#4 ゲーム

「単純な話、『アリス』を取り合うゲームだ」



 先に口を開いたのはブラックだった。



「取り合うって、物みたいに…」

「言い方が気に入らねぇか?要するに、どの地区に『アリス』が住みたいと願い、宣言をするかを決めるんだ。勿論、帰るって選択肢もある。一定期間を過ぎた頃に宣言の時期が来て、そこでどうするかを『アリス』が宣言する。『アリス』に選ばれた地区には褒美が与えられる──簡単だろ?」



 やはり何となく、自分が賞品のように扱われていることが気にくわない。



(大体、帰らないって選択肢がある方がおかしいだろ!)



 今すぐにでも帰りたいと宣言したいが、話を聞く限り、一定期間この世界に留まらなければいけないらしい。夢の癖にそういうところは律儀だ。



「いきなり見知らぬ世界に連れて来られて、わけのわからない話をされて、あなたが困惑しているのはわかります。ですが、これを理解してもらうということは、あなたの命の安全を保証するということなんです」

「命のほしょ…?!ぼ、僕はどうしたいか決めるだけじゃ駄目なのか?」

「ゲームである限り、一定のルールがあるってことだよ。そうじゃねぇと、ゲームにならねぇからな」

「厳密には参加者ではない『アリス』に課せられるルールはないので、シエラはあまり気にしなくていいですよ。ただ、黒影シャドルタは見つけたら逃げてください」

「シャドルタ?」

「人や物を飲み込んでしまう闇の塊…ゲームの期間中に現れ、住人を次々と飲み込んでしまう自然現象──それが黒影シャドルタと呼ばれるものです」



 それは自然現象というより、怪奇現象の類ではないだろうか。



「そう珍しい話じゃねぇんだよ」



 僕の心の中を読んだかのように、ブラックは付け加えた。



「今までも『アリス』が飲み込まれて、ゲームが続行不可になったことは結構あるんだぜ?」

「の、飲み込まれたアリスってどうなるの?」

「聞きたいか?」

「遠慮しておくよ…」



 大体予想がつく。そんな得体の知れない謎の物体に飲み込まれて、無事でいられるとは思えない。



黒影シャドルタが出てきたら、あなたはとにかく逃げてください。あれは一ヶ所にしか現れませんし、動き自体はそれほど早くない。何も聞かず、何も見ず、すぐに逃げてください」

「わ、わかった」

「さっき名前を挙げた奴なら、黒影シャドルタを処理出来る。運良く近くにいれば、すぐに言え。他に被害が拡大するからな」



 このウサギたちも対処できるということか。ホワイトはともかく、ブラックなら街中で会うことも考えられる。



(頼んで無視されるなんてことはないよな…?)



 例え僕個人を助ける気がなかったとしても、ブラックの言う通り、好き好んで自分の地区で被害が拡大するのを放置することはないだろう。



「…これはルールではないので、強いるのは心苦しいのですが、あなたにお願いがあります」

「え、何?」

「私たち参加者の方には、多くのルールが課せられています。ルールはルールですし、少し破るくらいならという人もいますが、出来るだけあなたの方からも破らせないで欲しいのです」



(破らせるって、僕がルールを破れって言うってこと?)



 そんな非常識なことは、夢であってもするつもりはない。僕の言葉が原因で罰則を受けなければいけないとか、さすがに申し訳が立たない。



「いえ、あなたがルールを破れなんて言うと思っているわけではありません。参加者に課せられているルールの中に、『アリス』に説明できないものもありますので…」

「お前が疑問に思ったことに、こっちから答えられない場合もあるって話だ」

「なるほど…気を付けるよ」

「ゲームの期間中、あなたが過ごす場所も決めた方がいいですね。私たちの話だけでは不安でしょう。実際に見てきてはどうですか?」



 そういえば、貴族屋敷とカジノの話も聞いたが、そこに住んでいる人たちはどんな人なんだろうか。街並みはどんな感じなんだろうか。ここに来る時も歩いてきていないからか、話を聞いていると、他の地区の様子も気になってきた。



(いっそ夢なら、少しくらい楽しんでもいいよな



「ここっていうのは駄目なの?」



 ゲームの期間がどれ程かはわからないが、快適な生活が出来るところに住みたい。



「駄目じゃねぇよ。ここで過ごしたいって言うなら、客室くらい準備するぜ。むしろ陛下は喜ぶだろうな」

「ですが、一度他のところも見て回った後の方が、後悔はないかもしれません。ゲームは永遠と続くわけではないですが、それ程短いというわけでもないと思いますので」

「へぇ…わかった」



 そういえば、先程の説明に出てこなかった森のことを思い出した。説明されなかったということは、当たり前だが地区ではないということだろうか。



「ハートの城に来る前に森みたいなところにいたんだけど、あれってどこの地区なんだ?」

「森…と言いますと、迷いの森でしょうか」

「それしかねぇだろ。あれは地区じゃなくて、三つの地区の境界線になっているんだ。どこの地区にも属していないぜ」

「そうだったんだ…ヴィッセルとマーミットがいたから、てっきりどっちかの地区のものかと思ってたよ」

「あいつらはいつも仲がいい…って言うよりは、眠りネズミの方がチェシャ猫にべったりだからな」



 ブラックの言う通り、彼らの関係性はそういう風に見えた。



「違う地区でも、仲がいい人たちはいるんだな」

「険悪な奴らもいるけどな」



 険悪と言うほどでもなさそうだったが、このウサギたちとメディアを見ていると、同じ地区だから必ずしも仲がいいとは限らないということも、容易に推測が付く。



「ありがとう。君たちの言う通り、少し他の地区も見てくるよ」



 距離はどちらの地区も同じくらいだ。まずは、見慣れた雰囲気であろう、貴族屋敷の方から行ってみることにした。

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