第16話 当事者への説明は当然必要ですので。




『異世界の少女』の数歩前で足を止め、レーナクロードは口を開いた。



「……葉月ハヅキ



(ああ、『異世界の少女』は、ハヅキと言うのね)



 レーナクロードの呼びかけで、ようやく『異世界の少女』の名前を知ったエリシュカに、背後から近付いてきたエッドが耳打ちしてくる。



「あ、『異世界の少女』の名前は、『村瀬ムラセ葉月ハヅキ』です。こちら風に言うなら『ハヅキ・ムラセ』ですね。出回っている『異世界の本』の一部と同様、家名が先にくるみたいです」



 嫌味なくらいに出来た『道具』よね、とエリシュカはしみじみ思った。知りたいことを知ることができたので感謝はあるが。



「先程のやりとりを聞いていたなら、ある程度、事情はわかったのではないかと思うが――」



 そうしてレーナクロードが『異世界の少女』――葉月に、彼女を巻き込んで為そうとしていた計画について話すのを、エリシュカはただじっと聞いていた。

 そのうち、ところどころでレーナクロードが葉月の名を呼ぶたびに、発音に気を遣っていることに気づく。レーナクロードらしい、と心の中で独り言ちた。


 『異世界の少女』の名前は、こちらの人間には正確な発音が難しいようだが、レーナクロードはそれを仕方ないでは済まさなかったのだろう。

 誠意を尽くした、というとまるでレーナクロードが善い人のようだが、やろうとしたことは最低最悪ゲス野郎も真っ青なのでまったくそんなことはない。



「……謝って許される所業ではないと、わかっている。君には私を断罪する権利がある。この場で死んで詫びろと言われても致し方ないと――」



 エリシュカ同様、葉月はレーナクロードの話を真剣な眼差しでじっと聞いていたが、そこで不意に、レーナクロードを手で制した。


 彼女の挙動を見逃すまいと真摯に彼女に視線を向けていたレーナクロードは即座に口を噤む。

 そうして反応を待つレーナクロードを見据えて、葉月は口を開いた。



「事情は大体わかりました。で、その上で言いますけど、そんな重い謝罪は要りません。絶対に、要りません。わたしのせいで人が死んだとかちょっと嫌すぎるので絶対にしないでください。これフリじゃないですからね? 馬鹿真面目なレーナクロードさんがやりかねないから言ってるんですからね? 死んで償うとかそんな責任の取り方はまっっっったく求めていませんので、そこはまず頭に刻み込んでおいてください」



 一息にそう言った。


 背後でエッドが笑いを噛み殺す気配を感じたので、とりあえずエリシュカは足を踏んでおいた。

 気持ちはわかるが、真面目な場なので空気を読んでもらいたい。


 けれど、そうして怒涛のように葉月が語り出した事実に――流石にエリシュカも驚いた。



「そもそもですね、おかしいなーとは思っていました。だってレーナクロードさん、すごく頑張ってそれっぽくしてくれてましたけど、わたしに恋だとか愛だとか抱いてる感じじゃなかったですし。どっちかっていうと罪悪感? それくらいあれだけ見つめ合ってればわかりますよ、恋に恋して夢見てない限り。まぁ眼福ではありましたけど。周りがなんかわたしとレーナクロードさんが相思相愛だとかで盛り上がってるのも、まぁこの世界なんか異世界トリップもの大好きみたいだから納得してました。事実とは違うけど噂なんて無責任なものですし?」



 ため息交じりに肩をすくめて、飄々と葉月は続ける。



「だから逆に気になったんですよね、わたしに何をしてほしいのか。よくある巫女だの聖女だの特別なお役目が言い渡されるでもなく、でもやたらと親切にしてくれる理由は一応聞きましたけど、それだけだとレーナクロードさんの言動の理由がわからなかったので。そもそもレーナクロードさんがスヴェンさんに頼んだ魔術でわたしが『引き寄せられた』から責任を感じて――っていうのもまるきり信じるには情報足りなさすぎでしたし。そうこうしてたらノアがレーナクロードさんたちをあんまり信用するななんて意味ありげなこと言い始めるし。それで様子見してたらこういうオチかーって感じですよ」



 「そういうオチかー」で済まされる内容だったかしら、と思わずエリシュカは遠い目になった。

 レーナクロードなんて怒涛の真相告白に目を白黒させて絶句している。流石にスヴェンも目を見開いていた。ノアールはなんだか所在なさげだった。


 エッドはもう声もなく爆笑しているので放置だ。



「まー、わたしにも落ち度はあると思うんですよ。っていうか明らかに怪しげな魔法陣に興味本位で触ったのでぶっちゃけ自己責任ですよね、うん。好奇心は猫を殺すっていうけど、わたしは自分が死ぬかもだったわけですよねつまり。結局死ななかったんで結果オーライかなって思うんで、責任追及とかする気ないです。異世界ホストクラブに来たくらいの経験で終わりそうなんでいいかなって思います」



 そこで一旦言葉を止めて、葉月はエリシュカに視線を向けた。



「で、ええと。エリシュカさん、でしたっけ?」


「――名乗らずにごめんなさいね。エリシュカ・アーデルハイドよ」


「村瀬葉月……えーと、こっち風だとハヅキ・ムラセです」


「ハヅキ、ハヅキ……葉月、さんね。私からも謝らせてちょうだい。巻き込んでしまって本当にごめんなさい。今は『元』とはいえ、婚約者だったレナクに馬鹿な行いをさせたのには、私にも責があるわ」



 慎重に名前を音に乗せて、なんとか正しい発音に寄せる。レーナクロードではないが、それくらいは礼儀だと思ったからだ。

 そうして続けた謝罪は、これまでの葉月の言を鑑みればただの自己満足にしかならないだろうが、それでも口にしておきたかった。けじめのようなものだ。


 葉月はエリシュカの言葉にぱちりと目を瞬いて、それから破顔した。



「エリシュカさんは、レーナクロードさんと似てますね」


「……?」


「名前、ちゃんと呼ぼうとしてくれたので。幼馴染だからですかね? レーナクロードさんと似たような思考をしてて、誠実なひとなんだなって思いました」


「そんな、いいものではないわ」


「まぁ、わたしはそう思ったってことで。……エリシュカさんが謝る必要はないですよ。だって聞いてたら、レーナクロードさんがエリシュカさんの考えとか知らずに勝手に行動起こした結果なんでしょう? だったらエリシュカさんもある意味巻き込まれた側じゃないですか。だから謝らないでください」



 そう言って笑う葉月に、エリシュカは何とも言い知れぬ気持になる。



「貴方は……とても、お人好しなのね。何の責も縁もゆかりもない、この異世界で殺されそうになったに等しいのに、そんなことが言えるなんて」



 精一杯言葉を選んだが、多少の呆れに近い気持ちが滲んでしまったのは致し方ないだろう。あまりにも――あまりにも、葉月は許容しすぎているようにエリシュカには映った。



「……んー。自分ではそういうふうには思わないんですけど。多分、育った環境の違いじゃないですかね。この世界、わたしの育った所より、結構危険なことが多いんだと思うんです。逆に言えば、わたしの世界はすごく平和なんです。平和ボケしてるって言われたりします。だから、実感がないのかも。別に、刃物で刺されそうになったとかでもないですし、死ぬ一歩手前まで行ったとかでもないですし、ただすっごく大きな木に触って、なんかよくわかんない空間に行ったのが、『国の贄』とやらになる『儀式』だっていうのはわかりましたけど、それで身の危険を感じたわけでもないですし」



 確かに『儀式』そのもので身の危険を感じることがなかったのはエリシュカにも理解できる。場所は違えど同じ『儀式』を体験したのだから。

 それでもやはり、葉月はレーナクロードたちの所業をあまりに簡単に許しすぎているとは思うが。



「……そう。貴方がそう言うのなら、私はこれ以上何も言わないけれど――レナクたちの件については、貴方は彼らを責めてもいい立場だと思うのだけど」


「それこそ、さっき言ったでしょう? この世界に来たのは自己責任ですし、結局何もなく終わるならちょっと変わった体験ができただけってことになりますし。それに人を責めるのとかって疲れるじゃないですか。わたしそういうの苦手なんです」



 あまりにもあっけからんと言われるものだから、エリシュカもそれ以上言い連ねる言葉が見つからなかった。


 結局、葉月がそれで納得するなら、責任追及を無理強いするのも違うだろうと結論して、「……そうなの」と無難に返したのだった。


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