終わった後のこと

来客の話 変な斬れない斬る人






目を開いて。


億劫そうに起き上がった彼……水色のパーカーの青年は、まず周囲を見渡した。

彼にとっては知らない場所。煙のようなものに囲われた、白い部屋。


「………………」


特異的な状況のはずなのだが、彼は驚くことなく一度伸びをしてからゆったりと立ち上がり、目に付いた扉に手をかけた。


片手に一本のナイフを持ちながら。





………………………………。





「——————ん?」


いつものように眠っていた汐里しおりだが。

不意に何か違和感を感じを目を開く。


「汐里?お客さん?」


そう訊く、ベッドの傍の実束みつか

その問いに対し汐里は……


「いや、うん……お客さん、だとは思うんだけど、微妙な感じ……」

「んー?」

「なんというか、なんというかね。異物なんだけど、異物じゃないと言いますか」

「ふむふむ……とにかく、わかった。私がちょっと様子見に行ってくるよ。汐里はいつも通りにどーんと構えてて」

「うん、お願い。…………んー……」


汐里は自分のいる世界へ異物が入り込んだのを感じ取った、らしい。

いつぞやの夢のような、違和感によるセンサーだ。普段はそれによって来客を感知しているのだが……今回は何やら特例なようで。


「……なんだかわかんないけど、気をつけてね。あっちにいます」

「はいはーい。気をつけるけど大丈夫大丈夫。何しろ私、鉄ですので!」


よくわからない理由と共に実束は部屋を出て行く。

離れていても意識は繋がっていたりするが、ともかく。

汐里は一人になった部屋で再び違和感を探る。


「…………なんだろなぁ、これ……知ってるような、知らないような…………」






………………………………。






「あらこんにちは。あなたはにんげん?」

「人間です」

「ふむふむそうですか。わたしはゆうれいです」

「そうか」

「おどろきなさい」

「すまん、そういう類いは見飽きてるんだ」

「なんと。かわいそうなじんせいをおくっていらっしゃるのね」

「側から見たらそうかもしれない」

「あなたはしあわせと」

「割と楽しい、って所かな」

「そしてそんなあなたはここにどんなごようで?」

「まず一つに人探し。睦月むつき汐里しおり、って名前を知ってるか?」

「おめがたかい。ばちくりしってます。よければあんないしましょう」

「ありがたい、非常に助かるよ」

「そしておねえちゃんにどんなごようで?」

「ちょっと軽く殺す」


その言葉が終わると同時に、彼の首へ包丁が叩き込まれた。


彼は地面へ一瞬で叩きつけられた、が。

叩きつけられた・・・・・・・事に幽霊……栄吊さかづりとこは首をかしげる。


「あれ、あれ、これはなんと。ころしたつもりがまったくきれてない。というかきしかんなのだけど、なのだけど?」

「………………めっちゃくちゃ痛いんだが」

「あっ、おもいだした。じゃっくのときのだこれ!」


彼が首の包丁に手を伸ばす前に、常は包丁を手放してその場を離れる。

すると彼は包丁に触れ、包丁は消え失せてなにかが空を斬る。


「にかいめだこれー!だがもうこれではしなないわたしなのです」


以前はこれで僅かに切り裂かれて消滅した常だったが、今度はしっかりと斬撃を避ける。

かくして首を抑えつつ立ち上がる彼と、浮遊しつつ彼を見据える常の構図になったわけだが……


「ふむ、ふむ。あなたはだぁれ?よくみたらじゃっくにかおがそっくりですし!というかおなじでは?」

「ジャックを知ってるんだな、お前は。俺はお前を知らないんだが……」

「わたしはさかづりとこ!ちょうこうそくゆうれいしてます!まっはばばあってよばないでね」

「記憶になし。となるとまた無意識に作ったなあいつ……」

「なにをぶつぶつと!そしてかるくもなにもありますかあなたはー!おしえてあげましょう。にんげん、ころしたらしんじゃうんだよ」

「知ってるよ、ただの人間ならな。ともかく邪魔するなら仕方ない、お前も斬るぞ」

「のぞむところ!たにんのそらにっぽいけどりべんじしてやるぞこらー!!…………ところで、あなたほんとにだれ?じこしょうかいしたのでおかえしをようきゅうします」

滝倉たきくら一騎いつき。ただの人間をしている」


名乗った彼、一騎が左手をパーカーのポケットへ入れた後、改めて右手のナイフを構える。


「ただのにんげんはそんなのもちあるかないとおもいますー!」


いつのまにか新しい包丁を握った常が白い残像を残しつつ姿を消した。





………………………………。





『実束!常ちゃんがやられた!』

「やられ……え、えっ?どういう状況!?」

『ぜんぜんわかんない!とりあえず常ちゃんが喧嘩ふっかけて返り討ちにあったとしか……』

「喧嘩ふっかけたことはともかくあの常ちゃんがやられるとか……」


常の能力は、端的に言うと高速化。

膨大なリソースである汐里の力が満ちているこの空間では、それぞれの能力は超強化される。

常の場合で言うなら、無敵の速度で動き回れる。いつでも時間を無制限に止められると言ってもいいくらいなのだ。


実束は慌てて白い廊下を走り出す。

なにが起きてるかはさっぱりだ。汐里の反応もそう、来客の目的もそう。だけれど、普通じゃないなにかが起こっていることはわかる。


……この先に!


角を曲がった実束は、一人の青年を認識した。

水色のパーカー……現代的な服を着て、左手はパーカーのポケットに、右手にナイフを握りしめながら散歩でもするかのように歩く……彼。

実束はその顔を見て真っ先にジャックを連想した。

切り裂き魔の怪物、ジャック。だが……彼からはそんな気配は感じなかった。


「ん。……どうも」

「…………」

「…………いや、待って欲しい。別に争う気は無くてだな」

「なんで常ちゃんを」

「迎撃しただけだ。俺だって無駄に戦いたくはない、疲れるだけだしな」

「……」


……正直なところ、ほんとに迎撃しただけの可能性はある。常ちゃんだし。


ある種の信頼である。だが、誰彼構わず襲いかかるような存在ではなかったことも確かだ。


「あの子となにを話したの?」

「目的を訊かれたから、話した。睦月汐里、って知ってるか?」

「……!」


……汐里の名前を知ってる?外からの来訪者なのに?


「そいつに用事があるんだ。厄介ごとになる前に早めに対処したい」

「……何をするの?」

「ちょいと一回、斬る」


その言葉が終わると同時に、鉄の棒が一騎の頭に叩き込まれ————


なかった。


「さすがに2回目は喰らうかっての!」


言いつつ瞬時に攻撃に反応ししゃがんだ一騎。

後ろへ飛び実束と距離を取る。

実束は鉄の棒へ変化させた腕を元に戻しつつ、脚から鉄を通路へ広げていく。


……実束の能力は自分の身から自在に放出できる鉄の操作。そして、実束自身も鉄だ。

もっとも、“鉄”の定義はもはや実束次第。実束が“鉄”と認識してさえいればどんな物質でさえ能力の効果範囲。

その操作もただの形状の変化のみにとどまらず温度、硬度、その他の性質諸々全てに及ぶ……言ってしまえば、実束の鉄が鉄である必要性はない。

それでも能力として使えてしまっているのは、実束の強い認識と、能力の根源である力の性質のせいだ。


「常ちゃんが襲いかかった意味がわかった。当然。お前は私たちの敵だ」

「今回はそういう奴って訳でいいのかー……?なぁ、斬るって言っても本当にあいつが死ぬわけじゃなくってだな」

「何も喋る必要はないよ。まず拘束する。吐くのはそこからでいい」

「じゃあせめて自己紹介させてくれ、知ってる奴だったらちょっと話を聞いて欲しい。俺は滝倉一騎って言って——」

「知らない。ジャックじゃないのあなた?」

「ジャックだけは知ってるんだなどっち、もっ」


既にコーティングされた壁から生える鉄の槍。

一騎はそれを身体を逸らすことで避けてみせた。


「つまりなんだ、ジャックは俺の顔でもしてんのかっ」

「自分がオリジナルみたいな言い草だけど」

「ジャックに身体は無い!」


無数の槍、剣が生える廊下を一騎はひたすら避けていく。

飛び退く、しゃがむ、はたまた飛ぶ。空中で壁を蹴り槍を蹴り。常人とは思えない身軽さでぎりぎりで刃を避け……


「意思的なものだけが俺に取り憑いてる、だけだ!」


……実束の鉄で覆われた地面へ、ナイフを突き刺した。


「……はっ?」


すると張り巡らされた武器、床や壁の鉄がコマ送りのように瞬時に消失する。

呆気に取られる実束の横を人間とは思えない速度で過ぎ去るのは一騎。


「待……っ、て!!!」


なんとか反応し、だが実束の手は届かない。

その代わりに一騎の進行方向が鉄の壁で塞がれる。これなら避けるも何もない……しかし、一騎は前へまっすぐナイフを突き出す。

鉄壁に触れた瞬間、斬るも何もなく壁は消失する。

障害にもならない。


「このっ……」


鉄で塞いでも意味はない、そう理解した実束は床を踏みしめ砲弾のように前へ跳ぶ。

届く、手を伸ばす。汐里の元へ行かせるわけにはいかない。

だが————ナイフがこちらへ向いた時に、実束の全身が警告を発する。



————あのナイフに触れた鉄は一瞬で消滅した。


————が、触れたら?



「っ………!?!!?」


咄嗟に伸ばした足で壁を蹴り空中でぐるんと身体を捻る。

ナイフは、身体に触れていない。そのままナイフを持つ手を掴む。


「ぅおっ……」


そして一騎の手を持ったまま、自らの手首を風車のようにそのまま横に回転させる。


「ぉっ、おぉぉぉっ?ごっ、あっ」


当然掴まれている一騎へ回転は伝搬する。

だがそれだけでは終わらない。実束は着地し、抵抗するも回転に逆らえない一騎の身体を液状の鉄で包み、固定。


身体を固定した状態で腕の回転だけは続ける。つまり。



「ぐ、待っ、ぉぉぉあああああがあああ!!??」


普通の人間の腕は360度も回転しない。

そんなことをすれば当然腕はねじ“斬れ”————


「…………お前もか」


ない。

一騎の右腕はねじれ、変形し、無残な姿になっていたが……“斬れ”ていない。

ジャックと同じ特性だ。決して“斬れる”事はない身体。

それは物理的切断もそう、意識も途“斬れる”ことなく果てには事“斬れる”ことさえも……

とはいえ、拘束には成功した。尋問してから汐里にどうにかして貰えばいい、と実束は考えて、


鉄を消して飛び退いた。


寒気に従ったその行動は正解だった。

飛び退いた後、見えない斬撃が一騎を回転させていた腕があった箇所を斬り裂いたのが見えたからだ。

だが一騎の右手はナイフを握ったままだ。となれば……ポケットに入った、左手。


「めちゃ、くちゃするな、お前は……死ぬほど痛かったんだが……ぉっ、ご、ああああああっ」


ゆらりと立ち上がる一騎。ねじれた右腕がゴムじかけのように逆回転し、戻る。


「はーっ、あ゛ーっ、あー…………ちぎれてない?ちぎれてないよな……あーいってぇ…………」

「死ぬほどなら死ねばよかったのに」

「どうしてお前はそう殺意マシマシなんだよ……まるで番犬だな」

「間違ってないんじゃない?……ナイフ、あと何本あるの?」

「さっき左手で一本使ったから……残りは3本だったかな」

「そう。残り3本以上ね」

「信じないなら訊くなよ……というかお前、なんなんだ…人、なのか?」

はちゃんとそうにしか見えないでしょう?」

「………………あぁ、あぁ。まともじゃないのはわかったよ。そしてものは相談なんだが、通してくれないか。ややこしいことになる前に」

「通したらお前は何をするの」

「さっさと夢を覚まさせる」

「汐里の睡眠妨害?ますます許せない」

「……だめだなこりゃ……」


右腕を慣らすように振るった一騎が、再びナイフを構える。



————向こうのナイフは当たればおそらく即死。こちらの攻撃は決定打にならず、拘束してもあと何回予備のナイフが飛んでくるか……



————それでも、引く理由には全く足りない。



実束が手のひらをまっすぐ一騎へ向ける。


「ん?」

鉄ッ・・!!」



ビィィーッム・・・・・・!!!!」



言葉と共に通路へ満たされたのは光。


「はっ—————」


何かを言おうとした一騎を声も姿も飲み込んで、光はただ真っ白に全てを飲み込む。



————焼き“斬れない”ことは知ってる、でも身動きを封じることぐらい



思考は光と共に途切れることとなる。


「————反則だろ馬鹿だろなんでビームなんだ鉄要素どこだもうわけわかんねぇよ……あっづあつああぁぁぁぁぁあっっづ」

「……反則は私も同意見なんだけど……」


一騎は前へナイフを向けて変わらず立っていた。熱い、と言いつつも焦げてさえいない。

ナイフが鉄ビームを消した、らしい。


「なぁ、なぁ、ほんとに埒が開かなそうだから通してくれないか……このままじゃ何も前進しない」

「なら何もさせないことが私にとっての前進だよ。絶対に行かせはしないから」

「……わかった、じゃあ」


ナイフを下ろし、その場にあぐらをかく。

実束が一瞬疑問に思ったが、すぐに意図に気がつき駆け寄る。

しかし間に合わない。


「にげる」


床を斬撃が円形に切り裂き、一騎は落下する。

鉄を伸ばすもナイフに遮られ触ることができない。掴んだとしても残りのナイフによる斬撃が飛んでくる…………


「汐里、汐里!逃げられた、そっちに向かってるかもしれない!気をつけて!……汐里?汐里っ!」


すぐさま注意を叫ぶも汐里の声が実束へ帰ってくることはなかった。

もう既に?なんて考える暇も惜しい実束は穴へ飛び込む。





………………………………。





「おっ?」


あぐらのまま落下した一騎は、そのままクッションの上へ着陸していた。

見れば、そこはテーブルとクッションが置かれた一室。

そして反対側には……


「…………」

「……よ、汐里。そっちから来てくれるのは珍しいな。正直助かった、が……」

「…………」

「……おーい?」


汐里が座っていた。座っていたが、がちがちの笑顔で80Hzほどで震えていた。


「あの……わかってると思うが、斬るぞ?」

「いやです……」

「そうか、嫌か……待った待った、ちょっと待った。……いや待つ。俺が待とう。なんかそんな気がしてきギゴッ」


実束の鉄の棒兜割が一騎の後頭部へ叩き込まれた。

一騎はテーブルにめり込む。


「……あれ、汐里?」

「あ、実束……」

「………………」


そしてナイフを右手からポケットからぽいぽいとこぼしつつ、こう言ったのだった。


…………………………わかった、話し合おう…………………………。何もしないから会話…………………………をさせて……ください



「…………汐里?」

「…………実束、その……すてい」






「まず……殺そうとして申し訳ない。怖かっただろ」

「それはもう……殺意マシマシでもないから淡々としてて余計なんか怖くて……」



改めて。三人はテーブルを囲み直した。

実束の鉄で雁字搦めにされた一騎と、反対側に並んで実束と汐里。

拘束は一騎からの要望である。


「で、何で汐里を殺そうとしたの」

「……とりあえず突っ込みは無しで一通り聞いてくれるか?」

「いいよ。実束も、とりあえず聞いてあげて」

「汐里が言うなら」


ふぅ、と息を吐き、一騎は語り出す。


「改めて自己紹介すると、俺は滝倉一騎。一応普通の人間で、睦月汐里とは幼馴染の関係にある」

「え、知らない」

「そうか。俺も、実のところ“お前”は知ってるようで知らない気がするんだ。……というわけで、“俺の知ってる”汐里の話をする」


「あいつの持つ“力”は、言ってしまえば何でもありって代物だ。そのくせあいつ、よく寝ぼけるんだ」

「……寝ぼける?」

「ああ、文字通り寝ぼける、だ。普段から眠ってるようなやつなんだが、夢の中でも眠ってさらに寝ぼけて……妙な空間を無意識に作ってしまう」

「え」

「それっぽく言うなら新世界創造とかなんかそんなやつだ」

「私何してんのさ……」

「で、そこで俺だ。あれこれ色々あったんだが、俺は汐里の夢限定で問答無用で殺すことができるんだ」


そこのナイフで散々やったようにな、と一騎は足元に散らばるナイフを見て続ける。


「——イマジ」

「理解ができたようで何よりだが固有名詞を出すのはやめておけ汐里」

「そっかそっか、つまりあなたは私のストッパーなんだね。私の力の影響も受けないから新世界でも元の意識を保ったまま」

「そういうことだ。……やっぱり汐里は汐里なんだな」

「話がだいたい読めた。そうなると勘違いも仕方ないよ」

「そう言ってくれると助かる……」


勝手に話が進んでいく二人を、実束は「?」を浮かべつつ眺めていた。


「汐里、この人は外敵?」

「ううん、お客様……迷子みたい」

「そっか。わかった」


実束が鉄を断ち切ると拘束していた鉄も消失する。


「お」


一騎は自由になった身体を確認しつつ、ナイフを回収する。


「すまん。お前にも迷惑をかけた……あと、あの幽霊にも」

「常ちゃんは大丈夫、いつものことだから。実束も……もしやっちゃっても、たぶん、大丈夫だと思うよ」

「やられたことはないけれどね。……で結局、どういう話だったの?」

「この人は、“私”が寝ぼけて騒ぎを起こしちゃった時に騒ぎを収めるお仕事をしてるんだってさ。ほら、夢の中で死んだら眼が覚める、って言うでしょう?」

「……だから、汐里を殺そうとしてたんだ」

「ああ。騒ぎの中心は汐里だ。汐里が目覚めれば世界ごと夢から覚めて元通り。あいつも、俺が来るのをわかってて好き勝手してるのが殆どだったな」

「ふむ、ふむ。……でもさ、汐里寝ぼけてないよ?」

「そう、寝ぼけてない。私が無自覚って可能性もあるけれど」

「にしてはいつもと違いすぎるんだ。枳実束も栄吊常も俺は知らない。そしてお前たちは俺を知らない。ジャックの事は知ってるみたいだが」

「つまりこれはアレです」

「アレだな」

「どれ?」


パラレル的なアレだよパラレル的なアレだな


と。

口を揃えて言ったところで、二人は顔を見合わせて。


「……やってみると恥ずかしいねこれ」

「そこで恥ずかしがるんじゃない、やるならやりきらないと待て待て羞恥がやってきただろやめろ」

「あなたが勿体ぶって言うからでしょー」

「そういう流れだっただろ、お前だって乗っかったじゃないか」

「こういう時は原因は根本にあるものですが!」


「……話を進めて欲しいのだけどー」


実束の一言で二人ははっとし、軌道修正。


「つまり、彼は文字通り別世界から来てるんだよ。私たちの知らない私たちがいる世界」

「顔は同じ、性格も大体同じ、だが過程が異なる……そんなところだろ」

「平行してるのか、どこかで枝分かれしたのか……それはわからないけどね」

「…………別世界……うん、うん、そっか」


実束は納得したように言う。


「お前……あなたは、汐里を知ってるけど、知らないんだ」

「そういうこと。……いかんせん普段からそれっぽい目に遭ってるからややこしいったらありゃしない」

「そちらの私が起こす異変ね。どんな感じなの?」

「この前は……何に影響されたのかSFファンタジーだったな。高笑いしてるところを背後から刺したら」


『ぐはー!!き きさまー』


「って台詞を残して死んだ起きた

「ノリ軽いね私」

「いつもそんなもんだぞ。そんなだから別に罪悪感とかも感じないな。夢を見ているような状態だからとにかく適当な性格してるぞ」

「そんな汐里の相手を散々していれば、まぁ、あなたも適当……ふんわりになるね」

「誰が見てるわけでもないしな……いや、ほんとすまん。わかってたらもっと穏便に済ませてた」

「もういいよ、気にしてない。……それでさ、あなたはこれからどうするの?」

「帰れるのなら帰りたいところなんだが……そういう事例、過去にあったか?」

「無いね……そもそもなんであなたがこっちに来ちゃったのかもわからないし」

「だよなー……来たなら帰れるとは思うんだが……」

「とりあえずおちゃどうぞ」

「あ、どうも」


三人がお茶を啜り、一息。


「…………とりあえず、適当に散歩してみるか。動いてれば何かしら見つかるもんだしな」

「なら私がついていくよ。道案内ぐらいは必要でしょ?」

「ああ、有難い。……お前はどうせ寝っ転がってるんだろう?」

「さすがどこかの私の幼馴染。よくわかっていらっしゃる。……そんなわけでいってらっしゃーい」

「またね汐里ー」


その場に横になる汐里と対照的に、二人は立ち上がり白い部屋を出て行く。

汐里は目を瞑って、身体から力を抜く。


「…………どこかの私かー……もしかすると、もしかすると……あの時からひとりぼっちって思ってたけど、まだまだ他の世界は存在してたのかな……」







「痛いんだが」

「知ってる」


白い通路、時折扉がある病院っぽい通路。

槍で背中を刺して一騎を誘導する実束。

切れないので痛いだけだが。


「……馴れ馴れしく話したのは悪かったって。互いに根は同じなんだ、自然とそういう風・・・・・になるんだ」

「理屈はわかるけど……いきなり来たあなたが汐里と打ち解けてるのは、面白くない」

「ならこっちに来るか?向こうはお前を知らないが、たぶんこっちのと同じように話せるぞ」

「……知ってるよ、話したから」

「なんだって?」


振り返った一騎の目に映ったのは白い通路ではなく、無数の泡のようなものが浮かぶ景色。

病院の屋上だ。実束は縁へ背もたれを作りつつ座り込む。


「心当たりがあるの。別の世界にね」

「……あの浮かんでる、泡みたいなやつか?」

「違う違う。そっちじゃない方」


そう言って、実束は泡が彩る空を見上げて、口を開き。


「————ここだよ!」


と、一つ叫ぶ。


狐「でかした実束!やぁホームレス」

「うぉっ!?」


声が響く間も無く一騎の視界に逆さまの狐面が現れる。

文字通りの狐面だ。地面に降り立つと共にいつものように芝居じみた動きで歩きつつ、さぁ口を開く。


狐「すっかり便利屋と化した僕の襲来だ何もかもよ祝福ーはしなくていい。この作品だけの特別待遇だし今回は迷子センターに駆け込む親的な役割だしノーカンノーカンってね。そしてすまんホームレス、今回は特に理由なくただの事故だ。発見が遅れて素直にすまない」

「お前、普通に非があることに関しては普通に謝るよな……許す」

狐「僕はいつだって誠実だぜ。なにせロボと言っても特に差し支えないような存在だからね。不具合だらけだがなんたら三原則なんか御構い無しだが、まぁそれはそれとしてだ、助かったよ実束。何にもない前ならよかったんだが、今はこの通り泡が大量だろう?全然ここが見えなかったんだ」

「そんなことだろうと思った」

「あー……なに、お前既にこっち側と交流があったのか」

「ちょっと詰んだ状態から救ってもらったことがあって」

狐「特例です」

「……だいたいわかった。汐里とかが作った世界間の通路のせいで飛ばされやすくなってたんだな」

狐「そういうことさ。更にお前さんは普段から何処かに飛ばされる事だし」

「慣れたは慣れたが、正直勘弁願いたいんだぞ」

狐「お母さんの隣に居る人は大体そうなるんだよ。そうだろう、実束よ」

「え?そうかな」


実束は世界がこう・・なってからの様々を思い返してみる……が、特にこれといって騒ぎの記憶はない。

むしろ今回の襲撃が初めての騒ぎで……


「……おい」

狐「けらけらけら、こんこんこん、はっはっは。お母さんガチャで爆死したと思いなさい」

「爆死って言うな汐里の時点で————いや何を言わせるんだお前は」

「ねぇあなた汐里とどこまでいってるの」

「お前までなんだいきなり!」

狐「ついこの間貫通したよ」

「狐面被ってるしあなたの言うことは割と信用ならない」

「そこは共通なんだな。その通りこいつは適当を言っている」

狐「あんまりな評価をいただいた僕は狐面に引きこもるとするよ」


狐面の上に狐面を被った狐面がその場で体育座り。



「……帰るの?」

「ここにいても何もすることはないしな……正真正銘、ここじゃ俺はただの異物だ。帰れるなら早々に退散するよ」

「そっか」


別れが近い。

それを自覚すると、実束の中に燻っていた何かが形を成していく。

それは、疑問だ。訊いても仕方ないとはわかっているけれども。

それでも実束は口を開く。


「ねぇ」

「はい」

「汐里を殺さなくちゃならなくなったら、殺せる?」

「ああ」


即答だった。


「なんで」

「まぁ……あいつが許すから、だな。どうせお前も似たようなことあったんだろ?」

「…………あった、けど」

「なら訊くだけ野暮って奴だ。ここと向こう、細部は色々違うがお前と俺の役割はどうやら似たものらしい。……お互い、おそらく一番苦労する役どころだぞ?」

「…………」


縁に座ったままの実束の隣へ一騎が座り込む。


「あいつに振り回されたことは」

「ある」

「あいつに導かれたことは」

「ある」

「あいつを引っ張ったことは」

「ある」

「あいつに助けられたことは」

「ある」

「あいつは自由か」

「うん」

「あいつは友達か」

「違う」

「あいつは恋人か」

「違う」

「あいつは家族か」

「違う」

「あいつは、睦月むつき汐里しおりか?」

「……そうだね。ただ、それだけだ」

「で、お前はからたち実束みつかってだけだ」

「じゃあ、あなたもきっと滝倉たきくら一騎いつきってだけなんだね」


二人は目を合わせることはなく、だけど。


「ほら、だいたい同じだ。だから俺から学ぶこともないんだ」

「そうみたい。でも、お疲れ様は言わないよ」

「そりゃそうだ。好きでやってるんだからな」


こつん、と。

右手、左手を隣へぶつけて、それだけで全ては伝わる。

今思うことなんて、一つしかないのだから。


向こうの汐里、こっちの汐里はお願い。頼んだ。

言われるまでも言われるまでも無いだろうけどね。無いと思うけどな。



狐「終わった?終わったね。じゃあ僕らはこれにてさよならアデュー!」

「の゛っっ」


そしてぶつけた直後、一騎は狐に背後から蹴飛ばされていた。

座っていたのは屋上の縁。

一騎は別に空が飛べるわけでもない、ので。


「あ、ちょっ」

狐「簡潔に言うよ。じゃあの!」


手を伸ばしかける実束の横を狐が通り過ぎ、追って屋上から飛び降りる。


「あー………」


覗き込むが、二人はもう遠くの方へ落下してしまっている。

鉄を伸ばせなくもないが……


「……今度はちゃんと遊びに来なよー!!」


実束は点になっていく二人へそう叫ぶことにしたのだった。






「今更驚かないぞ」

「驚かないのか。やーねーすっかりウブじゃなくなっちゃって」

「というかさっきの狐面なんなんだ、前見えてるのか?」

「いや全く。謎の追加戦士をイメージしてたんだけど思いの外気に入っちゃってねぇ、向こうの僕にも布教してもらったよ」

「……まぁ、お前らしいな」


落下する二人。

一騎は抵抗なく、死体のように重力に身を任せて落下している。

狐……もう狐面を取ってはいるが、狐は空中でくつろぎながら落下。

周りの背景は既に歪み、形を失い、二人が元居た世界へと向かっている。


「そしてそういえば。お前さん、さっき実束をフルネームで呼んでなかったか?」

「あぁ。目ざといというか耳ざといな」

「目ざといで合ってるよ、読み返しただけだから。で、なんで?名前はともかく、苗字まで知る機会は無かっただろう?ミスか?」

「どこ視点のミスだそれ。……実は、顔見て引っかかってたんだが、名前とか声とか聞いてふと思い出したんだ」

「実束なんてこっちのみんな・・・にいなかったよ?」

「お前もう俺の言いたいことわかってるだろ。汐里の記憶にならお前の方が詳しいだろうに」

「わざわざ話し相手を演じているというのにひどい言い草だなぁ。本気でしょんぼりしようか?」


一騎は思い返す。学生時代のことを。


汐里とは違ってそこそこ普通の学校生活を送っていた一騎は、人並みにクラスメイトとの交流があった。

その中に……いたのだ。さっき見た・・・・・顔が。


「名前も同じだった、だから苗字も同じかと思っただけだ。……こっちじゃ、特に関わりがなかったか。それともこの先、ひょんとした事で出てくるのか」

「まぁでも、お母さんはもう向こうの実束と会ってるから。どうやっても影響されたものになると思うよ?」

「だろうな……あー、それと、向こうだと俺はただのジャックのガワらしい」

「え、幼馴染ですらない?」

「さぁ。別に幼馴染じゃなかったのか、印象に残らなかったのか。なんにせよ、向こうには実束がいる。大丈夫だろう」

「ふむ……しかしこうなってくると、他にもIFな世界は沢山あるんだろうね」

「そして、うまく存続している世界には必ずあいつの側近がいるわけだ。……いない世界は大体詰むだろうからな」

「すごいね、お母さん」

「ほんと一体何なんだろうな、あいづッッ」


ごずん、という音を聞いた時には落下は終わっていた。

首を強打した逆さまの一騎の視界に映るのは、こたつに入った見慣れた青。


「あ、一騎だ。急にらぴゅってどうしたの?」


ホットミルクを持ったその人へ、一騎は痛みを堪えつつ睨みをきかせる。


「……元を正せばお前のせいか。そうだなお前のせいだなそういえば」

「あ、また私何かやっちゃいました案件かな」

「いつのまに異世界探訪してきたんだよ。向こうで鉄に腕をねじ斬られかけた」

「鉄ってー……え、もしかしてあそこ行ったの!?えー私も行きたかったなぁ」

「ならさくっと行ってこいよ、まだ屋上にいるかも知れないぞ」

「行く行く!」


と、青い存在は逆さまなままの一騎の脚を掴んだ。


「あ?おいっ、俺はついさっき行ったばかりで」

「行くよ行くよ、さっさと行くよ。いいでしょ、一騎」

「はー……」


息を吐いて、吐き終わって、諦めて。

観念したように、一騎は口を開く。


「わかったよ、汐里」






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