第11話 声なき誘いに乗りまして。



 そうしてまたもエッドの魔術によって移動し、降り立ったのは、エッド曰く、西にある『儀式』の場――と表すのが正しいのかはわからないけれど、その近くだということだった。



「――来ると思っていた」


「来るように仕向けた、の間違いじゃないのかしら。――スヴェン・エルニル・ロード二位魔術師さま?」


 そこでエリシュカたちを静かに佇み待っていたのは、闇に沈む黒色の髪に、星の瞬く夜空のような瞳を持つ、浮世離れした雰囲気を纏った青年だった。


 降り立った瞬間に向けられた第一声に、皮肉で返す。

 二度目の移動なので、魔術の感覚が掴めていてよかったとエリシュカは思う。強気なことを言いながら目を瞑っているのはかなり体裁が悪い。というかとても格好がつかない。



「エリシュカ・アーデルハイド、レーナクロードの婚約者」


「私はもうレナクの婚約者ではないわ」


「だが、レーナクロードは君を慕っている。今も」


「…………」



 目が覚めて、エッドからレーナクロードの動向を――エリシュカに魔術をかけ眠らせ、その間にエリシュカに運命づけられた『国の贄』という役割を『異世界の少女』に肩代わりさせようとしていると推測した瞬間から、わかっていなかったとは言わない。

 けれど、他者に断言されるのは、思っていた以上に衝撃だった。



「……それについては、今は論議するつもりはないわ。貴方も、そんなことを話したくて、私が――私とエッドが、ここに来るように仕向けたのではないでしょう」


「それは肯定する。だが、……いや、後にしよう。そちらの、エッドと呼んだか――彼が『初代王の再来』か?」


「…………エッド、貴方、そんな通り名があったの?」



 何やら後回しにされた話も気になるには気になるが、『初代王の再来』などというご大層な呼び名がエッドにあったらしいことへの疑問が先立った。



「さぁてね。そんな呼ばれ方もしたことがあったかもしれませんし、ないかもしれません」


「どっちなの」


「できればなかったことにしたい感じですかね。買いかぶりもいいところで好きじゃないんで」


「つまり、あったのね。……知らなかったわ」



 エッドというのが偽名、というか仮名であることは知っていたが、そういえばエッドに纏わる噂についてエリシュカは詳しくないのだ。

 まさしくその名の通りの『何でも屋』が存在するらしいという、雲を掴むような噂だけでエッドを探そうとしたくらいである。結局、エッドの方から接触してきたので、それ以上の情報を得る機会も理由もなかった。


 ちなみに『エッド』という名前は、「名前は長生きの代償にくした」などと言うので、呼びかけるのに不便だと告げたら、エリシュカの姓名の最初と最後をもじって、じゃあこれで、と言われたのだ。なんとも適当な話だが、残念ながら事実である。



「話を続けていいだろうか」



 つい横道にそれたエリシュカとエッドの会話に、発端となってしまった形のスヴェンが割り込む。

 この人、この場面で続けていいかなんて訊くような人だったのね、とエリシュカは多少スヴェンの印象を改めた。もっと我が道を行く系統だと思っていたのだが、違ったらしい。



「話を促した私が、横道にそれさせてしまってごめんなさい。……ええと、それで、結局貴方はなんで、私たちをここに誘い込んだのかしら」


「ひとつは、『初代王の再来』への興味。古に失われた数多の術を会得し、現代魔術の最高峰を軽々と超える、そういう魔術を使うという、不老不死の『初代王の再来』を見てみたかった」


「……エッド、貴方、不老不死じゃあなかったわよね?」



 なんだか先程の繰り返しのようだと思いながら、エッドを振り仰ぎ訊ねると、肩をすくめて否定される。



「ええ、違いますね。期間限定で死なないふうになってるだけです」


「不老……はどうなの? 貴方、見た目はそれだけど、実際は相応に老いてるの?」


「相応に老いてちゃあ、俺は今頃白骨化してますよ、嬢さん。詳しい説明は面倒なので省きますが、名前と同じで俺の時は喪われてるんですよ。だから逆に、どんな姿にでもなれる」


「ふぅん、そうだったの」


「どうでもよさそうですねぇ、嬢さん。あっちの二位魔術師サンは興味津々ってぇ目をしてますが」



 言われてスヴェンに視線を戻すが、エリシュカの知る限りでの常である無表情と変わらないように見えた。観察力が足りないというか、人生経験の差が原因かもしれない、と思いつつ、エリシュカは当たり障りない言葉を紡ぐ。



「とりあえず、会えてよかった……わね?」



 疑問形になってしまうのも仕方ないだろう。ただ会いたかっただけなのかそうでないのかはともかく、エリシュカには他に向けられる言葉が思いつかなかった。


 気を取り直して、エリシュカは話を続ける。



「ひとつは、って言ったからには、他にも理由があるのよね?」


「肯定だ。もうひとつは、君の在り様に興味があったからだ。エリシュカ・アーデルハイド」



 いまいち真意の掴めない答えに、エリシュカはやや考えた末に問いを重ねた。



「……それは、どういう意味で、かしら?」


「君は己の死という運命を、泣くことも喚くこともなく受け入れたと聞いていた。それが、果たして本当に君の意思なのか、それとも『国の贄』として選ばれたからそうなったのか、気になった」


「それで、私とこうして接触して、何かわかった?」


「いいや。『初代王の再来』は君に随分と過保護らしい。用意していた術は全て破棄された」



 言われ、目線だけでエッドを見遣る。エッドは口の片端だけを上げる性格の悪そうな笑みを返してきた。

 どうやらスヴェンの言うことは事実らしい。過保護かどうかは置いておくが。



「――だが、そうだな。恐らくは、君は自らの意思でそれを受け入れたのだろう。……否、この言い方は正しくはないな。泣くことも喚くことも、無意味であると悟ったから、そうしなかったのだろう」


「どうしてそう思うの?」


「君の瞳が迷っていないからだ。強い意志で成し遂げようとしているのがわかる。だからこそ、君は『初代王の再来』と共にいるのだろう?」


「……魔術師っていうのは、みんなそういうふうに物事を勝手に理解するものなのかしら」


「多少、見えるものは違うらしい。それがどうかしたか、エリシュカ・アーデルハイド」



 エリシュカは溜息を吐きたいのをこらえた。

 スヴェンのような人間はエリシュカの周りにはいなかったので、どうにも会話の勝手が掴めない。



「それと、先程言おうとしたことだが」



 淡々と、スヴェンは先程言いかけた事柄に言及する。やっぱりこの人我が道を行く系で間違ってなかったわね、とエリシュカが考えていることなど露知らず、スヴェンは続けた。



「君には一度、レーナクロードの居ない場で、問うてみたかった」


「何を?」


「レーナクロードが、君を喪うという運命を、諾々と受け入れると本当に思っていたのかを」


「……それは、貴方に答える必要があることかしら」


「それももっともだ。これはただの、レーナクロードの友人である僕の、君への非難といえる」



 つまり、答えを期待してではなく、ただそれを告げることで、エリシュカに考えさせたいということなのだろう。


 今更だ、とエリシュカは思う。

 エリシュカは疾うに自分の身の振り方を選んだし、それにレーナクロードを関わらせないと決めた。


 それは正しいとか間違っているとかそういうものではなかったけれど、その結果として今があるなら――多分、エリシュカは少しだけ失敗したのだ。ただそれだけの話だった。

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