【最終話後】久しぶりの再会、あるいは彼の密かな胸の内



「ちょっと見ない間に、ずいぶんと部屋の趣味が変わったみたいですねぇ、嬢さん」

「……ちょっと見ない間に、少しはマシな性格になったんじゃないかと思ってたのだけど、その期待は裏切られたみたいね、エッド?」



 「開口一番が遠回しな皮肉だなんて、むしろ悪化したんじゃないの?」とまで言ってくる『嬢さん』――エリシュカ・アーデルハイドという名の契約主に「そっちの性格も相変わらずみたいで安心というかなんというか」と、エッドはにこやかな(これもエリシュカに言わせれば薄っぺらくて胡散臭い、となるだろう)笑みで返した。

 この程度のやりとりは日常茶飯事だ。……『だった』、と表すのがより正しい。『国の贄』の仕組みを壊すことができると確定した時点で契約は終了している。仕組みを壊すのにエリシュカの存在は必須ではないため、彼女と顔を合わせる機会もそう無かった。

 とはいえ、『国の贄』として選ばれた人間である以上、エリシュカに何か影響が起こらないとは断言できない。なので時折、遠見の魔術で様子を見てはいた。

 魔術的な手間はさして変わらないのに直接会いに行かなかったのは、さっさと『国の贄』云々のしがらみから解放されて、普通の、何でもない日常を過ごせばいい、と思っていたからだ。


 そんなわけで、久しぶりの顔合わせだったわけだが、感傷やら感動やらはあるはずもなく。思わず口をついて出たのは様変わりしたエリシュカの部屋についてで――その言及について皮肉めいて取られてしまったのは、普段の行い半分、エリシュカ自身の気恥ずかしさ(のようなもの)によるもの半分、といったところだろうか。


 花、花、花。

 部屋のいたるところに色とりどりの花が飾ってある。エッドの記憶するエリシュカの部屋は、良家の子女の部屋にしては殺風景というか、必要最低限の物しかないというか、つまりは年頃の淑女の部屋とは思えない無味乾燥さだったので、それだけで劇的な変わりようである。

 見たところ飾られている花の種類に統一性はないが、派手なものは避けている印象を受けた。贈った当人と、贈られた当人のことを考えれば、確かに派手なものは選ばないだろう、と納得する。

 そう、エリシュカの部屋を印象をがらりと変えた原因の花々は、贈り物である。――彼女の元婚約者、レーナクロード・シルヴェストルからの。

 ご丁寧に保存の魔術までかけてある花を贈っているらしく、どの花も生き生きと咲いている。だからこそ、こんなふうに部屋を侵食する、と言っても過言ではない域まで来てしまったのだろうが。



「いやぁ、ここまでくると壮観ですねぇ。……嫌味じゃないですよ?」



 付け加えた一言に、エリシュカはじろりとエッドをねめつけたが、本当に嫌味ではないことを察したのだろう。何も言わず、溜息をついた。



「溜息なんて、異性に花を贈られた、年頃のオンナノコの反応じゃあなくないですか?」


「わかって言ってるんでしょう。――そういうのじゃ、ないのよ、これは」



 もちろんわかって言っている。

 よくある異性間の好意を表す手段としての贈り物――傍から見ればそれそのものでしかないのに、エリシュカとレーナクロードの間のこれはそうではない。

 比率としては、『謝罪』が一番だろうか。その次に『繋がりを途絶えさせたくない』という気持ち。そしてほんの少しの『下心』――と表してしまうと意地が悪いだろう。それこそ『好意』か。



(……甘酸っぱいことで)



 それこそ背中がかゆくなるような、純も純、今時珍しいくらいの純朴な恋――になるはずだったもの。それはエリシュカが『国の贄』に選ばれたことでどこか歪み、純粋な恋や愛とは少し違うものになってしまったようだけれど。


 これらを受け取る側のエリシュカの気持ちはと言えば、『戸惑い』『困惑』あたりが上位だろう。『呆れ』もありそうだ。底の底にしまわれた『好意』にも気付いてしまっているからこそ、どう向き合うべきか迷っているのだろう。


 エリシュカは、レーナクロードとの間には情しかなかったと言った。婚約関係にあっても、愛にも恋にもならなかったと。

 それはたぶん、エリシュカの側からしたら真実だったし、レーナクロードの側からしたら少し違ってしまったというだけのことだ。そのすれ違いが、ひっそりと収束したとはいえ、<異世界人を召喚して『国の贄』を肩代わりさせる>なんて一騒動を起こしたわけだが、それは置いておいて。


 騒動を通して、レーナクロードが自分に向ける感情を、前よりは正しく知っただろうエリシュカが、今、そのことについてどう思っているのか、エッドが知るところではない。


 順当にくっついちまえばいいのに、と思う気持ちもあるし、レーナクロードほど重くどこか歪んだものでなくても、エリシュカに好意を持っているらしき人間は何人かいるから、そっちを選んで幸せになってもいいだろうに、とも思う。アシュフォード・ルノーはあまねく女性に好意を向けるので、その中でどれだけエリシュカが『特別』であるかが問題にはなるかもしれないし、スヴェン・エルニル・ロードは才能の代わりに他者への感情の示し方がいまいち普通でない感じなのでおススメはしないが。


 レーナクロードは思い込みやら真面目過ぎる心根やら罪悪感やらで、まともなアプローチができるまで(贈り物攻勢はそういう意味のアプローチではないので数に数えない)に相当時間がかかりそうなので、何かきっかけがないと、エリシュカがふつうに、まっとうに幸せになるまで先は長そうだ。


 もう遠い昔、すり切れた記憶の中の妹は、想い合う相手がいたのに、『国の贄』になってしまったのだった気がする。苦労させた分幸せになってほしかったのに、その目前で絶たれたことに嘆いた気がする。……もう、その頃抱いた感情さえぼんやりとしているけれど、エリシュカにことさら幸せになってほしいと感じるのは、たぶんそういうことなのだろう。


 エリシュカはエリシュカで、『国の贄』に選ばれ、それを飲み込んだ時点で多くを諦めて生きてきたようだった。『国の贄』として死なずに済むと確定したからといって、すぐ切り替えて人生を楽しめるような人間だったら、騒動の形だってまた違っていただろう。だから、エリシュカから幸せを求めて行動を起こすかと言ったら、少なくとも今は見込みがなさそうだ。

 しかし花の命は短いと言うし、というか今までを『国の贄』に縛られて生きてきたのだから、さっさと解放されて人生を楽しんでもらいたい。それはエッドの自分勝手な――かつて妹に願って、どうにかして与えたくて、そして叶わなかった願いではあるけれど。



(さて、そのために俺が嘴を突っ込むのは、どうですかねぇ)



 馬に蹴られるための余計なお世話をすべきかどうか。それを決めてしまうには、まだまだ情報が足りない。



(俺が嬢さんをさらって幸せにできるんならそうしてもよかったんですけど)



 そんな本音は、誰に届かせるつもりもないので胸の奥に沈めた。

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