#11 護衛

「メディア、今入っても大丈夫?」



 こういう風に話せと言われてから気を付けているが、女王にこの口調で話しかけるのは、相変わらず躊躇ってしまう。



「よいぞ、入れ」



 中から声をかけられ、重い扉を開けると、変わらず赤だらけの内装が視界を埋め尽くす。部屋の中にはメディアだけでなく、ホワイトとブラックも揃っていた。



(ちょうどいいや)



 何度も同じ報告をしないといけないかもと思っていたので、まとめて全員に説明出来るのは都合がいい。ブラックに説明するのは非常にやりにくいが、この際我慢するしかない。



「シエラよ、どうしたのだ?」

「城下町で黒影シャドルタを見かけたんだ。ヴィッセルに助けてもらったけど、一応報告しておいた方がいいかと思って…」

「何?黒影シャドルタがまた出たのか?」



 ブラックが驚いた声を上げた。



(前に出たって言ってたけど、普段はそんなに頻度は高くないってことなのかな)



「ええっと…前にブラックと会った路地の方で」

「お前…また路地に行ったのか」



 呆れた声を出されるが、僕だって行きたくて行ったわけではない。気が付いたら、その場まで来てしまっていたのだ。



(大声で迷子になったって言うのは、それはそれで恥ずかしいな…)



黒影シャドルタ?大丈夫だったのですか?」

「あー…ヴィッセルが言うには、かなり危なかったみたい。でも無事だったから、全然問題ないと思うよ」

「問題ないって、お前なぁ…危機感が薄過ぎるんだよ」

「ふむ…今回の黒影シャドルタは動きが活発なようだな。宣言の時期までに、また現れるかもしれぬ」



 またあれが現れるかもしれないのか。そう思うと、どうしても不安になる。

 さすがに何度も同じような幻には騙されないと自分を信じたいが、あの時見た景色も、聞こえた声も、とてもリアルだった。



(一気に現実に引き戻されたような…そんな感じがする)



 不思議ワンダーワールドの生活に慣れ始めていて、時々夢であることを忘れてしまいそうになる。それはつまり、現実の、家族のことを忘れかけているということだ。



(いくら何でも薄情すぎるだろ、僕…)



「ブラックよ、宣言の時期までシエラの護衛にあたれ」

「は?何で俺が…そんなもん、他の兵士にさせればいいじゃないっスか」

「何を言っている。他の兵士では、次に黒影シャドルタが出た時に対処出来ないではないか」

「それはそうっスけど…」



 ブラックは不服そうだ。それはそうだろう、突然自分の仕事が増えたのだから。



(余計な報告だったかな…いやいや!)



 確かに申し訳ないが、黙っていたらまた危険な目に遭うかもしれない。外に出る頻度を下げるにしても、さすがに『アリス』が部屋の中に籠もってばかりだと、そもそもゲームとしても成り立たないはずだ。

 ブラックもわかっているのだろう。相当嫌なのか、頭を抱えているが、それ以上文句を言うことはなかった。



「すみません…私に暇があれば、護衛を代わることも出来たのですが」

「い、いや…別にいいけどよ。荒事は俺の方が向いてるしな」

「そうだ。ホワイトには城での職務をしてもらわねばならんからな」

「陛下は少しくらい、ご自身で職務をしてください」



 メディアは完全に無視を決め込んでいる。



(こ、この人、本当に何もしていないのか…?!)



 普段何をしているのかは気になるところだが、今は護衛をどうするかという話だったはずだ。



「ブラック…?」

「チッ…何だよ」



 自分に面倒事を押しつけられた途端、露骨に嫌そうな顔を向けられた。怯みそうになるが、このままブラックに押し負けてしまうと、城に軟禁状態になりそうなのだ。僕は素直に頭を下げた。



「ブラックが巡回してるところ以外は行かないから、お願いします」

「二回も路地に迷い込む奴を放っといたら、ゲームにならねぇからな…護衛はするが、本っ当に今度こそ大人しくしとけよ!」

「あ、ああ、わかってる」



 結構本気で怒っているらしい。



(当たり前…だよな)



 ***



 報告することはした。約束もしてしまったし、今からまた外に出かけるわけにもいかない。



(さすがにそんな気分でもないし、大人しく部屋に戻ろうかな)



 女王の間を出て部屋に向かおうとすると、背後から声をかけられた。



「シエラ」



 珍しく声をかけてきたのはブラックだった。



「本当にごめん、面倒かけて」

「…おい、この際だからはっきり言っておくが」



 ぐいっと近寄られ、思わず後ずさる。しばらくそれを繰り返していると、壁際まで追い詰められてしまった。



「ぶ、ブラック…?」

「俺はな、『アリス』って奴が大っ嫌いだ。お前も例外じゃねぇ」

「…っ」



 突然の嫌い宣言に、返す言葉が出てこない。

 好かれる要素がないことくらいはわかっていたが、まさかここまで露骨に嫌悪感を表されるとは思わなかった。



「さっさと帰るべき場所に帰れ。これ以上、俺の仕事を増やすんじゃねぇよ」

「か、帰れるなら俺だって帰りたいよ!だけど宣言の日が来ないんだから、どうしようもないだろ!」

「それはお前が…」



 ブラックは何か言いかけたが、そのまま口を噤んでしまった。



(僕が?)



 宣言の日が来ないのは、僕に何か問題があるとでも言うのだろうか。さすがにそれは理不尽だ。わけもわからずゲームに巻き込まれているだけなのに、責められる謂われはない。



「…上司命令だからな、一応は。お前の護衛はするが、これ以上手間かけさせんなよ」



 言いたいことだけを言って、そのまま去って行った。

 ブラックの姿が見えなくなってからも、使用人に声をかけられるまで、僕はその場に立ち尽くしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る