第4話 いのち
僕は、少女がホットココアを飲むのを眺めながら、
「ところで、君。」
と、少女に尋ねた。もちろん、どこか唐突である。
「どうしたの?」
「僕が研究している罪の研究について。」
「そうね。」
「君。何か、聞きたいこと、ある?」
「ふふ。」
「・・・それとも、ない?」
「どうかしら? あなたが話したければ、私は聞きたい。」
この少女が、次に言う言葉を、僕は知っている気がした。
「そして、君は言うんだろ? “あなたが話したくなければ、私は触れない”って。」
少女の顔が不意に曇る。
「え、なんで? 私は、あなたが言葉にできなければ、私は・・・そっと触れるつもりでした。」
少女は続ける。
「つまり、あなたは私に・・・。いえ。ぜひ、お聞きしましょう。」
教会の暖炉の火が、心にも温かい。
少女の言葉に助けられて、僕は、少女の瞳に向けて、
「罪。」
とだけ言った。少女は、僕の言う唐突な言葉に、そっと定義を添える。
「人が重ねる、避けようもない悪かしら。」
僕は、少女の問答方法が、どこか連想ゲームみたいに思えた。まったく面白くはない。しかし、二人はささやかな幸せに包まれていた。そして、続ける。
「悪。」
「善の反対。誰にとっても、悲しむべき行いね。」
「善。」
「誰もが、かくありたい姿かな。」
「姿。」
「生きている人の具体的な存在形式です。」
「いのち。」
「始まりがあり、終わりが・・・」
「・・・終わりが?」
「あるんでしょうか?」
突如、二人は連想ゲームから逸脱してしまった。
「ああ。少なくとも、天国に行くってことに・・・」
「なってますよね。」
「ああ。なっている。」
「じゃあ、普通に教会に通っている人は?」
「ああ。神様はきっといつも見ていらっしゃる。そうだろ?」
「お金持ちは?」
「大丈夫だ。」
「うそつきは? 盗みは? 礼拝中の私語は?
「・・・。」
「殺人者は? 自死者は? 異教徒は?」
「おい!!」
「絶望者は? 悪魔は?」
「・・・・・・。」
「改変された生命は?」
「・・・・・・。なあ。」
「うう・・・すみません。私としたことが、つい。」
「いいんだ。いいんだよ。どんなに偉大な神学者も皆そのことで悩んでいるんだ。」
「深刻ですね。」
「ああ、深刻なんだ。」
「深刻というのは、暗いということですよね?」
「ああ、だから・・・」
「光が必要ですね。」
ああ、そうだよ。そうだとも。・・・この少女には、光が必要だ。だから僕は、こう答える。偽りのない、言葉で。
「泥棒さんも、心正しいお金持ちさんも、敬虔なシスターさんも、悪魔さんも、みんなで仲良く天国に行ける方法を、一緒に考えよう。あるよ? きっと。あるよ? 本当に。」
(つづく)
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