第8話 改めて目的を口に出すことも、必要な場合はあるものですので。



 セシリアとの邂逅の後、エリシュカはそのまま首都を出ることにした。

 猶予はまだまだあるようだが、早くに終息させるに越したことはない。

 「嬢さんは道具使いが荒いですよねぇ」とエッドには言われたが、使えるものを使うのは当然である。


 そういうわけで、エッドの手を借りて首都を出て、ついでにさっさと第一の目的地――首都から見て国の最南端に位置する街まで連れて行ってもらうことにしたのだが――それに難色を示したのがエッドである。



「別に、難癖つけるつもりはないんですよ?」


「じゃあ何なのかしら」


「ただ、よりによってそこから行こうとする理由が俺の読み通りなら、本当に容赦なく使うつもりなんだろうと思って、一応確認しておきたいだけで」



 常の薄笑いを浮かべながら、飄々とそんなふうに言うものだから、エリシュカは溜息を禁じえない。

 目が覚めてから何度目の溜息かしら、などと益体もないことを思う。



「まったく、口数の多い『道具』ね」


「お褒めに預かり光栄の極み」


「褒めてないわ。――確かに、貴方の読み通り、貴方をこき使う予定だけれど。そもそもそういう契約で、貴方と私は協力関係にあるのでしょう?」


「ま、それはその通りですけどね。一応、心積もりはしておきたいものですし」


「そんなもの、貴方には必要なさそうだけど」


「言いますねぇ、嬢さん」



 しかし、エッドの言うことも一理ある。

 心の準備なんてものは全く必要なさそうな人物だと知っているが、だからと言って本人の意向を無視する理由もない。

 故にエリシュカは、改めて第一の行先の目的を告げる。



「分かっているだろうことを言うのは馬鹿馬鹿しいけれど……まぁいいわ。レナクたちが『異世界の少女』を巻き込んでやらかそうとしている儀式の破棄――それを第一に動くから、そのつもりでいてちょうだい。レナクたちのところに向かうのはその後よ。……『できない』なんて言わないでしょう?」


「ここで『できない』なんて言ったら、それこそ何のために長生きしてきたんだかって話になりますからねぇ。――嬢さんの望みには応えますよ。それが俺の長年の目的に沿う限りは、ね」


「心強い限りね。頼りにしているわ」



 そんな、ある意味予定調和の会話を経て、エリシュカはエッドの魔術によって、最初の目的地――リーヴェンデッテ最南端の街・クラストフォルクに向かったのだった。




 移動の際に目を開けていると『酔う』のだと言い含められていたため、目を閉じてエッドに身を任せていたエリシュカは、「もういいですよ、嬢さん」と声をかけられて目を開いた。そうして目前に広がる街の姿に、感嘆の溜息を吐く。



「……魔術って、便利ね。歩くでもなく、馬を使うわけでもなく、一瞬で遠いところに移動できるなんて」


「そりゃあ、俺くらいにまで魔術を究めれば便利も便利ですけどね。でも並の魔術師だったら、まず移動用の魔術自体扱えないでしょうし、高位の宮廷付きだとしても準備に結構な手間と時間がかかりますし、それでいて成功率は高くないですからねぇ。場合によっちゃあ馬とかのが早いですよ」


「それは、自分は格が違うんだという自慢?」


「事実を述べてるまでですよ」



 笑顔でそう嘯くエッド。誤解を生みがちな言葉選びはエッドの常でもあるし、その実力を知っていて、それを当てにしている身として、それ以上言えることはエリシュカには無かった。



 気を取り直して、リーヴェンデッテ最南端に広がる街・クラストフォルクを改めて眺める。

 絵や物語の中でしか知らない街であるので感慨を覚えないわけではないが、今はそれどころではない。さっさと割り切ることにして、エリシュカは思考を切り替える。


 夜半もいいところであるからして、街自体は寝静まっていた。

 エリシュカがやろうとしていることに街の人々との接触が必須だったならば、朝まで待たねばならないところだったが――夜に関わらず移動を強行したことからわかるように、そうではない。

 そもそも、究極的に言えば、街そのものに用があるわけでもなかった。



「エッド。最南における『儀式の場』がどこかは、わかっているのよね?」


「ええ、もちろん。、俺はその場を見ていませんが、その後調べに調べましたからねぇ」


「それじゃあ、案内して。それからどうするかについても、貴方の方がよく知っているでしょうから任せるわ」


「信頼していただけて、道具冥利に尽きるってもんですね」


「貴方を信頼できなくなったら、それは私の終わりと同義だもの」


「……俺としちゃあ嬉しいオコトバですが、嬢さんはもうちょっと、周囲に目を向けてあげた方が良かったかもしれませんよ」



 珍しく淡い苦笑を浮かべたエッドの言に、エリシュカは押し黙った。



(……そんなの、目が覚めてから何度も思ったわ)



 心の中で独り言ちる。

 けれどそれは、返らない過去の仮定の話であり、今この段階に至っては言い訳にしかならないから、口にはしない。


 だからただ、先を促す言葉だけを告げる。



「行きましょう。……私が目覚めたことを知っても計画を止めないあの馬鹿レナクも、そうすれば思い知るでしょう。全部、余計なお世話なんだってことを」



 「辛口ですねぇ、嬢さん」とエッドが軽口を叩く。

 その『いつも通り』に安心させられる自分が悔しくて、けれどそれを自覚できることに安堵もして、エリシュカは息を吐いた。


 予定は狂えど、やることは変わらない。ただ少し、早まっただけ。

 そう自分に言い聞かせて、エリシュカはエッドの先導に従って歩き出した。

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