委員会3 (改訂版)

地下鉄管理委員会事務所 第14会議室


日向が事務所に来たのは、5年ぶりのことだった。5年前は当時の上司に随伴していた、その上司の立場に今の自分がいるのだと思い何か熱いくなるような気がした。

 当時も思ったが、こうやって外を見ると上には澄み切った空があり、地面は木々と、開けた場所に敷き詰められた太陽光発電用のパネルがある。とても、委員会が主張するような大気汚染が存在するとは思えない。


日向の対応を行ったのは、地下鉄管理委員会事務局調査担当秘書官を名乗る、50中ほどの男だった。男は平沢と名乗った。

 


 「こんないい加減な報告書を鵜呑みにすることは致しかねます、これが委員会の公式見解です」

眉間のしわを深くしながら平沢は言い放った。

「失礼ですが、この調査は会計検査院設置法に基づいて行われた正当な調査結果です。重ねて申し上げた通り、地下鉄システムは必要量を上回るエネルギーを消費しています」

 「あなたが職務に対して誠実なのは結構ですが、委員会といたしましては、あなたの調査結果は間違っていると考えています」

 日向の目が細められた。

 「理由をうかがってもよろしいですか?私はこの調査の結果に自信を持っています」

 「調査資料を見るに、あなたはこの調査を旧式の二進法スーパーコンピュータを用いて行ったそうですね」

 「ええ、使いました」

 「なぜ、地下鉄システムの提供する安価で強力な量子コンピューターを使用しなかったのですか?」

 日向はこれ見よがしにため息を吐いた。

 「報告書に書いた通り、地下鉄システムの量子コンピューターを使用した際の結果と、検査院の保有する二進法コンピューターを用いた結果で大きな食い違いが生じているのです。報告書では地下鉄システムの量子コンピューターに対する調査も要望として書いたと思いますが」

 「確かに、ありましたね。委員会としましては、検査院のコンピューターが耐用年数を過ぎていると結論付けました」

 日向は目の前の緑茶を飲み干した。緑茶のにおいを付けた緑色のお湯だった。

 「以前から気になっていたのですが、量子コンピューターの出す結論は有意水準が低すぎるんです。異様なほどに」

 「あなたは、地下鉄システムの量子コンピューターに何者かが介入しているとおっしゃりたいのですか?」

 「そう考えるのが自然です」

 「あり得ません。話はこれで以上でしょうか?」

 平沢が立ち上がろうというところを日向は止めた。

 「委員会としては、私の調査結果に基づく立ち入り調査を行う意思はないのですね?」

 「ええ、まあ」

 「それは、追加の予算を組むほどの事案ではないとの認識からでしょうか?」

 「まあ、間違った調査結果をもとに予算を編成するほど委員会も暇ではありませんから」

 「委員会として、この問題に関与する意思はないと?」 

 「もちろんそうなります」

 「旧式機器に頼る私の言うことなど取るになりないと?」

 「そこまで言うつもりはありませんが、そういうことになるでしょう」

 日向は笑みを浮かべながらとどめを刺した。

 「ならば、私が会計検査官としての調査協力要請権を行使して行う調査を黙認していただけますね?」

 「確かに、そう・・・なりますか?」

 「あなた個人で判断できないのであれば、上層部に掛け合っていただけますか?」

 今の日向は完全な笑みを浮かべていた。平沢は窮鼠にかまれた猫のような顔だった。

 「あなた、そこまでして地下の調査を行いたいですか?」

 「お願いできますか?」

 「わかりました」

 平沢は折れた。


 20分後、平沢は30歳ほどの姿勢のいい男を連れて戻ってきた。白い歯を見せびらかすように微笑み、その眼には強い意志が宿っているように見えた。

 「話は平沢から聞きましたよ、日向さん」

 「失礼ですがあなたは?」

 日向は男を知らなかった。「少なくとも、常任委員ではないな」と口内で呟きながら尋ねた。

 「これは失礼、私は委員会事務局長の西野と申します」

  事務局は、委員会の議事整理、その他通常業務をつかさどる委員会最大の組織である。

 「委員会としては、あなたの調査は許可できないということになるでしょう」

 「しかし、私には会計検査院検査官として、検査を求める権限があります」

 日向は剥きになっていた。

 「ええ、求められて却下するでしょう。ところで、あなたはどうして、そんなに調査にこだわるのですか?あなたの調査で指摘されたエネルギーの量なんて全体から見たら微々たる量じゃないですか?」

 西野の表情は入室した時から一切変化していない。その眼には強い意志を宿したままだった。

 「全体から見たら微々たる量かもしれない、でも、その微々たる量で複数の都市のエネルギーが賄えるのです。お願いします、調査を許可してください」

 日向は頭を下げた。

 「協力しましょう」

 「許可していただけるのですか?」

 「私の権限では、調査の許可を出すことはできません。しかし委員会に調査がばれないように計らうことならできます」

 日向はまじまじと西野の顔を見つめた。

 「どういう意味ですか?」

 「我々事務局といたしましても、地下鉄で何かしらのトラブルが起きていないかの確認をしたいと思っていたところでして。なんせ3層より下は人間による査察が行われたことがないんです」

 「そんなの、秘密にして行う必要なんてないじゃないですか」

 日向は自分の目的も忘れて聞き返していた。

 「ここで、地下鉄を疑うようなことを言え、良くても異端視されて地下のどこかへ出向させられてしまいますよ。悪ければ反逆罪ですかね」

 「ともかく、私の調査を黙認してくださるんですね?」

 西野はにこやかにほほ笑んだ。

 「念のため、この平沢をつけましょう。委員会にバレないように気を付けてもらう必要もありますし、平沢は初期の地下鉄建造にも携わった技術者でもあるので何かと役に立つでしょう」

 日向はしばらく考えてから口を開いた。

 「監視付きかつそちらの目的に沿う行動をするならば、調査してもよいということですね」

 「監視だなんて、人聞きが悪いですね。ほかに何か要求があればおっしゃってください」

 西野は終始笑顔を絶やさなかった。

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