#7 宣言の時期

 全ての地区を回ったが、やはり最初に来たハートの城で、お世話になることに決めた。



(メディアは少し不安だけど、ホワイトはいい人そうだし)



 ブラックは口は悪いが、少なくとも危険人物ではないはずだ。

 案の定、ハートの城に帰ってきた僕に、二人は客室を宛がってくれた。だが、ホワイトの方は常に仕事に終われており、ブラックの方はそもそも城の中にいること自体が少ない。



(何かあった時は使用人を呼べって言ってたけど…)



 部屋の中でじっとしているのは性に合わない。

 目的は、不思議ワンダーワールドで快適に過ごすことではなく、不思議ワンダーワールドから帰ることだ。これだけは、夢であったとしても揺らいではいけない。

 僕は仮にも貴族、リデル家の長男なのだ。



「…よし」



 あのウサギたちなら、何か知っているかもしれない。一度探して詳しく聞いてみよう。



 ***



 ホワイトを探してやって来たのは、執務室と書かれた扉の前だった。途中、使用人に居場所を確認すると、大抵はわからないようだったが、この執務室へと向かう姿を見たと教えてくれた人がいたからだ。



「ホワイト、いるか?」



 扉をノックしたところで、改めてホワイトの方は、メディアから仕事を押し付けられて多忙なことが多いと言っていたことを思い出した。



(大丈夫…だよな?)



 急に不安になってきた。

 しばらく待っても反応がない。ここにはいなさそうだと去ろうとしたのと、扉が開けられたのはほぼ同時だった。



「…シエラ?」

「ああ、よかった。実はちょっと、聞きたいことがあって」



 ホワイトは少し渋い顔をした。



(やっぱり忙しかったのかな…)



「ごめん、何だか忙しそうだし出直すよ」

「いえ…大丈夫です。ただ少し、職務をしながらになるのですが」



 そう言いながら、ホワイトは部屋の中へと案内してくれた。

 忙しかろうとゲームの参加者である手前、『アリス』をぞんざいに扱えないということだろうか。特別扱いというのはむず痒く、申し訳ない気持ちになるが、情報を集めるには便利かもしれない。



(図太くなることも大事だよな)



 部屋を見渡すと、書類やファイルはきれいに整頓され、机や棚に並べられている。私室とは違うようだが、この部屋を使うのが主にホワイトだからだろう。彼の性格を表しているように思える。

 大きめのソファに腰かけていると、目の前に紅茶が置かれた。



「あ、ありがとう…」

「いえ、シエラは客人ですから──少なくとも今は。ところで、聞きたいこととは?」



 聞きたいのは今すぐここから帰る方法だ。

 夢だから楽しもうという気持ちも残ってはいるが、ウサギたちに言われた通りに他の地区も見て回ったところ、あまり安全な場所ではないということがわかった。



(いくら夢でも死にたくはないからな…)



 とはいえ、もしそんな方法があったとしても、ゲームの参加者であるホワイトが教えてくれるとは考えにくい。直接聞いても駄目なら、今分からないことから少しずつ聞いていくのが無難だろう。



「宣言っていうのは、何日後にすればいいんだ?」

「それは決まっていません。いつもゲームごとに違いますから」

「えっ?それじゃあ誰が決めるんだ?」

「…そう、ですね。いつもランダムに決まっていますから、私にはわかりません」



 話をしている間も、ホワイトは作業する手を緩めない。忙しいというのは本当なのだろう。



(でもわからないって…僕がいつまで待てばいいのかも、わからないって事だよな)



 僕の不安に気付いたのか、慌てて付け加えられた。



「私にはわかりませんが、終わらないということはありません」

「根拠は?」

「一定期間宣言が行われない場合は、緊急事態として、ルールに則って『アリス』に宣言する場を設けることが出来ますから…黒影シャドルタの話はしたでしょう?」



(そう言えば…)



 ゲームが開催されている時期に現れるらしい黒影シャドルタ。ゲームが終われば落ち着くのなら、早めに宣言の時期が来た方が安心する人も多いはずだ。



(っていうより、続けているのは危険だよな)



 それなら始めから開催しなければいいのにと思うのだが。



「そんなに宣言の時期が気になりますか?」

「当たり前じゃないか。その宣言っていうのをしないと、僕は家に帰れないんだから」

「…帰りたいですか?」

「えっ…」



 当たり前だ。僕の目的は帰ることなのだから。

 そんなことは、ホワイトもわかっているものだと思っていた。



「すみません、失言でした。この世界も、意外と慣れると住み心地も悪くないとお伝えしたかったのです」

「あ、ああ、そういうこと…」



 どうしてか、変な汗が背中を伝う。それを誤魔化す様に口を動かした。



「ホワイトは、やっぱり選ぶなら城下町がいいって思う?」



 結局ハートの城に戻ろうと考えてから、当然城下町も通ってきた。人通りは多く、所々に警備兵がおり、賑わっている様に見えた。ただあまり悠長にしていると、また貴族屋敷やカジノで起こった様な事態に巻き込まれそうだったので、あまり詳しくは見て回れなかった。



「あなたが選ぶのですから、どうしようと自由だと思います」

「…てっきりハートの城がいいって言うと思った」



 決して寂しいと思ったわけではない。ただ、ホワイトなら自分の地区を勧めてくると、どこかで期待していたのかもしれない。

 親身になってくれているように錯覚していたが、実際は会ったばかりの他人だ。



(家族とは違う…)



「勿論、ここを選んでくれれば嬉しいです。帰ろうとさえしないでいてくれれば…強要は出来ませんが」

「それは約束出来ないよ。僕は帰りたいんだから」



(帰らないと…)



 反発心から口調がきつくなってしまったことに気が付いたが、結局言い直すことはなかった。

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