#6 カジノ
何とか貴族屋敷から抜け出した僕は、次の目的地であるカジノを目指し、貧民街の中を歩いていた。
「ここが貧民街…?」
(思っていたよりも整備されてるな…)
ブラックに治安が悪いと言われ、一体どれ程のものかと覚悟していたが、意外と普通に店も開いている。少しばかり人通りは少ないが、それでも居住区に比べれば多い方かもしれない。
「下町の明るさって感じかな」
「だよな~?わかる?」
(っ?!)
先程のこともあって、いきなり背後から肩に手を回され、変な声が出そうになった。聞こえてくる声には心当たりがある。
「…ヴィッセル?」
「にゃはは!覚えててくれた?」
「覚えてるも何も…」
忘れるわけがない。いきなりわけのわからない穴の中に放り込まれたのだから。落ちた先にホワイトがいなければ、どうなっていたことか。
「あれ?もしかして、結構危険な目に遭った?」
「もしかしなくても、かなりね」
「まぁまぁ、無事だったならよかったぜ!」
(よくない!)
他人事ではないので、その軽い調子に合わせることは出来ない。
それにしても、どうしてヴィッセルはわざわざここに来たのだろう。伯爵婦人のペットとは聞いているが、呼びに来たというのは考えにくい。
(そういうお使い、嫌がりそうだし…)
「あんたって、考えてることわかりやすいよな…」
「え?」
「俺があんたを呼びに来るとかありえないって、思ってるだろ?」
「うっ…な、何しに来たんだよ」
「そのまんま、呼びに来たんだぜ」
ヴィッセルに背中を押されるまま進んでいく。前回のような穴は使わず、普通に歩いている分には、少し奇抜な格好をして猫耳を生やしている以外は普通だ。
(その猫耳が気になるんだけどな)
「猫耳気になるのか?触る?」
「触るか!」
何が楽しくて、男の猫耳なんてものを好き好んで触るというのか。
「にゃはは!冗談冗談!」
「もう!悪戯ばっかり…」
「チェシャ猫だからな~」
(それって皆言ってるけど、通称みたいなものなのかな?まさか種族じゃないだろうし…)
猫耳が生えている時点でおかしいが──ちなみによく見ると、尻尾も生えていてさらにおかしいのだが、とにかくそれ以外は人間と変わりなく見える。
「着いたぜ、カジノ」
「こ、ここって…」
案内されて来たのは、地下へと続く階段だった。
「こ、これも悪戯じゃないよな?」
「いや、これが嘘だったら悪戯じゃなくて嫌がらせだろ…」
全うな突っ込みが返ってきた。しかしどうしても頭には、急降下させられた思い出が蘇る。
「大丈夫だって。ほれ、俺が先に行くから」
「うわっ!ちょっと、引っ張るな…!」
ヴィッセルに手を引かれ、地下へと足を進めていく。奥にあった扉を開くと、そこはカジノになっていた。
「真っ昼間から開いてるんだ…」
「そりゃあ、ここの連中はいつも賭けに忙しいからな。常に開けておかないと、外で賭けをし始めるんだ」
「外で賭けをすると、何か問題でもあるのか?」
そもそも、賭けをするということ自体に問題があるような気もするが、それを言ってしまったらカジノの経営は成り立たないだろう。この地区を収めている拠点だというのなら、なおさらだ。
「外での賭けでは、お金の回りが把握しづらいでしょう?」
扉の前で立ち尽くしていた僕とヴィッセルの前に現れたのは、まるで舞踏会にでも出掛けそうな派手なドレスに身を包んだ女性だった。
「もしかして、伯爵婦人?」
「ええ、そうよ。あなたは『アリス』ね」
『アリス』という、他の人に呼ばれた時には抵抗感のあった名前も、どうしてだかこの人に呼ばれるとすんなりと入ってくる。
(で、でも僕の名前はアリスなんかじゃないからな…!)
「あ、『アリス』は名前じゃない。僕はシエラだ」
「あら、ごめんなさいね?
「わかった、フラン」
今まであった人の中で、一番礼儀正しいのではないだろうか。にこにことした笑顔からは、彼女がこの地区を治めている猛者であるということとに、全く結び付けられない。
「…あっ!」
隣でヴィッセルが、何かひらめいたと言いたげな声をあげた。また悪戯でも仕掛けられるのではと警戒したが、どうやら違うらしい。
こっそりと、僕に耳打ちをしてきた。
「伯爵婦人の名前、フランチェスコっていうんだぜ」
「へぇ……えっ?」
(フランチェスコって、男性名じゃなかったっけ)
「ヴィッセル…聞こえてるわよ?」
「聞こえるように言ったからな~、にゃはは!」
一人で笑いながら、以前のように壁に穴を開けると、そこへと飛び込んでしまった。
「え、ええっと…フランチェ」
「フランよ」
「あっ、はい、フラン」
本名は禁句らしい。
「ご想像の通り、私は男よ。わけあってこんな格好をしているのだけれど」
「ほっ…てっきり趣味なのかと」
「うふふ、趣味も兼ねているわ。私、美しいものが大好きだもの」
(変わった人だけど…そんなにおかしい人ではないよな?)
他の人に比べれば十分普通だ。突然襲いかかってくるわけでも、首をはねようとするわけでもない。
「ところでシエラ、あなたにお勧めのゲームがあるのだけれど」
「え?」
「まずはルーレットから始めてみない?」
(これって賭け事に誘われてる…?!)
「け、結構です…!」
…常識人という考えは、改めなければいけないかもしれない。
その場から逃げ出すように、僕は慌ててカジノを飛び出した。
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