参加者かどうかも、教えてくれないのか?」

「キミがボクを参加者だって思うのなら、ボクは参加者だし、違うと思うのなら違うんだよ」

「どっちかだろ…?それなら、どこの地区に住んでるんだ?」

「どこでもあるとも言えるし、どこでもないとも言えるね」



(駄目だ…この子の言っていることが、何もわからない)



 夢だからか、驚くほど意味を成さない会話に頭が痛くなってくる。少女は相変わらず無表情で、僕の方を見ている。



「ふふ、キミは悩んでばかりだね。悩みや迷いはいつだって、大事な選択の側にある。だけどキミはまるで、迷う前から迷っているようだ」



(迷う前から迷う?)



 意味がわからない。それは迷っていないのとは違うのか。



「さて…この不思議ワンダーワールドに残るも、元いた世界に帰るも、決めるのはキミなんだから、キミの好きにすればいい」



 体全体が浮かび上がっていくような感覚に、思わず目を瞑った。



「迷子の『アリス』、キミはもう、迷う必要なんてないんだよ」



 ***



 目を開けると、客室のベッドの中だった。



「ああ、夢か…」



 先程の夢からは覚めたが、こちらの夢はまだ覚めないらしい。はっきりとは思い出せないが、不思議な少女に会ったような気がした。



(どうしてかな…もうすぐ宣言の時期が来るような気がする)



 これは願望なのかもしれない。黒影シャドルタを見てから、ずっと家族のことが頭から離れないでいた。お陰様で、ブラックにもそれ程頼ることなく、ほとんどは城の中で過ごしていた。



(迷わなくていい…帰って、早く家族に……あれ?)



 まだ頭が寝ぼけているからだろうか。皆の顔がうまく思い出せない。



(いくら何でもこれは…後で謝らないと)



 また今みたいに忘れてしまうかもしれないが、その時は許して欲しい。きっと、イーディスは頬を膨らませて怒って、姉さんは困った顔で笑うのだろう。長い夢を見ていたと話したら、子どもだと笑われてしまうだろうか。



(早く会いたいな)



 また家族に会える日を想いながら、もう一度深い眠りへと落ちた。

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