18397(演劇終了)





立っているだけ、というのも変なので。


ベッドのそばに椅子を作って、そこに座る。

椅子も“鉄”、つまりは私だから床に座ってるのと大差ないんだけど、感覚的に。

細かいこと気にしてたら私はすぐに霧散することでしょう。絶対的な正しさは要らない、実際のところどうなのかはともかく、少なくともここは矛盾を内包することで成り立っているはずなのだし。


そして座って、すぐそこにある汐里しおりを眺めてみることにしたのだけれども。

変わらず幸せな睡眠の中にあるようで。

……もっかい狐呼んでみる?いや流石に可哀想か……彼の方は?それもまた可哀想か……どっちも呼べば来るだろうけどさ。


そもそも、を考えてみる。

ベッドの状態(枕元に主要グッズ集合)とか汐里の無防備さを見るに、少なくとも来客を想定した作りには見えない。

というか、もしかすると私が初の来客かもしれない。

というかというか、そもそも来客とかあり得ない空間なんだろう。私も何もなしに門番・・と戦ってたら普通に初手で斬られてただろうし。

……つまりは、ここで汐里がしっかりと私を待ち構えてることの方がおかしいのでは。

私は侵入者、闖入者で……


「……状況的には、寝込みを襲う感じになる……?」


何故か口に出してしまった。さっきまでとても騒がしかったのが悪い。

更に口に出したことによって、頭の中に一つの衝動が生まれる。

小さなそれはあっという間に肥大化し、私が行動するのに十分な理由となる。

“鉄”でペンを作るのを試みる。できた。

これはもう代表的なやつだけれども、だからこそなのかというか実際にやる人なんか本当にいるの?って感じなんだけど、とにかく。

思いついてしまったのなら仕方ない。

できない理由は存在しない。オールグリーンというやつ。ならばやるしかない。ここしかないよ。

何を書くかは考えてないけど、感覚に任せて適当に筆を滑らすとしましょう。


と言うわけで早速。

ペンを構え汐里キャンバスへと向かう。

目が合った。



「………………………………………………………………????」



「……おはよう、汐里」



「え、いや、いやうん、おはよ…う……?」



「私、とうとうこんな所まで来たんだよ。人らしくはなくなっちゃったんだけど……あのまま停滞してるのは、やっぱり嫌だったから」



実束みつか?実束?ちょっと、その」



「覚悟はできてる。汐里、教えて。この世界のことを」

「いやシリアス方面に持っていこうとしても無理だから」

「…………だめ?」

「だめ」

「そっかぁ……」

「……普通に起こしてくれればよかったのに」

「起きてない方が悪いと思う。せっかく来たのにすやすや幸せそうに眠ってるし」

「普通に突然来る方が悪いと私は主張するよ。……ともかくとにかく、仕切り直そう?」


ベッドから起き上がった汐里は、布団を纏いつつベッドを椅子代わりにして座った。

見た目は、普通に汐里だ。変なところはない。

……あ、でも、布団を纏うときに一瞬見えた。着てるものが患者さんが着てるやつだった。


「……改めて。あなたは、実束?」

「色々変わっちゃったけどね。だけど、私だよ。……汐里こそ、汐里?」

「その質問は……ちょっと答えるのが難しい。私は汐里だけど、実束の言う汐里ではないから」


そう言う汐里は少し気まずそうだ。

会話の仕方を探っているような、そんな様子。


「じゃあ……とりあえず、汐里。私と話したことは覚えてる?」

「整理中だけど、なんとなくは」

「そっか。それならもう訊いちゃうけれど……私が巻き込まれたループ、アレから抜け出すにはどうすればいいの?」


……更に気まずそうな顔になった。


「えっと……そのね。そもそもの話をするよ」


「これは前提の話。できれば知って欲しくはなかった話。実束にも、他のみんなにも……私を含めてね」


さっき変なところはないって思ったばかりだけど、早くも相違点を発見した。

雰囲気。

纏っている気配が……基本、“諦め”だった。

私の知る汐里と違って、彼女・・は多くのことを知ってるんだろう。

その違い。


「…………あ、いや、そんな固くならなくていいからね?そんな大層なことじゃないから。……大層なことじゃないのが、申し訳ないんだけど」

「固く……」


微妙に軟体化してみた。


「うわぁ人間に擬態した地球外生命体チック!それ視界とかどうなってるの……?」

「目に当たる部分が目の機能を持ってるとは限らないということです」

「ますます地球外生命体……落ち着かないから人並みに硬くなってね」

「はーい」


身体を人っぽいぐらいの状態にして、改めて。

まぁ、固くならないってこのくらいでいいんだよね?


「ではでは……えぇとね、なんというか……実束が知っているものとか、覚えてる記憶とか……それらも含めて」


まだ迷っている風だったけれど、何か吹っ切れたのか再び話し出す。


「率直に言うと、この世界は私の夢です」


夢。

夢、と言ってもピンとは来ない。

夢だとどうなる?それこそ夢みたいに曖昧でよくわからない。


「……理解は、しにくいよね。順を追って話すよ」

「うん」


「実束は夢を見たこと……あるよね。その時の視点はどこにある?その時、あなたは誰か・・だったりする?それとも誰かを見ている何か・・だったりする?」


「それで言うと、私はどちらかと言うと誰か・・側。私は実束の知ってる“睦月むつき汐里しおり”の目でこの世界を楽しんでいました。途中で視点が実束に移ったりもしたけどね」


そうなると、一つの疑問が湧いてくる。


「じゃあ、あなたは?」

「私は睦月汐里、本人。夢の中のキャラクターじゃなくて、夢を見ている私本人。……見てくれとか名前とかが同じだから紛らわしいよね」

「……じゃあ、じゃあ……は?」

「…………。察しは、ついてると思うけど……」


これが伝えづらい一番の理由なんだろう。

もう分かっているようなもの、だけど言葉にするのがとても苦しい……そんな感情が誰でも見て取れる。


「あなたは、私の夢の中の、登場人物。……あなただけじゃない。私以外の全員が、そう」


それでも言えてしまうのは、私が言う通り・・・・登場人物だからか。


「…………」

「正直、変な感じはする。本来、あなた達・・・・が関わることはないから。私は観客なのに、舞台の演者と面と向かって話してるような違和感がある」

「……そっか、演者」

「うん……そう、あなたは演者、私は観客。時折他の人の視線に移ることはあったけど、基本的に“不明晰夢”って劇は睦月汐里って演者の視点で進んでいた。……私は、楽しかったよ」


汐里は……彼女は、演者と観客という表現を使った。

だけど、演者は本気だ。演じているつもりは無い、舞台の上が現実と信じて、そもそも疑うこともなく、無自覚にレールに沿って劇を進めていた。

私は。彼女がそう言ったのは、もちろん演者がどう思うかは想像に難くないからだろう。


今までを思い返す。

記憶にある限りの出来事を思い返す。

私がやりきった“不明晰夢”を思い返す。


その全てが、台本の通りだった、らしい。


記憶はちゃんとある。でも劇の始まりは、恐らく私と汐里が出会ったあの辺りから。

それ以前の記憶は、描写されない設定上あるだけのもの。


「……台無し、だね」


自然と出てきた言葉はそれだった。


「…………だよね。それを言っちゃあだめってくらいの、根本を覆しちゃう話」

「劇だから、夢だから、空想だから。全てがどうにでもなっちゃう言い訳。自分・・の価値とか、自分の今まで・・・・・・の価値とか、全部何だったんだって思えちゃう」


だから、伝えたくなかった。

だから、知られたくはなかった。

彼女の思いはそんなところだろう。

口を閉ざす彼女へ、私はそのまま感覚に任せて続ける。


「そんな風に、汐里・・なら考えると思うけどさ」

「……?」

「今何となく感じたことを話すけど、考えてみたら元々自分の生にどんな価値があるかなんか分かったものじゃない。私に価値をつけるのは誰?私と同じ人間がつけるの?……神さま・・・がそういう価値があるって言った方がすんなり信じられるよ」

「神、さま……って」

「ねぇ、楽しかったんだよね?私の視点もあった?私の一生は、あなたを満足させられた?」

「…………実束の視点もあった。汐里が捕らわれてる間はずっと実束だった。……楽しかったよ」

「それなら、私がどうこう言うことはありません。あなたが、汐里が楽しんでくれたなら、これ以上嬉しいことはないってものだよ」

「いや、私は実束の知ってる——」「あなたは汐里だよ」


予想通りの言葉を遮った。


「話してて何となくわかったけど、私が知ってる汐里との差は“知ってるか、知らないか”ぐらい。私が好きな汐里とあなたは変わらない。……汐里は観客でいたいんだと思うけど。とにかく、私としてはショックなことは何もないから心配しないで。それに、予想だけど——」


思ってることを吐き出してしまう。

これがシナリオ通りだとしても、それで彼女が幸福ならそれが私の幸福。


「あなたは夢を見ていたんでしょう?“不明晰夢”の全てを一つ一つあなたが考えていたって訳じゃないと思うの。たとえあなたが夢を自在に操れたとしても、汐里なら……好きにさせると思うんだ」

「…………心を覗かれてるみたい」

「そりゃ、あなたが作ったキャラクターですもの。……ううん。それ以前に、実束だもん。このくらい簡単です」


そう伝えた後、汐里は長く長く息を吐いた。

肩から力が抜けていく。

そうして、別の意味で諦めたように笑った。


「……そうだね。実束なら、そりゃわかっちゃうか」


その顔を見て、声を聞いて、今しかないと思ったので。

飛びついた。


「うひゃおっ」

「うひゃおって……ふふっ、汐里、うひゃおってなに?」

「実束こそいきなりなんですかー」

いつも通り・・・・・くっつきたいって思っただけ。この方が私たちらしいしねっ」


いつも通りに抱きしめて、ベッドを転がって、転がりあって、汐里に受け止められる。

およそ話をするような体勢ではないけど、私たちはいつもこうなんだ。


「あんまり甘やかし過ぎないでよ、だめになっちゃう」

「厳しくしてるのは汐里がやってるもん。なら私はひたすら甘やかすのみです」

「ほんとに、もー……」


これはただのおままごと、これはただの一人ぼっちの人形劇。

側から見たらそうかもしれないけど、それがなんだ。

汐里は今、夢を見ているんだから。邪魔をするな外野現実

虚しいこととはわかっていても、今だけは夢中になって忘れる。

今この場所は、文字通りの二人一人の世界なんだ。


「……ありがとう」

「お安い御用、お安い御用。……私も、汐里がしたい何か・・だったりするのかな?」

「意識はしてないけど、そうかも。……そうだなぁ……幸せになりたい、とかかな」

「幸せ?」

「幸せ」

「ん」


それが私にとっても幸せ。汐里が幸せだから私も幸せ?どうだっていいや。

重要なのは私がどう感じてるかだ。

……ああ、そうだ、虚構の存在だとか行動はレールの上だとかわかってもわからなくてもどちらにせよやる事は変わらない。自分の意思でやっているって認識は変わらない。

今も、前も、私はずっと私だ。


「……あっ」

「?」


不意に汐里が声を上げる。


「実束、まだ話の途中だよ」

「途中だっけ」

「うん、途中」

「…………。あー……ループの話まだだ」

「そう、そう。ここまで来てくれたんだもの、目的は果たさないとね」


寝っ転がったままで汐里は話を続ける。


「えぇと……まず、不明晰夢に関連する一通りの事件。あれはまるごと私と、私の無意識が作り上げた“物語”なんだけど」

「うん」

「解決したでしょ?日頼をとっちめて、犠牲者が出てない世界を作って……」

「うん、誰も傷ついてない世界になってた」

「それでね。物語としては、そこでおしまいだったの。これ以上先は無い、本のページはこの先存在しないしあったとしても白紙。あの教室で、私と実束がいつも通りに過ごして、終わり。その日から先は無い。……その筈だったんだけどね」

「何かあったの?外敵とか……」

「ううん。あくまでも私の夢は私の夢で完結してる。何かあっても全ての原因は私。……だから、何かあったのは私。夢が終わったら、そこでおしまい。おしまいになったら、夢が閉じて目覚める。……だったんだけど、私は起きることを拒否した」


起きることを拒否した。

それって、夢を終わらせないってことだろうか。


「まだ起きたくなかった。この夢にいたかった。……終わりを迎えた時点で私の意識は目覚めかけだったけど、だからこそ強く強く思った。起きたくない。目覚めたくない。眠っていたい。浸っていたい。現実は嫌だ——」

「…………」


ぎゅうう、と強く抱きしめられる。

抱きしめ返すか、私は迷ってしまった。

私は、夢。包んであげたい。だけれど……


「————先がないから先に進みようがない。でも終わらせないためには進むしかない。だから……進むために、終わりそうになるたびに、時間を巻き戻したの。最後を迎えたくないから、最後を何度も何度も繰り返した。目覚めかけの意識は、もう夢の最初をよく覚えてない。思い出そうとすると意識が強くなり過ぎて目覚めてしまう。だから、直前まで見ていた“最終回”が精一杯。……実束の言うループの原因はこれだと思う」

「……なる、ほど……」

「そんな中、実束だけが何故かループから外れた。そして、何度繰り返したのか……こんな所にまで来てしまった。巻き戻される壇上から抜け出して、観客席にまでやってきた」


ループの原因は汐里。いや、全部の要因は汐里なんだよね。

それで……私の当初の目的は、ループから脱出すること、だけど。


「……脱出するも何も、そもそも終わってたんだね」

「そう、だね。……実束がどうやってループから抜け出したのかはわからないけど……そのせいで、知覚しないはずの終わりとか、世界の仕組みとかを知ることになっちゃった。……ごめんなさい、知る必要はないことなのに」

「ううん、いいよ。早い話、寿命ってことでしょ?それなら……仕方ないよ。ハッピーエンドだったしさ」

「……そう言ってくれると、とても助かるよ」

「それで……今は、どういう状態なの?」

「えっと……なんというか、起きてはいないけれど、夢の中では起きてる状態……って言えばいいのかな。本来、私はここで眠ったまま、幽体離脱みたいな状態で夢の世界を見て回るの。誰かに取り憑く感じになったり、第三者視点で眺めたり、とか。その間私の意識は有るようで無い、曖昧な状態。で、現在の私は意識だけははっきりと自分で認識できる、だけど夢の世界は閉じてないから起きてはいない……みたいな状態だと思う、多分。曖昧でごめんね、こんなこと初めてで……」

「そうなんだ……」


つまりまだ夢は終わってない。

ループもまた終わってない……私は今、舞台から降りているだけだ。

舞台の上ではまだ劇は繰り返されてる。

でも、ループが終わることは夢の終わりを意味する。

夢が終わった後の、私たちキャラクターは。


「起きたら、私たちは消えるの?」

「……消えはしない。けれど夢が閉じれば、夢ごと記憶の奥底へ落ちていく。私が思い出さなければずっと無意識の領域で眠ることになる」

「そっか。それが私、私たちにとっての終わりなんだね」

「そう、だね」

「汐里の中で眠るんだ。……なんか、いいね。普通自覚なんかないんだろうけどさ」

「…………実束……」


ほっぺたをひっぱった。


「ふへえ」

「そんな泣きそうにならないで。……泣きそうになるってことは、これからすることもそう・・ってことでいいんだよね」

「……ご」


ほっぺたを逆に潰した。


「んむえ」

「ごめんなさいもなし。元々私は汐里の好きにしていい存在で、実際今までずっとそうだったんでしょ?……私がこんな風に一人で動き出したからだよね、戸惑ってるのは」


ぺちぺち手を叩かれたので、とりあえず離す。

それで、言葉を選ぶように少し黙った後に汐里が話し出した。


「そう……戸惑ってるよ、ほんとうに。私が覚えてる限り、こんなことなかったもん。……今まで何度こうして夢を見てきたかわからないけれど、ここまで“誰か”がやってきたのは実束が初めて。…………ねぇ、実束、教えて?」

「うん」

「わがままなことしても、あなたみんなは、怒らないかな」

「怒らないよ」

「……即答」

「愚問ってやつだよ。だって……全ては、汐里の思うがままに。だからね」


夢を形作ったのは汐里。

不明晰夢を作ったのは汐里。

私たちを作ったのは汐里。

私たちを望んだのは汐里。

全部、全部……汐里から生まれたもので、汐里から外へは出ない。


だから、だからこれはひとりぼっちの人形劇。


誰に見せるわけでもない。自分のための、自分だけの催し。


「私がここまで来たことも、汐里が望んでることだとしたら。ループを終わらせに来た、ってことは……汐里を起こしに来た。かも」

「本気でそんな気がするよ。ずっと考えてたの、これからどうするか……あれだけ起きたくない起きたくないって思ってたのに、今は違う」


肩が押される。

汐里が、離れていく。


「いい加減、同じことを繰り返すのも辛くなってきた、のかも。終わった夢に縋りつくのも、駄々こねるのも……もういいって、今は思える」

「…………」

「ここまで来てくれてありがとう、実束。私、起きるよ」


そう笑って言う汐里に、私も笑って応えた。


「いいと思う」


ベッドから二人で起き上がる。

そして汐里は、私は片手を差し伸べた。


「けど、ちょっと怖いから、もう少しだけ手伝って」


迷うことは何もない。









部屋から出て、何処かを歩いていて、はっきりと認識した時には私たちは屋上に立っていた。


空は青空。

風景は……知ってる街並み、だと思う。

注視しようとしてもぼやけてはっきりと見えない。

背景として見る分には何も問題ないんだけど。

だけど、その風景も、知ってる街並み以外は存在していないのが今ならわかる。


それがこの世界、この夢の全て。

役者はここが小さな世界だと認識することはできない。


「夢とわかって見てみると、変な感じ」

「……こうして、ちゃんと眺めるののも初めてだ。あぁ、違和感だらけ……夢見心地の時はなんにも気にならないのに……とか思うのも起きかけだからだなぁ」

「違和感ってどんな?」

「一番身近だと、この屋上に柵もなんにもないこととか」


そう言う汐里は、いつのまにか屋上の端に立っていた。


「危ないよ」

「危ないね。夢的にはほんとうに危ない」

「あ、そういうことなんだ」

「そういうことなんです。……なんて、ほんとは何でもいいんだけど」


くるり、と若干ふらつきつつ汐里は内側へ、私へ向き直る。


「文字通り、押してもらおうかなって」

「………………えぇー」

「あっそれは嫌なの!?」

「いやいや汐里、飛び降りの後押しとか」

「……たしかに飛び降りだ」

「気づいてなかった……」

「いや、でもほら、死ぬ気とかはないから……お願い、ね?」

「……夢で死ぬと起きるっていうけど」

「いやーそのさ、言っちゃうと途中でふわぁっ……って溶ける予定だったんだけ、ど……」

「…………」


はぁ、と息を吐きつつ、私は汐里へ歩み寄る。


「わかった、押してあげる」

「!やた」


で、脇腹の辺りを持った。


「……ん?」

「というか、さっさと————」


むしろ掴んだ。

引き寄せて、


「わっ?」

「おーーー」


ぐるんと回して、


「え、え」

「きーーー」


遠心力をかけて、


「ろーーーっっ!!!」


ぶぉん、と勢いよく。


「ちょっ、みつかぁぁぁっ…………!?」


空に向かって、曖昧な世界に向かって、投げ飛ばした。

普通ならそうならないだろうけど、“鉄”を弄ってすごい力にしたので。

汐里は見事に空中を飛んでいく。


「ふんいきー!ふいんきーがー!!」


遠くで叫ぶ汐里、それに私も叫び返す。


「このくらい雑な方がいーでしょー!!!」


聞こえたか、聞こえてないか……聞こえてるか。

飛んでいって、すぐに世界に溶けて見えなくなって。





「…………はぁ」


汐里が居なくなったのを見届けて、本当に一人になった。


私以外に音を発するものがない。風も何もない。

お祭りが終わった後みたいだ。

……お祭りで思い出した。狐、呼んだら来るかな。

いや、いっか。呼んで来なかったら悲しいし。……あの子なら来そうな気がするけど、まぁ、今更どうしようもない。


ちょっと歩いて、縁に座って風景を眺める。


「しんみりしたのより、こっちの方がいいでしょ」


音は空気に溶けて消える。なら、汐里に届いてたりするかな。

そんなことを考えていると、徐々に視界が暗くなっていく。

……というか、世界が暗くなっていってる。

多分ちゃんと起きてるってこと、だろう。よかった。


「……よっ」


何気なく飛び降りた。



浮遊感から落下する感覚。

地面へ向かっても、白くぼやけて何も見えない。

身体をひっくり返して座ってた場所を見ても、すぐに白いもやもやに飲まれて見えなくなる。



何処かへ落ちていく。

とっくのとに激突してるだろうに、ずっと私は落ち続ける。



暗い。もう真っ暗。

世界が瞼を閉じるように、暗闇に包まれていく。

だから私も瞼を閉じた。



今までを思いかえそうかと思ったけど、もう十分だ。

は納得してる。それだけだよ。

もしこの劇を覗き見てる誰かが居たとしても、その人が納得してないとしても、知ったもんか。

汐里が、汐里の為に見ていた夢だもん。

……言い訳?言い訳かも。なんの言い訳?


「ああ」


ひとつだけ‪浮かんだ。


後悔は無いよ。私がそういう存在だったってことも、役目を全うしたってことも。

今までが台無しになるような事実だったけど、むしろ裏付けが取れた。無意味じゃなかったって本人からの言葉が貰えたもの。

それに後悔は無い。満足。


……けど、うん。


欲を言えば。


その後も、たくさん……


「欲張りだなぁ」


その欲は心の奥底にしまっておく。

これでお別れではないんだし。汐里が、ひょんとしたことで無意識から掬ってくれるかもしれないし。


それまで、私は私で、夢でも見ていよう。



「————おやすみなさい」



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