俺は厄介事は嫌いだ!

衣花実樹夜

主人公、交代!

 俺は篠田夏輝。

 至って普通の高校生である。というのは嘘だ。嘘に決まってる。大体、こんな言い方をする主人公のほとんどが変な能力に覚醒したり、異世界に飛ばされたり、事件に巻き込まれたりするんだ。言わない方が平和な日常を送れそうな気さえする。

 ならば、先に自分の特殊性を語ってしまおう。俺がもっている能力は『操音』というものだ。音に関することならば基本でき、応用がきく能力だ。

 こんな能力を持っているおかげで、なぜか主人公という位置に立たされてしまっている。しかし、一つ話を聞いて貰おう。葉月夜空という人物の話を。

 こいつは子供のころ、一人の少女を助けている。確か名前は山村美里だったはず。山村はクラスでも飛び抜けて容姿が良く、彼女の入学当初は玉砕者が多発したほどだった。

 それで、暫くして、山村が誰かと付き合っているということが発覚した。そのときは同じクラスでつるんでいた葉月がそうだと知って本当に驚いた。まさかこいつがそんな、ってね。

 それで、話を聞いたらなんとまあ、主人公してるじゃないか。

 葉月が山村と出会ったのは小五の夏休みらしい。なんとまあ早いことで。言っちゃえば幼馴染と付き合ってる、みたいな感じなのだろう。さて、こいつらが出会ったのは、葉月が誘拐されそうになった少女を発見したところから始まる。

 まあその少女っていうのが山村美里その人なわけだが、結果から言ってしまうと葉月は山村を助けたのだ。しかぁし、その過程に大きな問題があった。

 山村を見つけた葉月はその状況を察して持ち前の正義感を活かして山村を助けようとした――わけではなく、見て見ぬふりをしてその脇を通り過ぎようとしたのだ。誘拐犯と目が合っていた葉月は当然のごとく捕まえられ、山村と同じ車に放り込まれた。

 さて、ここからが本番だ。なんと小五の葉月の奴、その日に限ってプラスチックカッタを忍ばせていやがった。それで自分たちを縛りつけてた縄を切って、そこから何をしたと思う?

 葉月の奴、何を血迷ったのか、運転してる誘拐犯の首筋にナイフを突き立てやがった。ばっかじゃねえのか、って思ったね。さすがに俺だったら小五になってまでそんなことはしねぇ。……たぶん、ナイフがあることも忘れてビビってるんだろうけどな、俺の場合は。

 まあ葉月と山村、そして誘拐犯が乗っていた車は案の定事故った。葉月は山村をかばって重傷を負い、山村は無傷だったそうだ。その事件があったおかげで山村があいつべったりになったんだと。

 ……はぁ。一つ叫ばしてくれ。

 こいつどんだけ主人公しやがるんだ!

 無気力系主人公かと思ったら、突然ヒステリックに人殺すし。

 いや、まだだ。葉月の主人公適性は、こんなもんじゃない。

 葉月の奴は厄介ごとを持ちこむ傾向があるんだ。この前だって、訳の分からねぇ黒ずくめの男たちが来て、何かと思えば山村を攫っていったって言うじゃねぇか。

 で、当然のように葉月は俺に助けを求めてきたわけ。似たようなことが何回もあれば俺ももう分かってるよ、そんなパターンは。だから仕方なくついて行ったさ。どうせ前回より敵が強いんだろうな、とか思いながらさ。

 そしたら、案の定一回目に突っ込んだときはボロボロにされたよ! ほれ見たことか、って言いたくなった。が、まあいい。いままでの流れで最後に俺がパワーアップして勝つんだと分かっていたからな。そう思ってた矢先、相手側の襲撃を受けて俺は全治一カ月の傷を追っちまった。そしたらあんのやろう! 一人でボロボロになりながら山村を救って帰ってきやがったじゃねぇか! ふざけんな! 俺がいる意味ねぇだろ!

 ってそう思って気付いた。これはついに、葉月が覚醒したのか、と。それで葉月に聞いたら、笑顔で否定しやがった! 自分でできることをやっただけ、とか言いやがった! それをするだけで敵を単騎壊滅できるなら誰も苦労しねぇんだよ! 不満の溜まってた俺はそれをそのまま言ってやった。あいつは不思議そうに首を傾げてたが。

 まあこれで、俺よりも葉月夜空の方が主人公にぴったりだって分かっただろう。

 そう思って葉月に先週、主人公を代わってくれって頼んだわけよ。そしたらあいつ、絶対に嫌だって言いだしやがった。

 こっちも主人公なんて面倒なポジション、好きでやってるわけじゃねぇって言ったら、自分は柄じゃねぇとか言いだす始末だ。

 だから一芝居打たせてもらった。俺がちょっと用事があって主人公ができないからって言って、あいつに繋ぎを頼んでおいた。

 そんなことをしてどうなるのかって? いま、どこかであいつが語り部をやっているはずだ。そのうちに、俺は主人公を降板させて貰う!

 ちなみにこの話を山村にしたら、喜んであいつの家から判子と証明書を持ってきてくれた。これで書類も問題なく書けるってもんだぜ。山村の奴は前から葉月が主人公になってほしいと思ってたらしいからな。

 さあ、やっと手続きをするところまで辿り着いた。探したんだぞ、ここ。主人公を俺に固定しようとする奴(ほぼ確実に葉月)が場所をわからないように誘導してたからな。山村に協力を要請しておいて本当に正解だった。

 書類を貰って、その内容に目を通す。一応全部ちゃんと確認しておかないとな。

 あれ? ここ主人公がまだ変更できるようになってるな。ダメだダメだ。葉月が最終代の主人公、と。よし、これでオーケー。

 書類にペンを走らせ、誤字脱字がないか確認する。

 判子を押して、身分証明書と共に受付へ。受付の女の人は、何の疑いもなく奥へと持って行った。

 よし、これが受理されれば、晴れて俺は自由の身だ。もう面倒な事件にかかわらなくて済む! これで平和な日常に戻れるんだ!

 これが終わった後は、そうだな、何をしようか。葉月と縁を切るのは当たり前にして、能力を生かせるような事をしよう。バンドとかどうだ? ありだな。きっとそうすれば、俺はいまよりもっと活躍できるはずだ。こんな話の主人公をしてるよりな!

 受付の女の人が戻ってきた。手に何も持っていないところを見ると、どうやら受理されたようだ。受付の人の「お疲れさまでした」という言葉が身に染みる。やった! やったぞ! 俺は、俺はやり遂げたんだ! これで平和に過ごせる!

 その手続きをするところから出たところで、見知った顔に出会った。確か、この世界の神様だったか。相変わらず図体は小さいが、態度はでかそうだ。前に葉月絡みの事件を解決してるときにあったことがあったっけな。

 神様は俺を見つけるなり、俺の腕を掴んだ。嫌な予感がした。

 やめろ! 俺はもう、主人公なんかやめたんだ!

 心からの叫びをそう口に出すと、神様はにっこりと笑って俺にあることを伝えた。

 それは俺にとって、死刑宣告のようなもので。

 俺は必死にもがくも、神様の力は強く、引き摺られてしまう。あれよあれよという間に先ほどの受付まで戻ってきてしまった。

 ……逃げなければ。

 そう思い、自身の能力を使って神様に向けて音の爆弾を向ける。しかし、それを全く意に介することもなく、神様はいつの間にか俺から取り上げていた判子と身分証明書を使って書類にサインしていた。

 その瞬間、俺は敗北を悟った。俺の運命は、変えられはしないのだと。俺はどうせ、主人公になってしまう運命なのだと。

 でもまあいい。とりあえず、葉月を主人公にするのには成功したのだから。当初の目的の本分は達成しているだろう。ふん、葉月の奴め、主人公の苦労を思い知りやがれ!

 そんなことを思っているうちに手続きが終わったのか、神様がこちらを見る。そして「がんばってー」と言いながら手を振ると、俺の視界が歪み始めた。

 神様はさっき、俺にこう言ったのだ。


「キミ、異世界で勇者をすることになったから。がんばってー」と。

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