地下2
調査行には作業用通路を使うことになった。
作業用通路は第一層から第二層までのものは建設用に人が通るために作られたもの、それ以降は地下鉄の整備システム隷下のロボット用の通路になっている。
清潔感があり、全体的に明るい雰囲気の地下鉄ホームと比べて、暗くジメジメした道であったが、平田は先程よりイキイキとした様子で前を歩いていた。
「私は若い頃、IoTに関する仕事をしていたんですよ。ご存知ですか?IoT、今では当たり前すぎて聞かなくなって久しいですけど」
「知っていますよ、と言っても歴史の授業でしたけど」
地下鉄ができた物語が人々から忘れられて、語り継がれなくなるのには、たいして時間がかからなかった。
しばらくは学校で教えていたが、管理委員会が「各教師の自由意志に委ねる」という布告を発して以来急速に教える教師は減った。
教えたがらない理由は理解できないでもない。地下鉄の歴史を教えることは必然的にあの悲劇を語らなければいけない。
2人ともあの悲劇を思い出したのか、それからは静かに黙々と歩いた。と言っても本当に悲劇を知っているのは平野の方だけで日向は歴史の授業で習ったにすぎない。それでもこの場で何も言えないくらいにはその出来事は衝撃的だった。
数メートル間隔で設置された作業灯が照らす薄暗いトンネルを進んで数時間が経った頃、平沢がおもむろに口を開いた。
「この辺からがいわゆる、『地下1層』です」
「初期に建設された層で、唯一人間が中に入って工事を行った層だと学校では習いました」
「合っていますよ。私もその中に入った人間の1人です。現在の一層がどうなっているか知っていますか?」
「記録では老朽化に伴って一旦破棄されたものの、2層以上の空洞都市の設備維持税に苦しんだ人々が戻りスラム化しています」
「よく宿題をやってきているようですね。良い仕事は下層にしかない、下層に行くほど税金は高い。富める者はさらに富んでいき、持たざる者はいつまでたっても持たざる者なんです」
薄暗いトンネルの先に明るい空間が見えた。
「あそこが、一層空洞都市。第三横浜です」
スラム街のホームに足を踏み入れた日向は息を飲んだ。ホームの端の通路が合ったであろう場所には、重々しい鉄格子が二重で嵌っていた。その奥では、ボロを纏った老人が日向と平沢を見つめていた。その目はただ物を見るという機能だけを宿しており、好奇心などの感情は一切読めない目だった。
「あの鉄格子、二重ですよね」
平沢は老人の異様な目を見ても特に動揺することなく、日向に話しかけた。
「ええ、なんで二重になっているんですか?そもそもなんで鉄格子なんて」
日向は老人の目に動揺していた。
「まず、二重になっているのは奥の鉄格子は政府が設置して、手前の鉄格子は委員会が設置したからです。夜のうちにこっそりね」
「そもそもなんで鉄格子が必要なんですか?」
「あの都市はすでに閉鎖されているんです。お分かりですよね」
「存在しない人々ということですか?」
「ええ、地下鉄システムが抱える闇です。先を急ぎましょう」
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