#8 城下町

 ホワイトは優しい。だが、肝心なことはぼかしてくる。



(もしかしたらルールなのかもしれないけど…)



 それがルールだからなのか、自分にとって不利になることだから話していないのか、僕には判断が出来ない。だから妙に勘繰ってしまう。



(大体帰るななんて、無理に決まってるだろ)



 終わりの見えないゲームなんて、他の参加者たちはどう思っているのかはともかく、『アリス』という立場からすれば不安しかない。

 あの後執務室を出て、部屋にも戻る気にもならず、僕は城下町まで降りてきていた。



「よっす!あんたが今回の『アリス』だろ?」



(えっ?!)



「何?『アリス』だって?」

「めんこい子じゃないかぁ…ほれ、これはサービスじゃ」



 突然知らない人たちに囲まれた。彼らは僕が『アリス』であることを知っているらしいが、一体どこで公開されたのだろう。



(ぷ、プライバシーも何もあったものじゃない…!)



 遠巻きにいる人たちも、何度もこちらを見てくるので、『アリス』の話をしているのだと想像出来る。



「まだここにおるということは、住むのはここに決めたのかな?」

「す、住むわけじゃないから!ゲームの間だけ、城でお世話になるだけで…」

「十分よ!『アリス』が地区にいるだけで、この期間は賑やかになるんだから」



 ここにいる人たちは純粋に、『アリス』が自分の地区にいることを、喜んでいるように感じられた。



「君たちもゲームの参加者なのか?」

「参加者?俺たちが?まさか!」

「ゲームに参加するのは一部の人だけだぜ?」

「いや、ある意味俺たちも城下町の住人として、参加者だって言えるんじゃないか?」

「ああ、そう言われてみればそうかもしれない…」



(に、逃げよう…!)



 歓迎してくれるのは嬉しいが、こんな街のど真ん中で囲まれて悪目立ちするのは、精神面にもあまりよろしくない。

 彼らは自分たちの話に夢中で、僕が離れていくことには気付いていない様だ。もしかしたら、ゲームと銘打ってはいるが、実際のところは祭に近いものなのかもしれない。



「それに巻き込まれる僕の身にもなって欲しいけどな」



 大通りから離れ、狭まった道へと進んでみる。カジノがあった貧民街とは違い、路地の方も整備されているようだ。所々に警備兵が巡回しており、安全面にも気を配っていることがわかる。



「あれって…ブラック?」



 路地裏を覗くと、警備兵たちに指示を出しているブラックの姿があった。以前ゲームの説明を聞かされた時と同じく粗野な態度だが、丁寧に指示を出している。



「お前らは酒場近くの路地を、お前らはこの付近の路地を確認しろ」

「はいっ!」

「お任せ下さい!」

「俺は念のためにもう一度大通りを見てくるが、現れるとしたら路地だ。消える気配がなければ連絡灯を上げろ」



 指示を受けた警備兵たちは、散り散りと、指定された場所へ向かって行った。



(出て行くタイミング逃したよな、これ…)



「…おい、こそこそ隠れてないで出てこいよ」



 気付かれていたらしい。呆れの混ざったような声をかけられた。

 別にこそこそしていたつもりはないが、実際覗いていたわけで、しかも出て行こうかすら迷っていたため、何も言い返せない。



「ごめん、ブラック。覗く気はなかったんだけど」

「覗かれて悪いもんじゃねぇんだが…それより、お前何でこんなとこに来てるんだよ」

「こんなところって、城下町だろ?世話になる地区だから、少しは見ておこうかと思ったんだけど」

「城下町っつうか…まぁ、いいか。あんまり『アリス』は、このあたりの路地には近づかない方がいいぜ」



 そう言われてようやく気が付いた。路地は路地でも、随分と奥まで入り込んでいたようだ。大通りで聞いた喧噪はすでに聞こえない。単純に噂をやめただけなのかもしれないが、離れ過ぎた可能性も十分にあった。



「危険ってこと?」

「大体そんなとこだ。前に言っただろ、黒影シャドルタだよ」

「あっ…さっきの指示も、もしかしてそれ?」

「正解。一人飲み込まれたらしい…はぁ」



 ため息をつきながら言っているが、それは結構な大事なのではないか。



「あれは一回誰かを飲み込んだら、基本的にはすぐに消える。またしばらくしたら出てくるけどな。だから今はいないはずだが…万一ってこともあるから、巡回を入れてるんだよ」

「後出しってこと?」

「…腹立たしいが、そういうこった」



 人が一人失踪してからしか対応出来ないというのは、住人も不安ではないだろうか。先程の大通りでの雰囲気からは想像付かないが…



「大通りの奴らのことを気にしてんのか?」

「ああ。さっき少し話したけど、まさか黒影シャドルタが現れていたなんて思ってないだろうし、知ったら不安になるだろ?」

「さぁな。あいつらはあんまり気にしてないと思うぜ、人が消えることくらい」

「く、くらいって…!人が消えてるんだぞ?」

「そりゃそうだが…あいつらにとっては慣れてることなんだよ」



(慣れてる?人が消えることに?)



 いくらこの現象が、ゲームが開催されるたびに起こっていることだとはいえ、身近な人が消えたらさすがに慌てるはずだ。



「説明が面倒くせぇ…とにかく、お前はさっさと城に戻ってろ。何度も言うが、あんまり路地には近づかない方がいいからな」



 今ひとつ納得がいかなかったが、僕だってそんなわけのわからない何かに飲み込まれたいわけではない。言われた通り、大人しく城に戻ることにした。



(それにしても、どうしてこんな奥まで入ってしまったんだろ…気をつけないと)

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