地下4
数日歩き続けて2人ともやや足取りが重たくなっていた。地下鉄なのだから地下鉄に乗れば良いものだが、2人は歩き続けた。ひたすら降り、梯子があればそれを降りることもあった。
歩くことに意味があるのかと言われれば、そんなに意味があるようなものではない気がしてくる。
日向に言わせれば、「地下鉄がいかに大きなシステムであるかを実感できる」と帰ってくるだろう。
彼もそれがこじつけに過ぎない理屈であることは理解している。付き合わせれる平野はといえば自分の作ったものの数々を日向に自慢するのに余念がなかった。
2人はひたすら歩き、目撃した作業用ロボットがシステムの提示しているものを合致しているかを確かめたり、全体の稼働数を推定したりとそれなりに忙しく過ごした。食料は途中の地下都市で調達し(非公式調査なので自腹)、睡眠は無人の整備士詰所でとった。
そしてそんなある日のことだった。
第3層 地下1560m
「日向さん、今日は面白いものが見れそうですよ」
唐突に平沢が話しかけてきた。
「今日の調査予定範囲だと…、車両基地のことですか?」
平野に言われて思い出したが、実は日向も前々から車両基地視察は楽しみにしていた。地下に潜った当初は、委員会に伏せて行う調査ということで気張っていたが平野が技術の話になると意外にも明るい性格をしているのもあって今では職務をこなしつつも視察を楽しめるようになってきていた。
車両基地は壮観だった。
一つの地下都市ほどの大きさがあり、レールが縦横無尽の走っており整然と3次元に鉄道車両が並んでいる。
ロボットしかいないはずなのに作業灯があるのがコストの無駄ではないかと潜って以来職業柄考えてしまう日向ではあったが、その作業灯に助けられているのも確かなので黙ってはいた。そしてこの車両基地ではその作業灯が影と陽の見事なコントラストを生み出して観るものを圧倒する情景を作り出していた。
「本来なら、ここにある車両の数を数えたいがちょっと無理そうだな…」
視界全体を覆うレールと奥に端が見えないほど続いている奥行きを目の前にして日向は諦め気味な声を出した。
「写真を撮って後で分析しよう」
車両基地は時折、列車が動き出し闇の中に消えたり、互いの位置を変えたりしていた。
「どうやら、制御システムが車両のたりないところに車両を送ったり、特定の車両が酷使されないように調整しているらしいですよ。まあ、ここは直接携わったわけではないので詳しくはないですが」
車両基地を見たのは平沢も初めて出会ったのだろう。まだ衝撃から立ち直っていないふうに口を開いた。
「その仕組みについては私も聞いたことがありますよ。ただ…」
「ただ?」
日向は数秒かけて頭の中を驚きから仕事の内容へと切り替えた。
「システムが有能すぎるんです。有能すぎるのを悪いと言っているわけではない、ただここまで有能だと実際に消費しているエネルギーよりも少ないエネルギーで回せるはずなんです。それに車両数も多過ぎる」
一息に言った。今まで表に記された数字のみで感じていた違和感がここに来て増大していくように感じた。
「確かにいくらピーク時に備えていると言っても少し待機車両が多過ぎますね。名目上新規車両建造は委員会が指示していることになっていますが、実態は委員会に常任委員待遇で参加している地下鉄システム隷下のコンピュータが出した要求をそのまま通しているようです」
「一職員だと思っていたけど随分詳しいんですね」
反射的に口から出た言葉であったが言ってから高々一職員に追い払われようとしていた自分の立場に苦々しいものを感じた。これでも会計検査院の検査官だ、せめて常任委員が対応するのが筋であろう。
「西野さんの受け売りです」
「西野?あぁ、事務局長か」
「西野さんは委員会が地下鉄システムの傀儡とかしていることに危機感を覚えていました。委員会は地下鉄を監視する立場にありながら地下鉄を過信しているのです」
「どこも似たようなものなんですね」
日向は寂しげにトンネルの奥を眺めた。
「どういうことですか?」
「私の故郷も地下鉄やそれに付随したシステムを過信して考えることをやめてしまっていたんです。委員会はそうではないと思っていたんですがね…。でも、平沢さんや西野さんのように、ちゃんと考える人もいるということで良しとしましょう」
「光栄です」
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