第10話 情報の共有は大事なことですので。



「まー、端的に言うとですね。アレ、やっぱり魔術です」



 エッドが解析した結果の共有も必要だということで、野外ではないところで一旦腰を落ち着けることになり、エリシュカは魔術によってエッドの住処の一つに案内された。

 そして温かい飲み物を出されほっと一息吐いたところで切り出されたのが、冒頭の台詞である。



「アレって、『儀式』のことよね。前からその可能性は口にしてたけれど、確信が持てたの?」



 エリシュカと出会う前から『国の贄』に関する事柄を調べていたエッドは、度々その可能性を挙げていたので驚きはしないが、一度『儀式』の場に居合わせた――とはいえあの不思議な空間にエッドはいなかったが――だけでわかるものなのかと首を傾げる。



「そりゃーもうものすっごく入り組んでめんどくさくて難解で構成した奴の頭を疑う代物でしたけど、基本は外してなかったんで、なんとか。というか多分、あれが昔の『魔術』であって、後の――俺とかが使ってるのはそれを万人向けにしたものなんでしょう」


「貴方を万人に数えていいかどうかはこの際置いておくけれど、じゃあ、あれの術者は――」


「ま、十中八九、初代王かその周囲かでしょうねぇ。術者が死んでなお残る魔術ってのが皆無じゃないのは知ってますが、多分あれはもう呪術に近いですよ。命の一つや二つ使ってそうな感じでしたし」



 呪術。魔術とは違う、今はもう廃れた不可思議の術のことである。



「……貴方、呪術にも精通してるんだったわよね」


「俺の時代にはまだ廃れてなかったんでね。呪術は効率悪いので習得する奴は少なかったですけど」


「魔術と呪術ってどこで区別するのかしら」



 問いを向けると、エッドは少し考え込んで、それから口を開いた。

 大方、呪術にも魔術にも精通していないエリシュカに、どう説明すればわかり易いか考えたのだろう。そういうところは気を遣うのにどうして普段はああなのかしら、とエリシュカは心中で溜息を吐く。



「扱う力の差っていうか、何を核として構成するかっていうか、まぁその辺です」


「確か、呪術の方が少ない力で大きな成果を得られるのよね。それなのに効率が悪いってどういうこと? 扱いを少しでも間違えると『捻じ曲がる』とは前に聞いたけれど」


「そうですね、魔術に比べれば、何につけても強力ですよ。でも『捻じ曲がる』と大抵術者に害が及びますし、というか死にますし。扱いの難しさと危険性の高さから効率悪いってことになってたわけで」



 軽い口調で語られたが、それはあまり軽く言う内容ではないんじゃないかしら、とエリシュカは思った。まぁ、エッドなので仕方ないと割り切る。



「……そんな危ないものがある程度普及してたってどうなの」


「一応初代王様の使ってたものの系譜ですしねぇ。後世に残そうと思ったのも自然っちゃあ自然なんじゃないですか。ま、ちょっと自分が強いんだと勘違いして調子に乗って反乱分子になっちゃう奴が多かったんで、後々に規制されて弾圧されて、結果廃れたんですけど」



 またもさらっと語られたが、なかなかに重い話である。

 長年生きてきた人間というのは、何事につけても常人と感覚が離れてしまうものなのか、と一瞬考えたが、恐らくエッドの生来の資質のような気もする。


 とりあえず呪術に関しては本筋ではないので、エリシュカは深くは考えないことにした。



「それで、――どうにかなりそうなのかしら」



 大事なのは、その一点だけだった。エッドと知り合い、利害の一致から手を組んだ瞬間からそれは変わらない。


 エリシュカの問いに、エッドはにやりと――大変性格の悪そうな笑みを浮かべる。



「愚問ですよ、嬢さん。俺を誰だと思ってるんですか」


「ちゃらんぽらんで笑顔で嘘をつけて誰も信用しないしできない、たった一つの目的のために何百年も生きてきた何でも屋、かしら」


「……間違ってはないですけど嬢さんハッキリ言いすぎですよ。あと『何でも屋』よりは魔術師とか呪術師とかって言って欲しかったですねぇ。気付いたらそう呼ばれてただけなんで」


「注文が多いわね」


「『何でも』できるわけじゃあないので。……じゃなきゃ、こんな長生きしてませんよ」


「それは、そうね」



 エリシュカはエッドの事情の全てを知るわけではない。何故彼がエリシュカに協力してくれるか、その理由を知っているだけだ。

 たった一つの目的――ただ一人の肉親を喪う原因となった、『国の贄』という仕組みを根絶するためだけに生きてきたことを知っているだけだ。



「私がその――『儀式』で体感したことは、貴方も把握してるのよね?」


「嬢さんに常時かけてる魔術が阻害されなかったんで、ある程度は」



 エッドがエリシュカに常時かけている魔術というのは、エリシュカの異常を察知するために組まれた魔術で、任意、或いは一定の状況下である程度の感覚共有――主に五感に関わるもの――を為すものである。

 常時発動型のものではないので、様々な意味でエリシュカの尊厳は守られている。……でなければ流石に許可しない。



「じゃあ、私の方の情報共有は必要ないわね。……『国の贄』が重複していることになっているのは、何か不都合に繋がらないのかしら。私ではなく、『異世界の少女』の方に」


「それは大丈夫でしょう。あちらはあくまで嬢さんの『代わり』ですからね。解析した限り、それであっちに不都合が起こることはないでしょう。優先順位は嬢さんにありますんで」


「そう、それならいいわ。――それで、これからのことだけど」


「あー、それのことなんですけどね、嬢さん」


「……? 何かレナクたちに動きがあったの?」


「当たらずとも遠からず、というかまぁ大体当たりです。――すっごいあからさまに、誘ってきてる奴がいましてね」



 そうしてエッドから告げられた人物に、エリシュカは少しだけ驚き、けれど納得したのだった。

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