#9 名簿

「な、何もすることがないのは退屈すぎる…!」



 この不思議ワンダーワールドに来てから、それなりに日が経った。今更ではあるが、義務は課せられず、権利だけ与えられるというのは何ともやりにくい。



(ブラックの仕事は手伝えなさそうだし、メディアは何の仕事をしてるのかよくわからないし…)



 結局あの人は仕事をしているのだろうか。



(手伝うとしたらホワイト…だよな)



 思いついたなら、それが吉日。僕は執務室へと足を運んだ。



 ***



「ホワイト、いるか?」

「シエラ?開けますから、少し待っていてください」



 中からの声は早く返ってきたが、扉は中々開かれない。気になって少し覗こうとすると、内側から扉を開こうとしたホワイトと目が合った。



「うわっ!ごめん」

「いえ、私もお待たせしてしまいましたし…とにかく上がってください。今日は少し、職務も落ち着いていますので」

「あれ、そうなんだ」

「ところで今日は一体、どんな用事で?」



 以前の様に、何か聞きに来たのならそれでよかったのだが、今日は手伝うことがないか探しに来たので、残念という言葉しか見当たらない。



「実は何か、僕に手伝えることはないかって思って」

「手伝えること、ですか?」

「あんまりじっとしているのって、性に合わないんだ。たまに城下町には行ってるけど、大体行く場所も決まってきたし」

「お金が足りない、ということでしょうか?それなら、使用人の方からお渡ししますが」

「いや、そういう意味じゃなくて…」



 仕事がしたいというのは、あまり受け入れられない考えなのはわかっていた。元いた世界でもそうだ。貴族の長男が、自ら体を動かして働くなんて相応しくないと、何度も両親に止められた。



(使用人たちは手伝わせてくれたから、後で母さんたちのお怒りを買ってたんだよな…)



 今思えば、彼女たちにとってもありがた迷惑な話だったのかもしれない。



「お世話になってるんだから、何かお礼でもしないとって思って」

「そんな心配は…シエラがこの世界を選んでくれれば、十分です」

「それはホワイトのだろ?メディアとかブラックとか、ここの使用人にだってお世話になってるんだから、何か手伝いをしたいんだ」



 無理を言っているのはわかっている。それでも頭を下げて頼むと、ホワイトは少し困った表情を浮かべながらも、棚や机の方を漁りに行った。



「実際私の仕事は、機密事項のものが多いですから、手伝ってもらえるものというのが限られているのです」



 内政を担当しているということは、当然その通りだろう。だが、これも僕の作戦だ。ホワイトを手伝っていれば、この不思議ワンダーワールドについてもっと深く知ることが出来るかもしれない。帰る手段は意外とこんな身近に転がっていたなんてことも、十分に考えられる。



(僕が目を覚ませばいいだけなんだけどな)



 早く、誰か起こしてくれないだろうか。



「…ありました。これならあなたにお任せ出来そうです」



 ソファに座らされた僕の前に、山積みにされた紙束が三段分。書いてある文字は読めない。



「上から一枚ずつ取って、順番にこちらのファイルに入れていってもらいたいのですが、出来ますか?」

「それくらいなら」



 言われた通りに、ひたすら紙をめくっていく。



(全部見たことのない文字だ…)



 特殊な言語なのだろうか。

 城下町を歩いていて、看板が読めないということはなかった。時間潰しに本を読んでいても読めないということもなかったので、すっかり言語自体は元いた世界と共通なのだと思っていた。



(よく考えたら、それはそれで不自然な話だけど…あれ?)



 無造作に視線を向けた先にあった、ただの記号の羅列──それがまるで、僕の名前であるかのように感じられた。



(アリス…?いや、違う。シエラ…だ)



 どうしてそう感じたのかはわからない。念のために、周辺の文字に目を通してみるが、相変わらず他の文字は読めず、何かの錯覚だった可能性が大きい。だが、それが何かのリストであることは、文字の並びから察することが出来た。



(長さ的にも、ここは名前かな…?)



 ホワイトに不審に思われないように、紙をめくる手は出来るだけ休めないように気を付ける。書いてある内容は全て違うらしい。



「…え?」

「どうかしましたか?」

「あ、いや…」



 読める文字があったわけではない。ただ、どうしてだかその文字に惹かれてしまった。



「ホワイト、これって何て読むんだ?」

「すみません、シエラ。その書類に書いてある内容も機密事項なのです」

「そ、そんなの僕に任せていいのか?」

「読めないでしょう?これは独特の文字ですから、一部の者にしか読めないようになっているのです」

「へぇ…リストか何か?」

「よくわかりましたね。はい、名簿のようなものです」



(名簿…そんなところに僕の名前があるのは不自然だよな)



 やはり自分の名前だと思ったのは、気のせいだろう。ここに来てから、城の機密事項の名簿に名前を連ねるほどの悪事をした覚えはない。

 意外と、山積みにされている量は多いらしい。見たことのない文字を視界に入れながら、日が暮れるまで、執務室で紙束をまとめ続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る