おはよう











自分の息が意識的になるのに気がついて、それで自分の意識がどこにあるのかにも気がついた。




頭にはまだ柔らかな気配が纏わりついていて、だけど起き上がるとそれもどんどん消えていく。

赤ん坊みたいに暖かい身体が一気に冷えていくのと同じ。

優しい世界から、私の思考は冷たい世界へ向いていく。



……実束みつかったらもう。あんな雑に終わらせるなんて。



私の夢らしいと言ったら、私の夢らしい気もするけど。

しんみりさせるよりは良かったのかも。そううまくはいかない現実へ意識を向けるのには良かったのかも。

私がそうさせたのか、実束がそうさせたのか、それもよくわかんないけど。


目を開く。


自分の部屋だ。視界から得た情報でそう認識する。

病室の壁。ベッド。窓。それだけ。

自分の部屋。

……自分の部屋。ここは、自分の部屋。

夢を見ている間は忘れていた、思い出さないようにしていた情報が蘇ってくる。



そもそも何で私は起きたくなかったのか。

私は夢に逃げていた。なら何から逃げていた?

その理由が目の前にある。



ああ、そうだった、と。


そんな風に、窓の外を見てぼんやり思った。


見える世界は白。

全てが白。

何もかもが白。


白がそこにあるわけじゃない。

何もない。白、と表現するしかない……透明だ。

この部屋以外は、この病院以外は、全てがそれ。


そう、この現実は。


私が存在する、現実の世界は。




この世界には・・・・・・



ここ以外、何も・・・・・・・存在しない・・・・・






………………………………。






私は身体が弱かった。

らしい。


どんな風に身体が弱かったかはよく知らない。

定期的に病院で入院する病気、体質なんてあるんだろうかって思うし、もしかしたらあの頃から私は異常・・が起きてたのかもしれない。


もう過去のことだからどうしようもないけれど。

なんだってもういいんだけど。


私は学校でも当然のごとく浮いていた。

たびたび入院するからクラスに馴染めない?始まりはそれかもしれない、だけどどちらにせよ性格で馴染めなかったと思う。

だから、典型的なやつだよ。いじめ。

テンプレみたいな順序を私は辿っていた。

でも、テンプレだろうがなんだろうが傷つくのはなんにも変わらない。

ほとんどクラスに来ない人間。普通じゃない様子。運悪く同じクラスにいた子供たち馬鹿共

それらが元で形成された私の“殻”は、成長して多少まともになった人間の集団から孤立するのには十分だった。

周りと違って、殻の中身は成長を止めたままなんだけど。


……それが、私の学校生活の概要。

どうでもいい、よくある、その中でもそんなに深刻でもない、私が悪いだけの話。

何も期待しなかったから、学校に関する記憶はとても薄い。

色濃い記憶はもっと他の場所にある。



私は、入院中ほとんど寝たきりだった。

……現実に期待していない以上、空想にのめり込むのは自然な流れだったと思う。

眠るのが好きだった。

夢が好きだった。

夢のような話が好きだった。

暖かな世界が好きだった。

冷たい現実は嫌いだった。

味気ない現実が嫌いだった。


眠るしかできないから、というのもあるかもしれない。

でも、それでも何より私は眠ることが好きだった。

だからなのか、私は不思議と夢の中でも意識的に行動ができたし、夢を忘れることもなかった。

寝ぼけようにも現実にいるだけで夢は消えてしまう、そう思った時にはもう現実に夢は引きずらずに心の中にしまい込めるようになっていた。


そうして増えていった夢の記憶。

それぞれを忘れることはなかったけれど、何かの記憶が増え続ける夢に埋もれてしまうことはあった。


自ずと私は夢の内容を文字に起こすようになる。

ただの夢日記ではなく、一つの物語として。

……いわゆる、一次創作の始まりだ。



増えていく物語に、変わらない窓の外。

現実は大っ嫌いだけど、夢を見るためには現実は必要。

どちらか一方だけじゃギャップは生まれないし、そもそも私は現実に生きている。

現実で生きているからこそ夢が見れる。よくある表現だけど、光と影の関係だ。

現実に晒された私の影、それが夢。……ええ、日陰を好む日陰者ですとも。

そんな私は、日中はスマホでネットサーフィン、夜はたくさん眠る。そんな生活がずっとだった。

思い返すと酷いニート生活。それ以外できないから仕方ないでしょ、なんて言い訳は意味がない。当時の私なら多分言った……いや、言いもせず無視かもしれない。

とにかく。

私の日常はそれだ。スマホで書き上げたものはどんどん増えていき、色んな人の創作とか読んでアニメやらなんやら見て夢を楽しんで、堕落に堕落を重ねて……体調の治りはどうだったんだろう。今思い出せないというより、元々興味がなかった気がする。

破滅的な暮らしだ。無駄に生きている。

興味がなかった?今が続いて欲しかった?もうやめたかった?

どれもが本心の一部だ。気にしていると気持ちいい・・・・・生き方はしていなかったのは確か。


そんな私の生活に変化が訪れた。


現実?なんにも変化ないよ。変化があったのは夢の方だ。

ある日見た夢は奇妙だった。夢を見ている、というのはわかる。だけど、それにしては意識がはっきりし過ぎていた。

そして夢の中に入った時から、私は自分が眠っている病室の中にいた。現実と錯覚するほどまるっきり同じ部屋の中だ。

でも、身体は煙のように軽かった。歩く必要もない、ゲームの中で一人称の画面が動くように、つまりは滑るように移動ができる。

扉の向こうも知っている病院の中の景色。ただし私以外に誰もいない。

電気だけは点いている無人の病院。気味が悪い……とは、不思議と感じなかった。

私は、そこが自分の夢の中だと理解できていたから。

不安に思うことはない。怖いことは何もない。

……ここは・・・自分の場所だ・・・・・・

そこまでをなんとなく理解した私は、すぐに行動を始めた。



しばらく探索をしてわかったこと。

この病院は私の夢の世界、は元々わかっている。

夢は夢でも、もっと様々な夢に繋がっていることがわかった。私が今まで見てきた夢に、だ。

夢の中で目覚めたいつもの病室、それ以外の部屋はそのままいつか見た夢の世界になっていた。

この病院の中には、心の中にしまい込んだ夢への扉が無数に並んでいたのだった。

なら、ここは私の頭の中?夢の中だから当たり前か。


いつか見た夢の世界は、今改めて見るとおかしな要素が多々あった。

太陽が無いという事に気がついた瞬間真っ暗になってしまったり。

謎の言語を話しているという事に気がついた瞬間に会話内容がわからなくなったり。

おかしな所を挙げればキリがない。それらを無視していられたのは、当時の私が夢見心地だったから……じゃあ、今は?

夢の中で夢を眺めている私は、夢見心地ではないの?

酷く意識がはっきりしているのは最初からわかってた。……不意に、頭にひとつの可能性がよぎる。

もしかして……この世界は、夢だけど。

私は、夢を見ていない・・・・・・・んじゃ————


ぼんやり夢を眺めていた私は、急に恐ろしくなってとっさに頬をつねった。



視界が閉じて、空いた時に映ったのは病室の天井。

身体は重い。夢を見ている感覚もない。現実。

それを認識した瞬間に一気に身体から力が抜け息を吐き出す。


……奇妙な夢だった。

夢ということはわかったからいいけれど……現実と夢がひっくり返ったか、現実が夢になってしまったのかと思ってしまった。

それにしても、明晰夢と言ってもあれは異常だ。あんなに意識が明確で目覚めないのはおかしい。

もしくは、そこまで含めて夢の内容とでも言うんだろうか……

気になった私は、息を整えてからもう一度目を瞑



瞑って、開いたらいつもの病室。

今度は夢を見ている感覚がする。身体が軽い。あの・・夢の中だ。

……いや、いやいやいや。目を瞑った所までは覚えているけど、いや、所まではというか、瞑った瞬間にこっちに来なかった?

来たばっかりだけど、今度は頬をつねらず意識しつつ目を瞑って



開いたら重い身体。現実感。目を瞑っ



もう一度開いて、何が起きたかを改めて理解した。

私、一瞬で眠ってる?それに一瞬で夢から目覚めてる?

夢を忘れないは特技で済んでたけど、これは果たして特技で済ませていいのか?便利そうな特技とは思うけど私に活かせそうな場面はないし。

一瞬で寝て目覚めるとか身体への負担とか大丈夫なんだろうか。もしかして私の体調とかに何か関係があったり……


………………


汐「……ま、いっか!」


どうでもよくなった。夢だし。


深く考えることをやめた私は、この場所についてもっと知る為に適当に扉を開けて、その向こうへ飛び込んだ。






潮「……こほん、こほん。はろー?」

潮「はろー。……じゃない」


何日経ったのか、ほとんど夢の中にいるから現実での時間の経過がよくわかんない。別にどうでもいい。

私は目の前の人形を喋らせようと四苦八苦していました……人形、二つの意味で人形。

うさぎって名前のうちの子、簡単に言うと動く人の子供サイズの人形って感じのキャラなんだけど(容姿は重要じゃないので省略するね)、ふと思いついてそれを目の前に作ってみた。

……ああ、そうそう。夢も現実も意識がはっきりしすぎててわかりにくいので、夢の中で私は織潮おりじおつむぎと名乗る事にしました。姿もなんかすっごく青くしておいた。主に髪とか。これならぱっと見で現実と間違えない。


話を戻します。

所詮ここは私の夢なので、ここで起こる事は基本的に私の意識の範疇。

うさぎを喋らせようとしたものの、喋らせる・・・・私が喋る・・・・が混同して中々うまくいかない。

できたら半自動的に、それこそ無意識に動かせられればいいなって思うのだけど、しばらくはぎこちないおままごとになりそうだ。

いやその、会話できたら楽しいかもとか思ったのです。ただのひとりぼっちの人形劇だけど、今まで創作で散々やってるし。

私も今は汐里ではなく紡なので一人のキャラクターとして捉えられなくもない、し。言い訳がましくても実際いけたらおっけーです。私の夢なので異議は通しません。


潮「……というか最初に何喋らせよう。うさぎっぽい台詞……私に向かって言いそうなこと?作者に向かって?いやいやいややだよそれ……やだならなんでやったの私。楽しそうじゃん。新たな可能性じゃん。うん、そうだよね……うん……とりあえず」

う「ここはおはよう?ここはおはよう?あー待って、今度あー待って、今度は同時には同時に

潮「喋っちゃってる、し!……喋るのこっちじゃないー……」






潮「今更なんだけどさ、私って見る専門だからこうして会話するのには向いてないんじゃないかって思えてきました」

う「すごく今更だね、もうこっち時間でいくら経った頃と思ってるの?」

潮「こんな風にそれっぽく話せるようになるまで、みたいな時間は必要だったと思うよ。私はこう、自分は私ではなく織潮紡だーって暗示らしき事したらまぁそれなりに喋れるようにはなったけれど、結局織潮紡も“私の代理”ってキャラなわけで、そこで違和感はどうしても生じるわけで」

う「やらないとわからないってやつね」

波「チャレンジ精神大事」

う「波季なみきはチャレンジしすぎで危なっかしいんだけど」

波「危険はないよ?」

う「それは知ってるけどそれがわかってても危なっかしいんだってば」

海「この前も家吹き飛ばしたでしょお母さん」

波「アレみたいだったね。あの……なんたらおじさんの空飛ぶ……」

カ「スピードも軌道も違いすぎる」

リ「あれやっぱりなみきだったんだねー。くわばら」

鈴「うさぎちゃん、それ大丈夫だったの?」

う「空中で現夢が変形してなんとかなった。アレみたいだったね、かっこつけて落ちてるだけみたいな」

潮「……あと、そう。私だけメタ的立場だから、こうやって人数が増えると私が混ざりにくいっていう弊害も発見したのでした」

う「じゃあどうしろと?」

潮「やっぱりみんな帰って……」


みんながぽしゅん、と煙に消える。


一気に静かになった。部屋には私一人。

実際にわちゃこちゃできるようになってわかったけど、やはり私は当事者になるべきではない。

ゲームとかでもアニメとかでも読んでる時とかでも、私は常に外から世界を見ている存在だった。

なら、夢でも同じ方がいいんだ。それでときどーきやりたい時だけちょっかい出す感じで……うん、そんな感じがいい。

そうと決まれば早速取り掛かろう。まずはそんな風・・・・になるような仕組みを作らなきゃならない。

漠然としてるけど夢なんてそんなもの、とは言え漠然を意識的に作るのは中々イメージがつかず……わかってはいるんだけど、わかってはいるんだけど。

とりあえずここはこれでいい。私の部屋は私一人なのがいい。

変えるべきは他の場所……この部屋からでもみんながわちゃこちゃやってる様子を見れればいいな。

それってもう夢を見てるようなものじゃない?……夢の中で夢を見る?その意識、その方向性がよさそう。

なにやら訳わからないことになりそうだけど、大丈夫。

ここは夢だから。そのくらいの事はうやむやになる。

曖昧だからこその夢だ。






おはよう。

……じゃない、ここも夢だ。私、今紡だもの。


そもそも夢を見てたのでした。夢の中で夢を見るのが当然になってるけど、ちゃんちゃら可笑しいね。でも時間はほぼ無制限だからお得感満載。

何より常に質が良い。ちゃんと夢の内容を認識できる状態の睡眠ってあんまり質が良いものではないけれど、私は眠ってるの変わらないし。

夢の中での睡眠の質か悪かったって現実の睡眠の質は関係ない。はず。

ベッドから起き上がる。ちょっと散歩でもしよう。

どこに行く?適当なとこ。みんなのとこ。

あれから色々見たものの、明確に認識が届く個体はうさぎ達だけだ。

うさぎと、カナトと、クロト……は最近影薄いな。波季に、波止葉はとばに、千波ちなみに、木雲こぐもに、鈴歌れいかに、リミリィと、あと日照ひでり波波はなみは暴れん坊すぎて私と話すのには向きません。あ、鐘歌しょうか忘れてた。あの人もなんか私と話すのには向かない……


う「ありゃ、珍しい。そういう気分なの?」

潮「そういう気分です。あ、増えないでね。何であれ集団は苦手。集団の中に放り込まれたら壁になるしかないよ」

う「慣れ親しんだ間柄でも、か。むしろそんな仲だからこそ?」

潮「内情は違っても結果は変わらないと思う。あと、そういう気分なのはあれです。たまーに散歩すると結構気分がいいやつ」

う「曲聴きながら歩くのは楽しいね。……あ、つまり僕は音楽プレイヤーか」

潮「そういうこと」


認識してしまえばそれまでって話だけど、この会話だって結局は独り言だ。

会話のふり。今どこを歩いているのかも知らない、認識してない。

でもそれを考えてしまった瞬間気になってしまうから、適当に謎の道とでも設定しておく。整備された土の道、周りには草むらと木々。

これでいい。話しているうちにどうでもよくなるでしょう。


う「しかし疑問だけど、果たしてこんな感じの道を実際に通ったことがあるのか」

潮「ないでしょ、多分。……そもそもこんなファンタジーな道、現実に存在してるかどうか」

う「存在はしているでしょう、無論のこと数はとても少ないが」

潮「そして私は出歩けません、と。実際歩いたら虫とか多そうでやだな」

う「ちょっと考えたけど、これだけ周りに木が生えてるなら今歩いているこの道とかも日光で遮られて薄暗くなりそうなものだよね」

潮「整備されているとは考えたけど、うん、その辺りまで整備してるんでしょう」

う「そりゃまた大変な。道を遮る枝を全て切り落とすと」

潮「今こうなってるから、そういうことなんだよ。夢の世界において中身とか理由とかは後から追いかけてくる」

う「現実みたいにまっすぐ時間が進むわけでもないしね。例えるならジェンガタワーかな。最頂部が。過去を崩したら当然どんがらがっしゃんだ」

潮「対して夢は最頂部だけがふよふよ浮いていて、認識しようとすると次々と過去が出来上がっていく。別に認識しなきゃ過去はないままてっぺんはふよふよ浮いている」

う「ちゃんちゃらおかしいね」

潮「だからこそ、堅苦しくなくて好きなの」


意味が無いように思える会話、実際意味なんか何もない。

ただ私が何となく楽しいだけ。そもそもそれだけの為だ。

……いや、ん?そんなこと考える必要ないのに、なぜいちいち思考してしまうんだろうか。


う「理由付けが活発になってきてるって?なら、もうそろそろ近いんじゃないか」

潮「……あぁ、そういうこと。無意識に理由付けが必要になるってことは、そうしないと維持しづらくなってるってことだね、うん」

う「同時に、潮時って訳だ。……汐里だけに?」

潮「うまいのかうまくないのかも私だけじゃ判断できないや。何はともあれそういうことならそろそろお開きだね」


立ち止まって、無造作に後ろに倒れればいつものベッドの上だ。


う「夢に縋り付くのはほぼ無意味なことが多い。もう起きかけだからね」

潮「再び眠ることは難しい。更に寝起きもあまりよろしくなくなる。私はすぱっと起きれるけど、まぁそれはそれとして」

う「気分的な問題。ま、僕らの場合はもう一度寝れば続きなんてちょろっと見れるし縋り付く理由もない、と」

潮「そんな感じ。それじゃ、ちょっと行ってくるね」

う「はいはーい」


目を閉じて、ぐるんと世界が回れば



目覚めた。

自分の髪と格好を確認。普通。私は睦月汐里。


何時間くらい眠っただろうか。

平均的には8時間とかそこらだけど、最近は確か12時間とか寝てたような。気がする。

いちいち気にしてないと当然記憶にも残らない。死にそうになってもここは病院だしどうにかするだろうし、死にそうにもならないし。

なんの治療をしているかも知らない、別に怒られないからこのままを続けてる。このままでいいんだろう。


とりあえず伸びでもしてみる。現実は基本嫌いだけど、全てが嫌いな訳じゃない。朝は暖かな始まりを感じて結構好きだ。

寒いのは嫌いだけど、ちょうどいい気温の上で太陽がいい塩梅の明るさで外にあるととてもいい。何をするわけでもないけれどさ。

でも、どうやら今太陽は外にはなさそうだ。暗くもないから曇りかな。

曇りは一番嫌い。特に陽の光を透かしもしない厚い雲は大っ嫌い。雨降ってくれた方がマシってものです。

ちらりとベッドから窓の外を見ると、やっぱり真っ白。ああ、曇り。

早く頭から忘れよう……

……いや、待って。


起き上がって、久し振りに床に立って、違和感を確かめに行く。

窓際。今度は窓から顔を出して、ちゃんと外の、風景を。


「———————?」


何もない。

白。白。白。違う。

訳がわからない。何もない。

なんで、何もないってわかるの・・・・・・・・・・

部屋の外から音がしない。

窓から扉へ駆け寄って、廊下へ飛び出しても誰もいない。人間の気配が無い。

人間の気配が無いってなんでわかるの?

私はなんで廊下に飛び出せた?寝たきりでいきなり機敏に動けるはずない。


「なんで」


私は、誰?睦月汐里でしょ?

ほら、服も病院の服で、髪だって青くなんかないそのままの色で、

ただの人間だよなんで身体が軽いの

頰をつねっても痛くもない、心臓がどんどん高鳴って苦しくなって目を瞑



瞑って開けて、あれ、私は


潮「青い」


潮「なんで青いの?なんで眠ってるの?なんで眠れてしまうの?夢のち夢?夢の中の夢?訳わかんない、わかって、る?え、あ」


訳がわからなく、ない。

事前に知ってたじゃない、たった今私が“何故”の答えを認識して、それって



「嘘、うそ」






………………………………。






回想、終わり。


事の顛末と言うか、別に何も説明されてないけど。

なんの脈絡もなく……少なくとも私は認識しないうちに。

ある日寝て起きたらこうなっていた。


どうやら私には、変な力があったみたいだ。

具体的な名前をつけることは難しい。何せ、なんでもできるらしいから。

『不明晰夢』で日頼ひよりがしていたのと同じように、私も自身の力で自分がなんの力を持っているのかを理解した。多分あの子の元ネタは私自身の体験だろう。……夢は全部そうか。


まぁ、名前を無理矢理にでもつけるとしたら、夢を操る力、かな。

現実でこうして解放される前は夢の中で猛威を振るってたみたいだし。

すぐ眠れるのもすぐ起きれるのもそれの一環……なんだろう、としか今となっては思えない。

私はこの力を自覚しないまま、夢の中で好き勝手やっていた。自分の世界を作っていた。

だって自分の夢の中だもの。誰に文句も言われない。


だけれど、あの日から私の力は現実にも及んでしまった。

それも少しずつとかじゃなくて。一気に、全解放だ。

“何が起こったか”を求めて私の力が出した答えは、こう。

世界はリセットされた。

何故。私の支配下になったから。

私は、あらゆる全てを自分で決められるようになった。

それは、つまり私が決めなければ世界は動かない事も意味している。

だから……何も定義されて・・・・・・・いない状態・・・・・になっているんだ。


この部屋の、この病院の外にあるものは、今まで世界だったもの。

世界を形作っていた、言わば素材。

それが分解されて、定義されずに空間に満ちている。


……そう、私はこう認識したんだった。

様々な色が混ざり合って描かれた広大な絵は。

一つ残らず元の色に戻されて、塗られる前に戻されて、世界は何も色が乗せられていない状態に戻った。

筆を持っているのは私しか、いない。




窓の外を見るのをやめて、ベッドに腰掛けた。

相変わらずの無音。

この無音にも慣れた。


……事実を飲み込むのにかなりの時間を要したよ。

それから、元に戻そうとはしたよ。知ろうと思ったらリセットされる前の世界もわかったから。

わかったけど、わかったから、駄目だった。

知ろうとした瞬間に様々な情報が流れ込んできて、それは以前の私は知らないことばかり。

ただ人間の配置とかだけじゃない、概念的なものも————思考ストップ。

これ以上は考えない。……知りたくない。

情報が流れ込んだ時、ふと思ったんだ。

このまま情報を取り込んで、再現して……その先に何があるのか、って。

今の私に寿命は無い。そう答えが返ってきた。


じゃあ私にとっての死は?

寿命が無くなった私が求めるものはなんだ?

力が答えるまでもなく、私の脳裏にも同じものが浮かんでいた。

情報。


世界の全てを知り尽くした時、私はどうなる?


私は次に何をする?


知ろうと思えば一瞬だ。飲み込まないだけで常に手のひらの上にあるんだから。

だけど、飲み込んでしまったら……もう、何もない。


世界のあらゆる動きが私の想像通りだ。


条理とか法則とか夢とか現実とか命とかなんでも、全てが私の思う通りに動く……


…………つまらなすぎる。

そして私が死んだら、私の中にあるこの世界はどうなるの?


消滅する、ってさ。



私は世界を知るわけにはいかなかった。


無知を無知のままにしておくしかなかった。



それにね、次々と気付いてしまうの。

世界のあらゆる動きが想像通り。全てが私の勝手。

元に戻すって言ったって、その「元」は私が定めたもので。

元がそもそも間違っていたら?

そう思って真実を導き出そうとしたって、私の力は私が定めた真実しか示さないんだ。

わかるかな。真実が真実・・・・・じゃなくなったの・・・・・・・・


真実は私の意思で簡単に変わる。

そんなもの信じられる?この力がなんなのか知る時に、なんでこんな力があるのかも知ろうとしたけれど、出てきた答えはなんだったと思う?

いくつもいくつも出てきたよ。最初にひとつ示されて、そんな馬鹿なと思ったらまた別の答えが差し出されてまた別の答えが出てきて思い知った。無駄だって。

世界の全てが私の手中にある限り、私は正しい答えを得られはしない。

こうなる前に気付ければまだ何かできたのかもしれないけど、何もかもが手遅れだ。

なんでこんなことになったのかもわからない。私はこれからどうすればいいのかもわからない。

全てが正しいらしいよ?そんなの選択肢が無いのと同じ動いたって結果はわかりきってる。

何もないんだ。私だけじゃなにも生み出せない。変化は訪れない。

私は何もしなくなった。




気まぐれに、目の前に人形を出してみる。

実束。

喋る事もできるよ、ちゃんと。だって実束だもの。


あの夢は久しぶりに楽しかったし夢中になれた、と思う。

終わりたくないって縋っちゃったもの。……それでも実束が起こしに来てくれたってことは、多分縋るのが嫌になったんだろう。

自問自答。夢に浸りたい私と夢から目覚めたい私が争って、目覚める方が勝った。それだけ。


……何もしない、と決めてから。

本当に何もしなかったけど、「私」は持つ力にそぐわず未だに人間で、だから思考は続けていて。

少しずつ少しずつ、自分が何をしたのかを認識していった。事の重大さとか、色々と。

生も死もあったものじゃないけれど、私は全世界をまとめて滅ぼしたのには変わりない。何であれ、終わらせてしまった。

すると何にもないのに聞こえてくる。怨嗟の声恨みの声、同時に想像されるのは見知らぬ誰かたちが歩んだであろう未来とか。


何にもいないのにね。実際私が恨まれているかどうかもわからないただの想像だけどね。

でも死にたくなった。でも死にたくない。

謝りたい気持ちと謝ってどうなると思う気持ちがぶつかったりするし。

でもさ、おかしいよ。

私は悪くない。

だって私は夢を見ていただけなんだから。こんな事しようなんて思ってない。

夢を見ることが罪ですか、空想することが罪ですか、力を持ってることが罪ですか、こんな力欲しいなんて————

————じゃあ、捨てろ?捨てられるわけないでしょ。

捨ててもどうにもならない。自己嫌悪したってどうにもならない。

わかりきっていたでしょう?散々何度も自分に教えていたでしょう?『何をしても無駄だ』。


それでも思考を続けるのは私がまだ人間だから。

神様みたいなことになってる癖に、私がまだ人みたいな意識を持っているから。

……ほんと、ほんとに、何で私なんだろう。もっと持つべき人が持っていればよかったのに。


それこそ主人公みたいな人が持っていればよかったのに。こう・・なる前に自分の力に気がついてうまく使いこなしているであろう様子が頭に浮かぶ。

そして一人だけなんてことはないだろう。きっと世界各地に公表されてないだけで目立ってないだけで能力者は一杯いて、人数がいれば当然悪用する人もいるはずで、主人公が悪と戦い世界を救う流れができてただろうに。

それがこうだ。私以外にも力を持った人がいたんだろうけど、その人もまとめて全てリセットだ。

何にも努力せずこんな力を手に入れて。色々文句言われそうなものだけど、文句を言う人も誰もいないんだ。


何もしないと決めても。

私は自分で自分の首を絞めつけて、腕を胸を突き刺して、だけど何も生まない。


でも、その罪悪感がここが現実という認識を持たせてくれていた。

だったら、やる事は決まってた。


辛い現実から逃げるために。


一時的にでもこの状況を忘れるために。


病院生活の時の同じように。




「……夢に、逃げていたんだよ」



実束に語りかけた。

実束には何も言わせなかった。

私が何かを言わせると、“私の思い通りの実束”になっちゃう。

どんな反応するかも考えない。……私はただ伝えたかっただけ。

夢の中で見た実束は、夢の中のままがいい。

何にも変わらなくても、全能性へのせめてもの抵抗。

夢の中の実束だってどこかの私の思い通りだけど、それでも。


気が済んだから、実束は消して、再びベッドへ寝転んだ。


私は今までを思い返して、改めて自分の今を確認した。

得られたものは、虚無感。

どうしようもないってことを確認したんだ、当然。

辛い現実に戻ってきたんだ、当然。

なら起きなきゃよかったのに。でもあのまま眠っていてもいい夢は見られなかったかもだし。


この、インターバルの間は何をしていたっけ。

何もしていない気はするけど、なんだっけ。思考?

眠くなったら眠っていた気がする。

何をするにしてもだめだし。眠くなるまでこうしてどうでもいいことでも考えていたんだろう。

不明晰夢での私と大体おんなじだ。思考の垂れ流し。大半に意味はないただの暇つぶし。


例えば。あぁ、いつだったか考えてたっけ。私の存在が危ういんじゃないか、みたいなの。

自分自身に対する評価は自分で自分に与えるものじゃなくて、他人から与えられるもの。

自分が自己を証明する手段はない。誰かから存在を認められないと自分がいるって証明ができない。

自分がどんな人間か、って評価も結局他人に依存している。生まれ持ったものとか言うけど私を形作ってるのは他人から、いや自分以外から与えられたり学んだものだ。

外からの刺激がないと、今の自分は存在しない。

じゃあ今は?

私以外に私を証明する誰かがいない。

誰かを作っても、それも私に他ならない。他人と定義した私ってだけ。


似たような話で幻覚についての話もあった。

たしかにそこにいた、と一人が叫んだって他の数人がいなかったと言ったら存在は認められない。

でもそこにいる人物全てが存在を認めたら、幻覚は存在しているということになる。

だから、私がもし幻覚を見たとしても、もう私しかいないんだから。

逆説的に言えばあらゆる幻覚は消え去ったのかもしれない。

私が認識したらもう存在することになるのだから。幻覚は幻覚でなくなる。


…………ああ、心底どうでもいい。

だけど思い出してきた。ずっと私はこんな調子だった。

とんちんかんな考えな気もするけど誰にも注意されない。むしろこれは一つの願いかもしれない。誰かおかしい点を指摘してくれって、そんな願い。

そんな調子で思考を続けて、時折自虐で沈んで、そのうちいつのまにか夢の中。


夢の中の私は現実のことを忘れて夢を観測する。

その内目覚めて、また現実を再確認して、暇つぶしを始める。


そんなことをずっとずっと続けてきたんだった。


…………心が締め付けられる。

息を長く吐くけど、途中で途切れて、不規則な呼吸になって、それでも整えようとして、てんで駄目で。

先のことを考えてしまった。終わらないことはわかってる、死ぬことと同じくらい怖いことだってわかってる。死ぬのと遠い未来の話じゃない、今現在もう続いているから。

泣きたくないなぁ。でも泣いてるってことは、泣きたいんだろうなぁ。

じゃあ、泣こう。誰も聞いてないから大声を出して思いっきり。



泣いた。

顔面がぐじゃぐじゃになるってこんな感じかな。

変な声をあげる。

前にも聞いた気がする。

初めて泣いたのはいつ?

今はどうでもいい。

締め付けられる心から涙が次々と溢れる。

溜め込んで重たいから苦しい。

いつでもいいから絞ってしまおう。

苦しい。

息も。

心も。

吐いてしまいそう。

吐くものなんかない。

暴れる。

何もない。

疲れた。

いつも通り。

いつまで泣く?

もう泣いてないよ。

絞り終わったから。

溜め込んで重たい心は軽くなった。

空っぽだ。

世界と同じ。



色々言ったけど、思ったけど。


結局のところ、辛いんだ。


ただそれだけの話。


でも、それを自覚していると、辛いから、気にしないふりをする。

変な話で遮る。

こんなことももう何度繰り返したのか。

これからも何度繰り返すのか。


……だけど、私は多分大丈夫だ。


私には夢がある。


楽しい世界がある。


現実には届かない希望が残ってる。




……実束が元気に送り出してくれたんだ。

頑張らないと、立つ瀬が無い。

ただの自己完結?それでいいよ。それで、これからも頑張れるなら。




窓を見た。

いつも通り、外は真っ白。

変わらない。


だったら私も変わってやるもんか。

打開はできなくても、せめてくじけはしない。



心はひとまず大丈夫。泣いたから大丈夫。


目を閉じて、現実を投げ出そう。


身体が落ちて、落ちて、意識の壁を突き抜けて無意識の領域へ。





今度の夢は何だろうね。


「あっいたいた」

おやす……みいっえ?


お?


飛び起き——て、何処から、窓?

窓押し上げて開けて、身体を乗り出し、てる……のは?


「おはよう」


喋ってる。

あれ、なに?変、だ。

なんで私驚いて、


「………………み…つ……か?」


自信が持てない。自信が持てない理由。

部屋に入ってきて、ベッドの隣で止まって、私へいつもみたいに笑いかけるこの人は?

変だ、変だよ、だって何にもわからない。

何にもわからない・・・・・・・・


「うん、私だよ。……そちらこそ、汐里だよね」

「え、でも、えっ……わかん、ない、わかんない、なんで」

「汐里、汐里、落ち着いて。……あー、というか私もよくわかんないんだけど」

私、あなたのこと・・・・・・・・考えてないのに・・・・・・・!!」


叫ぶ自分がわからない————でも、いや、これ……恐怖、だ。


それだけじゃない・・・・・・・・思考もわからない・・・・・・・・!何より、なんで勝手に喋って・・・・・・・・・——————」



勝手に。


喋る。


だって?



「実束……実束、なの?」

「だから、うん、私だって。からたち実束みつかその人に他ならないですとも」

私が作った人形・・・・・・・じゃなくて、あなたは……自分の、意思、で?」


心臓が痛い。


どくん。


どくん。


どくん。


人間の名残りが、感情に呼応する。



「そうらしいね。まぁあの、私にはその自覚無いけど……」


ベッドを降りる。


「?汐里?」

「なんでそうなったのか、さっぱりだけど」




ゆらり、ゆらり、と歩いて、




「うん」

「実束は……勝手に、夢から出てきた」




期待・・に胸を高鳴らせて、




「そうみたいだよね」

「実束。それってね。不確定要素、だよ」




窓際に手を置いて、




「不確定要素?」

「…………ひとつだけでも、あればよかったの」


「確率が0%じゃ駄目、なにも起きない。私が動かさないと、なにも起こらない」


「だけど、だけどね。たった一つでも、不確定があれば。自分の及び知らぬことが起こるって認識できれば。確率が0でなければ。それを、信じられれば……」




外を眺める、その先で。



「信じられれば?……って、わぁ……」



勝手に・・・、いくつもの世界が生まれていく————




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