へびのあし
病院の屋上。
先ほどまで文字通りに何もなかった風景には、次々と巨大な泡のようなものが生まれていた。
ある泡の中には未来的な都市のようなもの、ある泡の中にはただの学校やら住宅街、ある泡の中には森だろうか。
泡は増え続け、泡が更に泡を生み出し、爆発的に増殖しこの世を埋め尽くしていく。
……そんな様子を、縁に立って眺める少年がいた。
どことなく中華風に見えなくもない青い衣装の、金髪の少年。
狐面はつけていない。
「……ようやっとここまでこぎつけました、と。————ね、どうかなおかあさん!」
「うん、すっごくいいと思う。うさぎ頑張ったね!」
おかあさん。
そう呼ばれた誰かは、金髪の少年の隣に同じく立って風景を眺めていた。
煙のようなもやのような、いわば曖昧を視覚化したようなものを見に纏い、更にその上から布……というか、無地の掛け布団を纏った姿。
長く、そして透き通った青い髪の少女。
歳にして16歳かそこら……高校生ぐらいか。
「えへへー。と言いたいけど、まぁテンプレじみてるけどね、頑張ったのは他のみんなだよ。僕は全然」
「またまたー。慣れないことして疲れたでしょ?ここまで話に関わること今までなかったもんね」
「それは……うん、たしかに。あ、でも中々楽しかったよ?何事も経験って感じだよねぇ。案外悪くはないのかも……とか思ったけど、やっぱりだめ。今回みたいな特例じゃないとはっちゃめちゃにしちゃう」
「それは私も同じだね。……波季とうさぎコンビもそういうとこあるよね」
「波季は台風の目だから……苗字無しもよくあんなのに付き合えるよねぇ、ほんと。僕でさえそれなりに相手するの苦労するのに」
「なんでああなっちゃったかな……あれはあれで楽しいからいいけど。見ててなんか元気になるし」
「それはそうだね、うん。それでたまーに見せる弱い部分がー…………あ?」
「ん?どたの?」
不意に声を上げた“うさぎ”。
“おかあさん”がどうしたのかと隣を見ると……“うさぎ”が不自然に片腕を前へ伸ばしていた。
まるで引っ張られているような……
「これ……あっ、まさかえっうそぉ!?」
それが何なのか“うさぎ”が理解すると同時のことだった。
一つの影が、外側から……
「あ……」
頭の上を飛び越えるそれを“おかあさん”が見上げ、追いかけ……
それは着地すると共に、くるりと右足を軸にして“うさぎ”たちへ振り返った。
「いたいた、来ると思って……た……ありゃ?」
「……来ちゃうかー……ここまで……」
鉄を出し、鉄を操り、ついには鉄となった文字通りの鉄人。
停止した世界の事実上の救世主にて、バグの発祥地。
狐「じゃあ改めて確認するよ。お前さん、最後呼び止めた時に僕の指に鉄を括り付けてずっと切らなかったって事でいいのか?」
「そういうことになります。えーっと、あなたなら知ってるよね。あの教室でさ、汐里がジャックに連れ去られそうになった時のことだけど。あの時鉄で掴んでたら一緒にワープできたんだよね。だから消えるあなたにもつけたままでいけるかなーって。引っ張られたら困るから伸びるようにしたけど」
そう語る実束は指先をくるくると動かし、その通りに狐面の指もくるくると動く。
「で、鉄を通してあなたを感じ取れるようになったからこっちに来たって思って……鉄を辿って跳んできました。汐里には“ちょっとお花畑摘み取ってくる”って伝えてね!説明終わり!」
狐「おーわーってないっての。なんでこんなことしたかってところが全く語られてないぞー」
「あ。うん、それはこう、これから話すつもりで……こほん。まぁ、その。あなた、結局肝心なことは話さず消えちゃったからさ、説明してもらおうと思って。私に何かさせようとしてるとなると、成果を確認するために戻ってくるはずでしょ?そこを狙いました。……あなたが居なくなった後、疑問というか訊きたいことも増えたしね。……たった今も」
指で遊ぶのをやめ、ゆっくりと実束は視線を移す。
知っている顔、だけどおそらく知らないその人物へ、だ。
「……初めまして。あなたは、
「……う、うん……はい、汐里です……」
「そっか……じゃあ、そういうことでいいのかな」
狐「大体想像はできてる?」
「うん、まぁ。狐じゃないあなたに会って、なんとなく」
狐「なるほど。……ね、おかあさん。もうこうなったら無理じゃないかな」
「……かも。うん、できれば知られたくはなかったけど、こうなったら仕方なさそう」
狐「じゃあ、改めて自己紹介するね」
「うん。あ、私の分もお願い」
狐「はーい。……ではでは、今度こそ正式に
狐面は、狐面をどこかに投げ飛ばしつつ、いつもの調子で語り出した。
「僕の名前は……無い!設定が存在しないって設定だからね。とはいえ名前がないと色々不便なので、おかあさんが仮に付けた名前がある」
「……
卯「あ、それでおかあさんは知らないご存知の
潮「厳密に言うと紡だから、まぁそれで。実束は好きに呼んで大丈夫、です」
「私も自己紹介の流れを感じる……!えっと、
潮「今回はうさぎがお世話になりまして……」
「えっ、いやこちらこそこう、色々助けてもらったみたいで……わぁ、なんかすごく戸惑う」
潮「私もかなりこう、やりづらい……当然だよね、実束から見たら知ってるけど知らない人なんだし……」
「……やっぱり……知らない人、なんだよね?」
確認するような問い、それに紡は布団を羽織り直して答える。
潮「うん、知らない人。同じ顔、同じ名前だからややこしいけど……」
卯「こっちにも僕に相当する存在がいたんだろう?どうだった、僕だった?」
「狐面を勧めたら何か感性にヒットしたみたいだったよ」
卯「うん、僕だね。……おかあさん、もしかするとこっちの僕らはあんまり変化はないのかも?」
潮「かもかも」
「……。」
さっきから狐面……もとい、卯の態度が紡に対してとても柔らかい。
というか退行しているように見える。
自分と話している時はそんな様子無かったのに、と記憶を読み上げて……そういえば、言葉で攻略しかかった時にそれっぽい様子があったような……とか、実束は考えていた。
多分紡に対して振る舞う、あの卯こそが素なのだろう。
そして、やはり実束は気になってしまった。
こことは違う場所、違う世界からやってきたと思われる二人。
この二人は一体ここに何をしにきたのだろう、と。
「ねぇ、二人とも。……もっと詳しい話、聞かせてほしい。二人が何者なのか、どこからきたのか、何をしにきたのか……」
二人は顔を見合わせて、すぐに笑いあって、次の瞬間にはその場にテーブルと座布団が現れた。
卯「いいだろう、存分に語ろう。……今更もうショックを感じることもないだろうし」
潮「ここまで頑張ってくれたあなたには、多分知る権利もあるだろうし」
卯「ね」
潮「あるある。あ、主にうさぎが喋ってね」
卯「うん」
うさぎはぴょんと座布団に乗っかり、紡はのそのそと座布団に乗っかる。
実束もそれに倣って座布団の上に座り……
卯「ではでは、語り始めよう。説明下手なので最初から、おかあさんがここを見つけるところからね」
潮「すぅ……」
「ねぇ、汐里寝ちゃったんだけど?」
卯「気にしない気にしない」
「いや、えー?」
卯「はいはいそろそろかぎかっこ外れるからねー?」
事の発端を語ろう。
まず前提として、おかあさんは夢の中の病院に生きる存在。
汐里はこの病院以外の全てを支配下に置いてしまった。自分が
選択しなければ何もない無の世界。選択したものは全て自分が思い描いた通りの無の世界。
でもおかあさんの病院はそんな風にはなっていなかった。
おかあさんが眠るのに使っている自室を拠点として、無限に広がる病院が夢の世界の中に形作られている。
それで、病院の他の部屋はどこかの夢とかどこか別世界に繋がってたりするんだ。
ここの夢って言うのはおかあさんだけの事じゃなくて、他人の夢でもなんでも全て。
おかあさんの夢はあらゆる夢に繋がっている可能性に満ちた夢なんだ。
おかあさんの趣味は適当に扉を開いて誰か知らない夢へ遊びに行くこと。
関わりはしない。ただ見るだけ。邪魔はしない。
それでも未知に満ちた良い趣味だよ。……けどまぁ、その話は置いておいて。
あらゆる夢に繋がってるって言ったけど。
夢、別世界、それ以外にももう一つ繋がっているところがあるんだよ。
それは、おかあさんの夢と別世界の中間ぐらいの存在。
おかあさんが……おかあさんの無意識が作り出した世界。
そのね、おかあさんの能力はなんでもできる万能なんだけど、おかあさん自身の性格もあってちょっと制御に難があってさ。
いつのまにか、新しい世界を作っちゃったりしてるんですよ。無意識に。
「えっ……その流れだと、それって」
卯「そういうこと。……この世界は、おかあさんが作った世界の一つ。……んー……もうちょっと言うと、夢の世界は夢の世界でも、独り立ちするようになった夢……かな?」
「私は、汐里に作られたキャラクターだったけど……この世界自体も……?」
潮「くー……」
「……あの、ところで今も作っちゃってる可能性とか」
卯「ばっちりあるね」
「しおりー?しおりー?」
はいまたかぎかっこ外すよ。
基本的にそういう独り立ちした世界は、例えるなら母の元を離れた子供のようなもの。原則そっとしておくって決めてるんだ。
もうその世界はその世界だけで存在できる。製作者とはいえ、部外者が関わるべきじゃないって。
おかあさんは言ってたよ。「その世界の自然な形である方がいい」ってね。
ところが、そんなところでこの世界を見つけてしまった。
見れば真っ白。原因を探ってみたら……なんと詰んでるじゃないかと大慌て。
これがこの世界の運命?でもちょっとあんまりじゃない?
まだこの世界には可能性がたくさん詰まっているのに、このまま終わってしまうの?
おかあさんは悩んで、悩んで……決めました。
ちょっかいだそう。
卯「そこで派遣されたのが僕ってわけさ。さて、この世界を救うにはどうすれば良いと思う?」
「はい、旧狐面の人」
卯「どうぞ枳実束」
「そもそも私、何がどうなってるのか理解してません」
卯「えっ」
「汐里に色々訊く前にこっちに来たし」
卯「えっ」
では、ではでは、じゃあ、うん。
この世界が抱えていた問題を話そう。
汐里の力が突如現実で解放、世界は何も残さず汐里の支配下に落ちた。
世界は汐里の思い通りになるため初期化された。汐里が思えばその通りになる思い通りの世界の完成だ。
だけど汐里は全くそれを望まなかった。
だってなにもかも思い通りの世界なんてつまらない。
だってなにもかも思い通りになるってことは、信じられるものがなにもなくなるということ。
自分が自分として存在するためには自分以外のなにかが必要なんだよ。
仮に密室に閉じ込められていたってそこには“自分以外”になる壁が存在している。
だけどこの世界の場合は、自分以外も全て自分だったんだ。
何をしても何も変わらない、自分を自分に変えても自分ってだけ。
そんな状態になってしまっていたんだよ、この世界は。
さて。そんな場所に僕がやってきた。
この状況を打開するためには、汐里にとっての自分以外が必要だった。
だがそこで僕が突然どーんと現れたらどうなるだろう?
……ぶっちゃけわからない。だけど僕はこの世界にとっては明らかな異端だ。
混沌の元とも言う。正直何か悪い感じに事が進むと世界が崩壊するとかそういうありがちなことにも繋がらないとは言えないくらいどうなるかわからない。
危険。かなり順位は下の方の手段ってわけだ。
というわけで、おかあさんの「その世界の自然な形である方がいい」という思想に基づいて、遠回しに行動を開始したのさ。
具体的に言うと、汐里の夢の中の誰かに“自分以外”になってもらおうと思ったんだ。
「それが私だったんだね」
卯「そう、それが実束。不明晰夢において汐里のパートナーってぐらいの立ち位置にいるのがわかったからね、まさに適任と思った」
「パートナー……。それ、どうやってわかったの?」
卯「僕に、いや僕らに“どうやって”を訊く?……とは言うものの、なんでもできる僕でもおかあさんでもわからないものもある。未来とかそういう通常知り得ない情報が開示される条件は今ひとつわからないけれど、他の世界を覗いてる時ほど未来とかが分からないことが多いかな……そう、こんなイメージだ」
卯「世界には本筋となる運命がある。何事もなければその通りに動き、何かあっても自然とその流れに戻るような力がある。僕らはその本筋の未来なら観測しやすいけど、そこから外れた所は見にくいのかもしれない」
「部外者のあなたが関わった結果どうなるか、がわからない感じに」
卯「そう、そういうこと。……無論、それは能力上の話。人間には想像する力がある。シミュレートができる。能力が及ばないなら想像するまでだ。僕人間じゃないけど思考レベルとして人間っぽいから突っ込みは無しね」
僕が最初に接触したタイミングは、まああそこだ。
汐里が常に刺されて紡として出てきて好き勝手遊んで……実束が起きた、そこで僕が夢に接触を始めた。
バレないように色々手を加えてからね。本来なら“そっちの僕”が出てくるところに僕が参上。“そっちの僕”がするはずだった帳尻合わせ等も代わりに行いつつ、実束に細工をしましたとさ。
何をしたか。端的に言うと、汐里の夢から解放した。
自我を持たせたと言っていい。あの時から実束は夢の中の登場人物ではなく、夢の中に存在する個人となったんだ。
夢の流れに左右されない。流されない。
身に覚えあるでしょ?帳尻合わせの影響も受けなかったし、“不明晰夢”のループが終わった後も一人だけループから外れた。
登場人物じゃないからね。
それで、わかってるよね。いよいよ僕が積極的に関わり始める。
まず実束には汐里を起こしに行って貰う必要がある。
いやね、ここからが長いんだよ。ほっといても起きることは起きるけど、あれだけループしても起きなかったことから分かるようにとにかくそれまでが長い。それと今後のためってところもあって、とにかく実束が起こすことが重要だった。
それで。汐里本人が眠る病院にはすぐに連れていけるが、しかしそこには門番がいる。
ご存知こっちの僕。汐里ね、起きたいって気持ちはあるけれど基本的には起きたくないって気持ちの方が大きいんだ。なので起こしに行った場合汐里の代わりに抵抗しにくる。
ここで実束が負けたとしたら登場人物に逆戻り。しかも警戒も厳重になるだろう、僕が再びちょっかい出すのはかなりのリスクを伴う。できれば一発で通って欲しいところ……やっぱり確実がいいよね。
そんなわけで修行の始まりだ!
「ちなみに未だにちょっとあの所業は許してないよ」
卯「うぐ。いや、ほんと申し訳……ごめんなさい実束お姉ちゃん……」
「ここぞとばかりに素を……でももっといい感じのやり方があったと思うんだけどー」
卯「だってがんばってもらう方法なんてわかんないし……僕が悪役っぽくなった方がいいかなとか思って……やったことないけど、とりあえずそれっぽい言動とか意識して……えっと、どうだった?」
「極端過ぎる」
卯「うぅー……こほん、こほん。……とにかくその、今は続けるからね」
省略して、実束は無事にこちらの僕を突破。見事なビームでした。
そして無事に夢を終わらせて、夢は閉じて透明な現実で汐里が目覚める……と。
そして
「はいはいはい!ここから色々訊きたい!」
卯「まだかぎかっこ外したばかりなのですが!……でもわかるよ、うんわかる。そうだよね」
「汐里は起きた?らしいけど。私さ、気がついたらそばに病院がある以外なんにもないところに立ってたんだけど!」
卯「だからそこを今から説明……いやいっかこのままでもう。この世界が抱えていた問題は話したよね?」
「全てが汐里だからなんにも動かない」
卯「概ねよし。あのまま夢が閉じると実束は登場人物と同じように夢の中に閉じ込められる。なのでちょろっと僕が引っ張り出しておきました」
「全然わかんなかったんだけどー?」
卯「もう関わる気はなかったからだよ。ここで経過を見て大丈夫そうだったら帰る……ってところで実束が来たんだって」
「ふむ、なるほどなるほど。……それでさ、窓の向こうから汐里の気配を感じたので入ってみたところすごくびっくりされて」
卯「汐里にとって、今の実束はもはや他人だからだよ。汐里が操作しなくても自分で思考して自分で動く存在」
「………………あ、わかったつまり!」
卯「そうつまり……え、ちょっと待ってそれ僕の
汐里が言ってた。私が自分が作った人形じゃなくて、私の意思で……とかなんとか。
あと私が不確定要素とか、そういうことも言ってた。
実際のところ私はあなたに助け出された訳だけど、汐里は私が自分で夢から抜け出したと思い込んでた。
汐里の中で、私は汐里の意思とは関係なく夢から自分で抜け出した存在。
汐里の意識の外で動いた存在だったって訳ね。
確認するよ。
今まで自分の意思以外で動く事のなかった世界から、勝手に動く存在が現れた。
汐里は目の前で私の存在を認めた以上、世界が自分の意識以外で動く可能性を否定できなくなった……ううん、勝手に動くことを信じられるようになったんだ。
その結果があの泡たち。
さまざまな“可能性”が生まれて。
“可能性”はまるで人の夢のように膨らんで。
そうして一つの世界を形成する。
そして“可能性”に満ちたその世界からも、新たな世界が生まれる!
「……ってことだよね!」
卯「合ってるけど!合ってるけど!僕が説明するところー!」
「やろうと思えばできるものなんだね。やり方はさっぱりだけど」
卯「そりゃ、まぁ……実束だって身体を構成してるのは汐里の力だもん。汐里の力は大体おかあさんが持ってる力とおんなじ、それで僕もおかあさんと大体同じことできるから……たぶんできるはできると思うよ」
「やる気が大事。理解!」
卯「まぁね……それで、こんなところで質問することはなくなった?」
「んー……うん、わからなかったことは大体聞けたかな」
卯「ならそろそろお開きだよ。想像以上に長くなっちゃったし……おかあさーん?」
潮「…………んにー……?」
卯「そろそろ帰るよー?」
潮「……ぁー……うん、うん……」
テーブルがどこかにぶん投げられ、座布団が回転しながらどこかに飛んでいき、紡はよろりよろりと布団に包まれたまま浮き上がる。
浮き上がるだけ。立たない。立つ気がない。
「いつもこんな感じ……?」
卯「割と。こっちの汐里もたぶんこうなるんじゃないかな」
「そっか……がんばる」
潮「お世話する気満々だねー」
「そりゃもちろん。……って、起きた?」
潮「んー。まぁ、それとなく……ふぁ。疑問は解消できました?」
「うん。……あ、いや、そういえばまだひとつだけあった」
卯「ありゃ。なにかね」
「力のこと。ねぇ、あなたも汐里も持っているその力って……なんなの?」
最後の問い。
全ての原因への問い。
うさぎは口を開くのを躊躇っていたようだが、紡はすぐに口を開いた。
潮「まず、ここの話ね。たぶん、もうわからないと思う。世界が初期化される際にまとめて闇の中、って感じ。その時点で真実は汐里……の意思で捻じ曲げられちゃうようになったから」
「そっか……じゃあ、あなたは?」
潮「…………後悔、しない?」
「…………後悔」
紡が少しだけ目を細める。
全てを悟っているような、その表情。
見下ろされる実束は、急に目の前の存在がどこか遠くから語りかけてきているような感覚を覚えた。
実際……
この世界の創造主。言うなれば、神。
そんな存在が、覚悟を問う。
「しないよ」
だが実束は軽くそう答えた。
覚悟なんかとっくのとに決まっている。
返答を受けた紡は瞳を閉じ、そして……
そして、震え…だした?
潮「……ふ、ふふふっ」
「え?」
潮「いや、ごめんね、ふふふっ……実は私も知りません」
「えぇー?」
笑いと共に残念な答えが返ってきた。
先ほどの雰囲気はすっかり吹き飛んでいた。空中で布団にくるまって背を丸めて笑う神に威厳とか威圧感とかを感じろって方が無茶なものではあるが。
潮「あははは、気になったこともないんだよ。気にしてないの。だって知ったところでどうしようもないから、知ったところで何にも変わらないから」
「そう……そうなんだ」
潮「でもね、ちょっとほかの所からなら考えたことがあります」
もぞもぞと布団から片腕を出して……ゆっくりと空を指差した。
潮「この世界を作ったのは私。この世界から見て、私の世界はひとつ外側にある。私の世界から見て、この世界は石ころくらいちっちゃなものの中にあるイメージ。石ころ、無数に転がってるでしょ?そのくらい沢山の中の一つ」
潮「でも、私が生きる世界が、石ころの中じゃない証明なんかできない。……石ころの中って証明もできないけど」
それは、考え出したら途方も無い話。
だけど実束は既に外側があることを知ってしまった。
目の前の紡も、散々自分が作った世界を見ている。
つまり……
潮「まぁ、さ。もしかしたら、私の生きる世界は誰かの夢で……誰かが、そういう風に私を作ったのかも……ね」
「結局、わからないんだ」
潮「そ、わからない。あなたは幸運にも不運にも、私たち外側と接触したけれど。私はこの先そんな経験できるかどうか……したいような、したくないような?」
「…………」
潮「…………そろそろ指戻していい?」
「あ、はいどうぞ」
寒い寒い、と呟きつつ再び紡は布団にくるまった。
潮「まぁそんな感じなので。あんまり深く考えずふよふよと過ごすのがいいんじゃない……かな!」
卯「そんなわけだから。僕らはそろそろおいとまするよ」
「うん。……もう会えない?」
潮「そうだねー。こうして関わること自体が初めてだし……できれば干渉は避けたいし。これが最後になるかな」
卯「それにわざわざ会う必要もないでしょう。ここにも汐里はいるし、僕だっているし」
「ん、確かに……確かに?あれ、ねぇ」
潮「ん?」
卯「はい?」
同時に首をかしげる二人。
問いは最後と思っていたけれど、実束はまた疑問を見つけてしまった。
「そっちに、私っている?」
潮「いないよ」
即答。
「えっ、いないの?」
潮「いないいない。だから新鮮な気持ちであなたという存在を観察できたけど……ふふ、こっちの私が羨ましいな。んー、やっぱりできたら度々こっちに二人で遊びに来てもらいたいかも。こっちの私と話してみたい気持ちあるし」
卯「おかあさんおかあさん、自然な方がよかったのでは」
潮「こうなった以上、むしろ大丈夫な範囲で関わるのが自然な気がしてきた」
「……ふふ、結局あなたのさじ加減なんだね」
潮「そうだよ、私のさじ加減。私は誰に縛られてる訳でもない。強いて言うなら、縛っているのは私自身。……そして解くのも、私自身!」
くるりと回って、布団を翼のように広げ。
宣言。
潮「決めた!前言撤回!これも縁です、定期的に交流することにしました!」
卯「多数決を求めます!」
潮「いいでしょう!賛成の人手を上げてー!」
三人が同時に手を上げた。
潮「満場一致!じゃ、そういうことで。落ち着いた頃にまた顔出すね、それまでさよーならー」
卯「上に同じー」
紡が空へ登って消えていき、うさぎも続いて消えていった。
あっという間に。
「……急に眠ったり、急にテンション高くなったり……ほんとに汐里もあんな風になるなのかなぁ……」
そんな“未来”を想いつつ。
疑問も晴れ、当初の目的も達成できた実束は“今”の汐里の元に戻るために実束は屋上から飛び降りる。
世界にはもう、星の数よりも多くの泡が浮かんでいた。
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