#5 貴族屋敷

「ここが居住区…かな?」



 ウサギたちにもらった地図を見ながら、何とか貴族屋敷のある地区までやって来ることが出来た。途中、話に聞いていた通り、地区の境界線代わりとなっている森があったが、今度は特に迷うこともなく抜けられた。

 それにしても…



(知らない場所だろうけど、やっぱり見慣れた風景だな)



 両側に建ち並ぶ家々は、大き過ぎず、それでいて決して小さくはない。お金がかかっているのだろうが、全体の見映えが悪くならないように、外装は派手過ぎないもので統一されている。



「貴族屋敷はこのまま進んで…あれ?」



 大体同じくらいの建物が並んでいる通りの先に、一際大きな屋敷が一軒建っている。正面の門から、一人の少年とウサギ耳を生やした男が出てくるのが見えた。もうその耳には突っ込まない。



(誰か出てくる?あれって…)



「帽子屋?」



 少年が振り向いた。独り言だったのだが、どうやら聞こえてしまったらしい。ウサギ耳の男も同じように、僕に視線を向けた。



「俺に何か…ああ、もしかしてお前、『アリス』か?」

「え?あ、ああ、そうだけど」



 まさか名乗る前に気付かれるとは思っていなかった。



「いや、実にラッキーだ!ゲームの開催が宣言されたから、一度くらい『アリス』の顔を見ておけとビヨンが言うからな。わざわざ外に出てきたが…そちらから来てくれるとは!」

「ああ…折角シルク様に外に出て、新鮮な空気を吸ってもらういい機会でしたのに…」

「…子供じゃないんだから、そういう心配はいらないぞ」



(子供だろ?)



 横柄な態度は見てとれるが、明らかに僕よりも若い。



「え、ええっと?何だかよくわからないけど、ごめんな?」

「いえ…あなたに悪気があったわけではないようですし」

「ビヨン、面倒だが『アリス』の方から来てくれたからには、存分にもてなさなければ。すぐに戻って茶会の準備をしろ、俺の部屋に」

「かしこまりました。すぐに、庭に、茶会の準備をして参ります」



 庭に、の部分を強調していたような気がする。

 取り残された帽子屋はというと、不服そうに押し黙っている。



「帽子屋?」

「帽子屋なんて呼ぶな。俺はシルク。さっきの奴は三月ウサギのビヨンだ」

「それなら僕だって、『アリス』じゃなくてシエラだよ」

「おっと、これは失礼。それではシエラ、改めて君をお茶会に招待しよう」



 帽子屋に連れられてきた庭には、すでにテーブルが置かれてあった。他の使用人たちに三月ウサギが指示を出し、料理や飾り付けの準備をしている。



(普段からお茶会とかしてるのかな?)



「何か手伝った方がいい?」

「君は今回のお茶会のゲストだ。そんな気遣いはむしろ、失礼に値するぞ」

「それはそうかもしれないけど…」



 目の前で準備をしているのに、黙って座っているだけというのは、申し訳ない…というより、正直かなり気まずい。

 確かに僕の家系も貴族だが、あくまで中の上ランクだ。たまに使用人に頼んで、手伝いをさせてもらっていたりした。



「今回の『アリス』は随分とせっかちだな。何、すぐに慣れる。見てみろ…俺たちがこうやって寛いでいる中、あいつらは主人を待たせまいとせかせか動いて…最高の眺めじゃないか!」

「君、さては性格悪いな?」

「何とでも。居住区の奴らを治めるには、これくらいでちょうどいいんだよ」



(言われてみれば、性格のいい人が貴族の集団を治めてるなんて方が、考えにくいな…)



 話をしている間にも、机の上にはたくさん飾り付けられた料理やお菓子が並べられ、僕とシルクの前にも、いい香りの紅茶が置かれた。

 まさかこんな短時間で、こんなにお菓子が並ぶとは…使用人もたくさん雇っているのだろう。それは屋敷の大きさからも伺える。



「さて、準備が整ったようだな。ビヨン、お前も座るといい」

「ありがとうございます」

「そうそう、こいつはシエラというそうだ。『アリス』という呼び名は好きではないらしい」

「かしこまりました、シエラ様」



 好きではないとまでは言っていないはずだが、確かに言われた通り好きではない。



(って、シエラ様?!)



「さ、様なんていいって!」

「はぁ…しかし、あなたはシルク様の客人ですから」

「でも僕、ビヨンの主人じゃないし…」

「それはそうですが、あなたはシルク様の客人ですから」



(この人も人の話を聞かないタイプか…!)



 そういえば、もう一人の話を聞かないネズミもこの地区に住んでいると聞いていたが、今のところ見かけていない。また森で遊んでいるのだろうか。



「シルク、ここにマーミットも──」



 来るのか?

 そう聞こうとした瞬間、背後から草木が揺れる音がした。



「えっ?」



 振り返った僕の視界に飛び込んできたのは、飛びかかってくる、全身に返り血を浴びたマーミットの姿だった。



(血…?!)



「『アリス』!!」

「マーモット!」



 思わず目を閉じてしまった。


 ガキィーン──


 金属同士が重なりあう不快な音とビヨンの声、使用人たちの悲鳴が響く。そっと目を開くと、ビヨンの持っているナイフが、マーモットのナイフを防いでいた。



「やめなさい!この方はシルク様の客人です!」

「ぼくのいない間に皆と一緒にお茶会なんて、悪い『アリス』だ!」



(人聞きが悪すぎる!)



 誘われたから参加しただけなのに、どうして怒られなければいけないのか。しかもナイフ沙汰になるなんて、どうかしているとしか思えない。



「はぁ…興醒めだな」



 シルクがため息をついて席を立った。



「シエラ、すまないがお茶会はここまでだ。もっとも君が、血まみれのネズミを見ながら美味しくお茶会を続けられるというのなら、無理に止めはしないが」

「遠慮しておくよ…」



 続けられるかどうかというより、命の危険を感じる。ビヨンには申し訳ないが、少しマーミットの相手をしておいてもらおう。

 彼らに見られないように、こっそりと貴族屋敷を後にした。

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