エピローグ



今日も世界は色とりどりで何もかもが新鮮。

それが今の現実。何が起こるかよくわからない。それでいい。

現実はそうであるべきだ。

そうでなきゃ楽しみが無くなる。



なんて。

どうでもいいことを考えながら、私は部屋の準備を済ませていた。






………………………………。






この世のどこか。


雲のようなものが壁や床、天井を構成する通路。

名前を持たないその場所……人間が勝手に名付けるとしたら、『天界』とでも呼ぶのだろうか。

神が存在する空間なのだから、天界。安直だが、その天界を侵攻するその人間にとって、そんなことはどうでもいいことだった。

長い旅をしてきたのだろう。

ボロボロになった布を身に纏い、背中に真っ黒な鞘を背負い、墨に染めたような黒の髪の男。

揺れる髪の間から覗く瞳の奥は明確な意思……特に、殺意がこもっている。


その傍を歩くもう一人の人物。……いや、人間ではないが。

成人と見られる男に比べると小柄。年齢にして7、8歳ほどくらいだろうか。

男とは対照的に純白のローブで全身を包んだその少女はどこか人外じみた神聖な雰囲気を漂わせており……実際、彼女は人外。それも自分をの事を天使と名乗っていた。

フードに遮られ顔はよく見えない。

その少女が突如口を開いた。


「もうすぐだよ」

「近いのか」

「はい。このさきが、かみのおわすばしょ。そして————」


少女の言葉と共に、通路は相変わらず雲のようなもので構成されているものの、広く開けた空間へと繋がった。

その先へあるのは銀色の大扉。


「————さいごのもんばん。ふたりのだいてんししまい……かみのそっきん」


そこへ降り立つ影が二人。

少女と同じくローブを纏っているが、二人ともフードを外しており、似た顔つきから姉妹であることがうかがえる。

全身から透明な熱気のようなエネルギーを発しているのが見える。それだけで明らかに別格の存在であることは想像するまでもない。


「うちくだくてつのてんし、ミュスカ・カタラチア。かきけすひかりのてんし、ミューオ・カタラチア」

「……神の側近、か」


男が背中の剣へ手を添える。

同時に、打ち砕く鉄の天使……ミュスカが男達へ向かって口を開いた。


「あなたは、ここに何をしにきたの?」

「神を殺しにきた」


男は何も躊躇わず答える。


「なぜ?」

「これ以上答える意味はない。立ち塞がるというのなら、お前たちも殺す」

「……殺す、殺す。随分と野蛮。どちらにせよ、そんな目的を聞いたのなら通すわけにはいかないよ」

「見知らぬ男よ。卑怯とは言うまいな、これより私たちはお前を無慈悲に……蹴散らす」


瞬間、空間に光が満ちる。

ミューオが向けた手のひらから一瞬で光が放たれたのだ。

目潰し?いや、その光はそれだけで脅威となる。空間の中の全てを次々と焼き尽くすのだ。

更にその光の中で飛来するのは右腕を鉄塊に変形させたミュスカ。

焼けているであろう、視界を奪われているであろう男に向かい超人的な力で鉄塊を叩きつける————


はずだった。


ミュスカは鉄塊ごと両断されていた。


「んなっ……!?」


驚愕の声。更に光はある一点へ吸い込まれ、消えていく……


「我の光が……!」

「っ!!」


男は床を蹴りつけ一気にミューオへ迫る。

迎撃しようとするも、やはり光は吸い込まれ無力化されてしまう……男が構える、白よりも白い剣に!

それを止める術をミューオは持たない。


「ひぇっ、あっちょっと待っひぎゃああああ!!?」


同じく両断。


……男の動きが止まる頃には、空間には上下に別れた天使が二人転がっていた。

勝負は一瞬でついていた。


「呆気ない。神の側近だろうが、天使であるならば俺の敵ではないな」

「……おみごと。もはやあなたをさえぎるものはない。さぁ、とびらのさきへ」

「言われるまでもない」


転がる天使たちを通り過ぎ、男へ足を振り上げ————


「待って待って待って待って」


————蹴らずに下ろした。

再び真っ白の剣を抜き放つ。


「まだ生きていたか。邪魔をするのなら」

「いや通すけど、色々突っ込ませてくれないかな?」


声を上げたのはミュスカ。

上半身だけの状態であるのにも関わらず平然としていた。

と、次の瞬間には下半身が生えており、ローブを内側からはたきつつ立ち上がる。


「なんだ」

「あなたはとりあえずいいとして、まず常ちゃん何やってるの?」


常、と呼ばれた少女はあっけなくフードを取り外した。

露わになったのは黒髪と光の無い瞳。


「かみにはんぎゃくするてんしごっこ」

「あとミュスカ・カタラチアってなんですか。あとミューオ・カタラチアとか……」

「おねえちゃんたちがてんしだったらどうかなっておもって、かんがえました」

「…………んー、読めてきた。その、ごめんねそこの人。常ちゃん遊んでるみたいだから、言ってることはあんまり間に受けないで貰えると……」

「………………」


男は剣を収めるべきかどうか迷っているようだった。状況を把握できず困惑している。

それを感じ取ったミュスカはとりあえず自己紹介から始めることとしたようだ。


「まず、私はからたち 実束みつか。天使違う、人間……でもないけど」

「天使じゃないのか?なら、この剣で易々と斬れるはずが……」

「常ちゃんが天使、ってことにしたから一時的にそういうことになったんじゃないかと……あ、あっちで半分になったままなのは姉のからたち 実房みおです。なんかノリノリだったけど、ノリノリなだけだから」

「そのローブはなんなんだ」

「え、バスローブ。お風呂上がりだったから……」

「…………………」


男は剣を収めた。今度こそ。

そして常を睨む。


「騙していたのか」

「のりのりでしんせつなおにいさんとおもっていました」


悪意が一切入っていないその瞳に思わず頭を抱える。


「……無駄足だ……神がいる、も“ごっこ”か。くそっ……」

「え、かみ?」

「神様……ならいるよ?」

「なに?」






男は扉の先へと進んだ。

常は来客に迷惑をかけたので正座の刑。

実束は実房を起こすためにその場にとどまった。

実房が無事かどうかについては「気にしないで、割といつものことだから」とのこと。


そして扉の先だが、神聖な雰囲気の景色が一変し明らかに人工的に作られた通路となっていた。

無機質で、照明は暗く……男の知識の中には存在しないこの通路は、いわゆる現代的な病院の通路だ。それにしては人の気配が無い、が。


こんな所に本当に神がいるだろうか。

疑問はあるが、だが男にはあの天使……ではない、枳実束達が嘘を言っているように思えなかった。

何より、天使であることは否定したが神の側近であることは否定していないのだ。

だから疑い深いこの廊下を進んでいるわけだ。半信半疑、である。


目的地と思われる場所はすぐに見当がついた。

一つの扉からのみ光が漏れているのだ。おそらくここに、神がいる。


「…………」


剣の柄に手を添える。

男の持つ白の剣は男自身が自身の魔力や幾多の生物、魔力、素材を結集し作り上げた神殺しの剣。

神聖を塗り潰し、暗黒を飲み込む剣だ。天使は勘違いだったが、この中にいるのは神であることはおそらく間違いない。

そして男は神を殺しにきた。

なにかを得るためではない。ただただ気が済まないというだけだ。

そのために世界中の情報を掻き集め、剣を作り、神の領域へ侵攻する術を見つけ、今この地に立っているのだ。


扉に手をかけ……開け放つ!



「いらっしぇ いらっしゃい!ませ!かっ、ぁ、混沌の神ぃ、です!とりあえずこっちへどーぞ!」



男を出迎えたのは。

腰辺りまで黒髪を伸ばした、メイド服の女性だった。

さらに言うなら、ガチガチに固まって緊張した神だった。


「…………………………」

「…………あの…………えと……その…………どうぞ?」

「………………お前が。神?」

「あっはい……いちおう……事実上そういう、ことに……」

「…………なら、訊こうか」


剣が抜き放たれると同時に部屋の闇が吸い込まれ、照明が無い場所さえも光に包まれる。

その輝く剣をまっすぐ神へ向け、殺意の視線が神を突き刺す。


「俺の妹が、理不尽な運命によって死んだ。……それは、お前が原因か?」


その言葉を受けて……神は固まった身体から力を抜いた。

笑うでもない、だが悲しむでもない。諦めに近い表情で、答える。


「はい。それは私が原因。……そっか、あなたは復讐しに来たんだね」

「……ああ、そうだ。復讐だ。————だが」


剣を鞘に納める。

きょとんとした神の横を通り過ぎ、男はソファへ乱暴に腰を下ろした。


「どうにも信用ならん。さっきの“天使”たちも、そしてお前……“神”の言うこともな。抵抗する気がないなら詳細を語ってくれ」

「……殺さないの?」

「もう一度言う、俺は復讐をしに来た。虐殺をしに来た訳じゃない。お前が原因かどうか判断しかねるんだよ」

「…………。緑茶と紅茶と珈琲とお水とコーラ、どれがいい?」

「コーラってなんだ」

「こちらです」

「泡立ってるぞ」

「飲み物です」

「大丈夫なのかこれ」

「歯が溶けます」

「なんだと?」






「世界は、無数に存在すると」

「そう。あなたはその内の一つからここに来たの」


クッキーやコーラを消費しつつ、神……睦月むつき汐里しおりから、この世が今どんな状態かについての話がなされた。


過去、世界は汐里の手によって静止してしまっていた。

だがとある出来事によって世界は再び動き出し、汐里の意思とは関係なく物語が作られ出した。


汐里の力は失われたわけではなく、やろうと思えば次々と生まれ無茶苦茶に動き出す世界を操作することもできる……が、汐里はそれをせずに観察するにとどめた。


「私が勝手に何か関わるよりも、その世界の運命に従って動いていた方がいいから、ね。私は傍観者。……あなたの妹が理不尽に死ぬのをこの目で見ていたとしても、私は見守ることしかしないの」

「…………見殺しか」

「そう。私は見守っていただけだから、そして世界が混沌としているのを直さないのも私。良い運命も悪い運命もそのままにしてある。自分の思い通りに捻じ曲げるのはやめた」

「そうか」

「だけど……ちょっとだけ関わったことがある。無数にある世界と、ここ。名前……天界でいっか。とにかく、天界と他の世界を繋げやすくしたんだ」

「俺みたいなやつが来れるようにか?」

「まさにそう。……私には、世界を真っ白に戻した罪がある。無数の世界を生み出した罪がある。今はもう天界の外は何が起こるかわからない不確定に満ちてはいるけど、世界が作られるのもまた私の力には変わりないから」


クッキーが音もなく補充され、ほらね?と笑う汐里。


「私から関わることはないけど、だけど私に会いに来る誰かがいるのなら、出来るだけお願いは聞こうと思ってる。……あなたが一人目、だよ」

「…………なるほど、通りで噛みまくってたわけだ。次の客人からはもっと流暢に出迎えられるよう練習しとくんだな」

「耳に痛いお言葉……精進します……ん?え、次って……」

「…………。コーラ」

「あっはい」


補充されたコーラをすぐに飲み干し、男は再び汐里へ目線を向ける。


「……お前は違う。そう判断したんだよ。事の原因は原因だろうが、俺が殺す相手じゃない。お前は殺さ」

「あっ、そんな飲んだばかりで喋ると」

「なごぇぇぇっぷ」

「げっぷ…………」

「…………」


げっぷから始まった静寂。

固まった空間を再び動かしたのは、抜かれる剣の音だった。


「お前は殺さない」

「殺すようにしか見えませんがー!」

「峰斬りぐらいはさせろ」

「何であれ痛いやつ!ごめんなさい警告が遅れましたー!!」




………………………………。




必死の土下座によりなんとか汐里は許された。

そしてコーラは気に入ったようで、一ヶ月分のコーラを持ち帰らせることになった。


「妹を生き返らせるってこともできるけど、あなたは望まなそうだね」

「まぁな。それを望んでいるのなら復讐なんかやらない。俺はただ……気が済まないってだけだ」

「でも、私を殺さないのなら、これからどうするの?」

「あの運命を仕組んだやつを殺す。お前が神なのはわかった。だが、他にも神がいる可能性はあるだろ?」

「なるほど。自然発生しててもおかしくないね、たしかに。じゃ、まだ旅は続けるんだね」

「ああ。今現在の生きる目的だからな」

「生きる目標かぁ……あ、そうだ。旅を続けるなら、いっそのこと他の世界にも行ってみる?あなたの世界だけじゃわからないこともあるだろうし」

「行けるのか?」

「行ける行ける。えーと……はいこれ」


汐里が手渡したものは、金属製に見える鍵。


「鍵か?」

「うん鍵。ここ持って、くぃって」


言う通り鍵を回す、と。

鍵が変形……どころではない、明らかに質量を無視して増幅し、形作ったのは銀色のバイク。


「……なんだこれ」

「乗り物です。空も飛べるし海も渡れるし世界も渡れるよ。せっかくだからこれもあげます」

「どうやって乗るんだ?」

「乗ったらあなたの思う通りに良い感じに動いてくれる……はず。コーラも後ろの箱に入れとくね」

「それは便利だが、いいのか?」

「良いってことです。ここまで来るのも何だかんだ大変だったでしょう。今なら老化速度半分とかもおつけできるけどー」

「……そこまでしなくていい。この鍵で十分すぎるほどだ」

「あ、はい」


男がバイクに跨る。


「もう行くんだね」

「ああ、世話になった。……一つ、訊いていいか」

「うん」

「本当に殺されるつもりだったのか?」

「……うん、一度はね。殺されたくらいじゃ死ねないし、まだ死ぬわけにはいかないし、死にたくないけど……」

「……そうか。まぁ、なんだ」

「?」

「お前の話を聞いた限り、“外”は既にお前の想像から外れているんだろう?なら、お前を殺す方法を身につけている者もいるかもしれない」


男はそこで目線を汐里から前へ移す。


「……今後ここへ来るであろう奴が、俺みたいに話を聞く奴とは限らないってことだ。油断しすぎるなよ」

「…………あ、ありがとう……?」

「それだけだ」

「あっ、コーラ補充目的でもいいからいつでも来て————」


バイクは部屋を飛び出し、廊下を走り去っていく。


「いいのでー…………」


後に残されたのは汐里と、どこからともなく隣に出てきた実束である。


「……実束」

「うん」

「あれってもしや、天然モノのツンデレ……?」

「かも」





………………………………。





一番最初の“お客様”をなんとか迎えて、とりあえずの休憩に入った。


いつもの私の部屋と実束で二人、ベッドに並んで座っている。

嘘、私は座った直後に仰向けに倒れた。


「あー……」

「おつかれさま」

「うん……疲れたっていうかめちゃくちゃ緊張したというか、ものすごく怖かった……一番最初に復讐の人が来るとは……」

「でも優しい人でよかったじゃん。警告もしてくれたし」

「うん、うん……あああやっぱり外怖い……」



あれから。


あれから、というと、世界が真っ白じゃなくなった時から。



今後のことを考えた結果、私は今のスタイルを続けてみることにした。

事実上、私は数多の世界の創造神、神さま。

今も世界は勝手に作られ続けている。私が関与していないだけで、この世に満ちた私の力が世界を作り出していることは変わらない。


そんなわけで私は神さま。そんなキャラじゃないけど、神さま。

とは言え、もう私が何かしなくても何も問題ない世界に対して何かをする気にはなれない。さっきも言ったけどそんなキャラじゃないので。

だけど何もしないのもバツが悪い……ということで、誰でも行こうと思えばここ、私のいる場所へ来れるようにして、辿り着いた人のお願いを聞くことにした。

今のスタイルとはこれのことだ。


……まぁその、しょっぱなが復讐者さんだったんだけど。

先が思いやられる……


「怖がる必要はないよ、もしもの時は私がちゃんと守るので。私強いよ!」

「…………それもそうだ、たしかに、うん。怖くないかも」

「うんうんそれでいいのです。汐里はどーんと構えててね、神様なんだし」

「神さま、ねぇ」

「汐里さまー」

「……やっぱりもうちょっとこの役割に相応しい人がいると思うんだけどなぁ……」

「じゃあそう決めた人が悪いってことで。責任を顔に投げつけよう」

「そうもそうだ」


……不明晰夢から飛び出した実束は、そのまま“神さま”の補佐を始めた。


やることはボディガードとか、私と一緒にいたりとか……あの夢の中と結局やってることは変わらないかも。

実束は“鉄”になったけど、実束は実束のままだ。

私はどうだろうか。


「……そういえば実房さんとか斬られてなかった?」

「ああ、お姉ちゃんなら大丈夫。元気に死んだふりしてたから」

「何故……」

「ほら、だって状況的に敵はやられたらやられてないとだし」

「演技中でしたかー……相変わらず元気そうだね」

「あー、そうだ。常ちゃんがいきなり来客に迷惑かけてさ」


ある程度“不確定”に慣れてから、不明晰夢のみんなも現実へ連れてきた。

厳密に言うと連れてきた、というのは少し違うのだけれど。キャラクターとして現実へ作る際に不確定性を付与したってだけ。それと今の状況を不思議に思わないためのあれこれとか。洗脳?洗脳かもね。私神様ですし。


実房さんは実束と一緒に補佐をすることにしたらしい。たまに一緒にゲームするよ。


常ちゃんは……いわゆる、放牧?というか縛りようがなかったりする。

どこかの世界に勝手に行ってたりするかもしれない。まぁ、基本自由にさせようと思ってるからそれもまた一興。

私が何もしないのは私が決めたことってだけだしね。


日頼は元気に引きこもってる。

私が言うのもとてもあれなのだけど、かなり堕落してる。

他に行くところもないとは言え、さすがに危なそうなのでちょくちょく顔を出しに行ったりしてるよ。

ジャックもイベリスも主がそれじゃ暇ったらありゃしないと思うし。

ジャックなんかすっかりお使い係になってたし……可哀想に、切り裂き魔キャラなのに。

イベリスは私じゃなくて日頼の世話をした方がいいと思うんだけど、やっぱり頻繁にこっちにきちゃう。能力が能力だから来客に何かしでかさないか心配だったり。


不明晰夢出身の人は大体そんな感じ……あぁ、そうそう。


実束が話していた、狐面の人。


実束が話していた通りなら、もう私の前に出てきたっていいと思うんだけど、全然姿を現さない。

無色だった頃の私の心を守ってくれてたんだから、是非ともお礼を言いたいんだけど……



「……私が会いたいって思っても、来てくれないのかな」

「狐……狐、じゃないか。あの子のこと?それなら、きっとね」

「?」

「恥ずかしいんだよ。どういう顏とか態度で接していいかわからないから、汐里が求めていても中々姿を現せない。自分の行動は全て汐里のためって言ってたけどちょくちょく嘘が混じってると思う。だって、それらは全部あの子自身の意思でやってたことだから。ずっと利己的だったんだと思う。今だって汐里の意思に反してるしね。だから」

「やーーめーーてーーみつかおねえちゃんったらぁ!!!!」

「あっ」

「あっ」

「あっ」


天井から生えてきた“あの子”に私と実束の視線が集中する。

交差する視線、その一瞬静止した空間。

“あの子”は引っ込んだ。


「……だから、そのうちふつうに顔を出すようになるよ。大丈夫大丈夫」

「あはは……そうっぽいね」


あの子には名前がないらしいから、何か考えてあげないと。不便だし。

今見た顔的にはうさぎ族みたいだし、服は青かったから波系統かな。

波多波うさぎ、表記ややこしいから波多波はたなみ うさぎとかどうでしょう。

いつかふつうにお話できたら伝えてみよう……


「……ふふ」


なんだか笑いたくなって、やっぱり笑みがこぼれる。

理由を考えてすぐにわかる。楽しみ、だからだ。


未来が。


この先の現実、が。


現実でだよ?あんな真っ白だった現実が、こんなにカラフル。


いつかあの子、卯とお話しできるかも。


常ちゃんは何をやらかすんだろう。


今どんな世界が生まれてるんだろう。


ここにどんな来客が訪れるのだろう。


私はいつまでこうしてるのだろう……

……と、それは後ろ向きな考えだ。今はいいや。


今結構幸せだから、今だけでもそれに浸っていたい。

希望があるってこんなにいいんだ。


天井を眺める私の視界に、実束がにゅっと入ってくる。


「晴れ晴れとした顔だね」

「……ん」


実束こそ、とは言わなかったけど多分伝わったでしょう。


「ねぇ」

「ん」

「現実は、どう?」


それはあんまり予想してなかった問いだったけど。

自分の今までを。

不明晰夢での汐里を。

それぞれを思い返して……


私は、ちょっと笑いながらこう返した。



「割と楽しい、かな」



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