18397(目的達成)






学校の中は無人になっていた。


学校の外も無人になっていた。



世界から、私と狐、二人以外全てが消失していた。



狐「しかしだよからたち実束みつかよ」

「なんですか狐らしき人」

狐「面倒だからって窓から飛び降りて学校から出るのは人間としてどうなんだい」

「えー、もういちいち昇降口通る必要ないし……」

狐「人間として、だぞ。……今更だが、だけど実はこちらから話すことも特にない。そんな訳で何があったか語ってはくれないかね?」


歩きながらもこんこんと頭を鞘で叩かれる。


狐「その身体のことも、あと“知識”についてもだ。説明は必要と思うよ」

「あなたが説明が必要とか言うー?……でも、いいよ。たまには私も語ろっか。順を追って話すと……まずは、作戦の方からかな。でも、ほとんど汐里しおり譲りだよ?というか……」


ほとんど、本当にほとんど?

違う。全部だ。


「あなた的な視点で言うのなら、もはや回想に入るまでもないって感じ。量が多過ぎるし……本当に片っ端からだった。最初はね、あなたのことから。私が知ってる限りの“不明晰夢”を伝えた後、汐里はすぐにあなたの性格や目的を私に伝えてきた」

狐「すぐに?」

「すぐに。性格について説明する際、汐里は最初にこう言いました。“まずこの子ツンデレだよ”」

狐「ヘイ」

「汐里を信じてそのまま言ったけど、当たりだったみたいだね。大ダメージ」

狐「……自分から言っといてなんだけど、もしかしてこれ言葉による処刑続行してますか?」

「次に、言ってることの翻訳かな。あなたが言ってた事を汐里は一つ一つ解説してくれたよ。概略を言うと、えーと…メタ発言、だっけ?よくわからない事言ってる時は大体それなんだよね?」

狐「そこで頷くと思うかい?」

「そうなんだね。とすると一気にあなたの意味不明度が下がって……どしたの?」


歩行スピードがどんどん下がってく狐に私は振り返る。

狐は……狐面で表情が見えないけど、なんとなくこう……やっぱり疲れてる気がした。


狐「確信犯かどうかだけ訊きたいのだけど」

「わかるんでしょ?」

狐「……まぁ、はい、えぇ、まぁ」

「つまりはそういうことだよね」

狐「……はぁ」


両手を上げつつスピードを速めてきた。

多分、観念の意。


狐「もういいオーケーここで勝負に出る。何をしたってこれ以上は改善どころか悪化する気しかしない。この状態で受け入れようじゃないか」

「そっか。なら続けるね」

狐「どんとこーい!なんならそういう言葉責め的なのに目覚めるのもやぶさかではないと言える!」

「…………」

狐「冷ややかな視線で見ないでくれるかなせめて地の文で描写してくれないか僕が代わりに描写するしかないじゃないか!」

「……最初からこんな風にできれば、もうちょっと楽だったのになぁ…」

狐「……それに関しては……」

「まぁいいや」

狐「……。はい、はい、まぁいいことだね。過ぎたことだし」

「そういうこと。それで……後は、この世界についての話?」


空を見上げてみるけれど、そこにあるのは変わらずいつもの、もう見飽きるほど眺めた青空。

雲の形もすっかり覚えてしまってる。しまってる……けど?

この時間、空ってこんな模様だったっけ?


「…………後で訊くね」

狐「それでよし」

「それで、今度こそ世界についてのこと。……大体、さっきあなたに言ったことはそのまま汐里から伝えてもらった事だけど。“修行”のこととか、狐面を被ってる時のこととか」

狐「白状しますがまぁぶっちゃけまんまそうでした。まるで設定欄を読まれている感覚だよ、設定欄は空白なのに」

「ほんとにそのまんまなんだ。……それに関連して、この世界のこと。汐里自身は認識できないけど、自分ならそうする・・・・・・・・って言って、空想上の現状を話してくれた。簡単に纏めると、私が最初に行き当たった予想通り」


周りの風景は何度も何度も見た家が並んで……いるはずだけど、どこか違和感。

似たようなものだけど、細部に違いがある気がする。コンクリートの模様とか、色とか、表札の角度とか。大気の、色?とか。

同じものをすっかり覚えてしまっているからこそ感じる、僅かな違いの違和感。


「“このループは恐らく私が原因。だけど、多分、私が原因というか。最初から全部・・・・・・、かもしれない”。……そう言ってた」

狐「……ふむ」

「“実束の記憶はいつから始まってる?不明晰夢の冒頭……会った時からって言ってたけど、同じクラスで会うこともないって不思議すぎるよ。昨年は同じクラスじゃなかった?名前ぐらいは知ってるはず。まるで初めて会ったみたい。……実束は、私が世界をどうこうしたのが一連の事件が終わった後って言ってたけれども。それよりも、もっともっと前なんじゃないかな”。大体こんな感じ」

狐「ちゃんと理解できたかい」

「……何となく。ぼかしてたけど、確かにできないことじゃないし。汐里、なんでもできるんでしょう?何でもできるって、それこそまるで……」

狐「その辺りで止めていいよ」

「……なんで?」

狐「野暮ってものです」

「野暮」

狐「そう」

「……そう。じゃあ、次の話に移ろっか」


空を見上げてみる。今度は空を見るためじゃなくて、もっと別の所を。

でも、やっぱりそこには空しかない。空としか認識できない。

空の外側、ここの外側——



“一歩、下がってみることだ。周囲から外れて少し外側から見ることをお勧めしよう”



これは、狐と初めて会った時に言ってたこと。

今思えば、あの頃からヒントは言っていたのだろう。……わかるわけはないけど。

ヒントと言っても投げつけるでもなく、適当に捨てるように意味の無いように放り投げてるようなものだったし。

更に意味の無い台詞が殆どだからタチが悪い。


狐「そうしてください。知識については大体わかった。後は、その身体の事だ。そっちの方が重要と思うな」


私の手を取るようなくらいの気軽さで、狐は私の右手を……すぱん、と刀で切断した。


「いや何をするのですか」

狐「動じなさいな。人間が手を落とされて平然としてるんじゃないよ」

「だって今更でしょ?」

狐「そうだけどさぁ。まぁ、ともかくそれだよそれ。今の今まで何の説明もなかっただろう?そろそろ解説が必要だよ、お外に向けて」

「いつものメタ発言ね」

狐「いちいち言わんでいいこういうのはスルーされてこそなんだいいか?スルーされてこそなんだ。いいか?いいな?」

「はいはい。……えーと、事の始まりはね、狐を今までの行いを出来るだけバラして精神的にぶち殺すって決まってからのことで」

狐「恐ろしいことを考えたなお前さんら」

「あなたが死なないのが悪いんです、あなたが人間が太刀打ちできるような存在じゃないのが悪いんです。……で、心を殺しにかかる段階に至るには、とりあえず動きを封じるところまで行く必要があって。まず力がある事は示さないとだし。だけどどう考えても無理、たくさんイメトレしてもね」

狐「ほうほう」

「そこで私は、とりあえずどうやったらまともに戦えるかを考えました。まずとにかく速さが足りない。知ってる人の中で太刀打ちできそうなのは常ちゃんぐらいの速さがないと多分駄目。でも私は常ちゃんじゃない。……と、そこまで考えたところで……不意に閃いたことがありました」


それは、結局はいつも通りのことだったけれど。


「私は常ちゃんじゃない。それはそう。私は何ができる?鉄を出せる、鉄を操れる。常ちゃんは速さを操る。じゃあ、私は鉄を操れるんだから、鉄の形状とか色とか温度とか硬さとか操れるんだから、じゃあ。鉄の速さも操れるんじゃ?」

狐「……お、おう」

「だけど鉄だけ速くても私が速くないと意味がない。なら、私が鉄になればいい・・・・・・・・・んだよ」


それが閃き。

前提を覆す閃き。

普通ならあり得ないこと、だけどあり得ないことなんかもういくつも経験してる。

そのくらいのこと、できないとは思えなかったんだ。

そんな私を、狐はドン引きした顔で見つめていた。


「いや引くわ」

「わざわざ面を取って言わないでくれるかなー」

「いや……今更だけどごめんなさい……覚悟はしていたことだが、そんな精神にまで至らせてしまっていたか……やっぱりもっと他に方法があったかないや絶対いい方法あったって……練るべきだった…やっぱり関わらない方が…」


狐の周囲の空気がどんどん重力を増していき、同時に光度が下がっていく。

普段の様子からはとても想像できないネガティブっぷりである。しかも一瞬でこうだ。

もしや素のネガティブっぷりを隠すためのアレなの……だろうか。

とりあえず。


狐「ごへっ」


顔に狐面を押し付けた。


「何であれ、もうやっちゃったんでしょ?なら後悔しても仕方ないよ、あなたはせめて最後まで演じててよ」

狐「…………その方がいい?」

「途中で投げ出すよりは全然」

狐「……そう。そうですか。そうかい。わかった、ならば調子に乗ろう、乗らせていただこう。はい。了解した」


ぶぉんぶぉんと首を振ったあと、狐はしゃきっと背を伸ばした。

いつも通りの雰囲気。切り替えはしっかりできるんだね……


狐「さぁ枳実束。続きを話すんだ、まだそれで終わりではないだろう?」

「終わりじゃないね。……自分も鉄になればいいって発想に至ったはいいけど、そうやすやすと出来ることではもちろんなくって。まず私が人間って認識が邪魔になりました」

狐「だろうね」

「なのでまずは私が人間って認識を消しにかかりました」

狐「相変わらずそういう思い切りは人外じみてると思うな」

「ひたすら瞑想。思考。自分は人間じゃない自分は人間じゃないと繰り返すこと何十日。なんと、自分の身体が煙みたいに揺らぎ始めるではないですか」

狐「……危険な状態だね、かなり」

「やっぱりそうだよね。その時はこれはいけないと思って慌てて自分人間って認識すると止まったけれど。はてさて、どうしたものか……そう考え始めたけど、やっぱりよくわかんない」


そう、よくわかんない。

結局考えることは苦手だ。


「だから、考えるのやめた。自分は人間じゃないって考えるのもやめた。……目標は自分自身が私が出す“鉄”になること。じゃあ私がすることは単純です」

狐「僕じゃなくても先の台詞が想像できるんだけど」

「ははは。まぁ、そんなこんなで私が始めた思い込み、認識は……」


「……私は、“鉄”!」


出た答えはそれだった。


「その結果が現在の私だよ。そう決めてイメトレしてたら、身体が揺らいで消えていきそうになった後に私が作られたの」

狐「……言葉にして聞くとむっちゃくちゃだな」

「むちゃくちゃかどうかわかんないけど、無茶な挑戦の為だし。無茶は必要だったんだよ、きっとね」

狐「はー……えぇと、頭の中にプールか何かをイメージしてください」


急な指示。とりあえず従ってみる。


狐「次にそこに一滴ぐらいのオレンジジュースを落とす」


落としてみた。空想のプールにオレンジジュースは溶け込み、消えてしまった。


狐「消えただろう?じゃあ時間を巻き戻して、今度はオレンジジュースを密閉された容器に入れて落として」


今度は溶けない。ジュースはプールの中でも無事だ。


狐「……プールが世界、オレンジジュースがお前さん、そして容器が自己認識、自分を世界の中で自分と保つための殻だ。お前さんは容器を自らぶち壊して、別の容器を自分で作ってしまったんだよ」

「アグレッシブなオレンジジュース……」

狐「例えだから。例えだから。……けどアグレッシブなのは同意するよ」

「消えかけてたんだねー、ほんとに危なかったや。……ところでその……容器。それは、みんなそうなの?」

狐「そうだよ、みんなそう。例外は僕しかいない。全員が一様に何かしらの自己認識で己を保っているのさ」

「……やっぱり、そうなんだね。汐里の予想はばっちり的中してたんだ」

狐「果たして予想なのか、それとも無意識から記憶を引き出したのか。……どちらにせよ、そんな自己否定の後にお前さんはその身体を手に入れ……ここまで来たって訳ですか」

「そう。今の私に出来ないことはほぼないよ。もはや全てが“鉄”なのだから」


にょきん、とでも擬音が出そうな具合に手が生える。

痛みとかは邪魔なので設定していない。……そういう所も自分で弄れるようになっているのである。


狐「……で、ひとつ突っ込んでいいかい」

「はい」

狐「その身体も鉄なんだよね?」

「うん」

狐「最早それ、鉄でもなんでもなくない?」

「うん。でも、これは“鉄”なの。本物の鉄からはかけ離れているのはわかってる。それでも、私がそう認識したからには、“鉄”なんだよ」

狐「……なるほど。そう思っていないと自己が霧散するか」

「あ、そうそう、そんな感じ。私ができるのは“鉄”を操ること。あくまでも“鉄”を操ってるということにしておかないと、私が枳実束である理由がなくなる……そうそうそう、これが言いたかったんだよ私」


試しに指先だけ認識を変えると、すぐさま揺らいで煙のようになって空気に溶けていってしまった。

普通は簡単に揺らがないものなんだろうけど、私はもう認識を変える感覚を知ってしまっている。

一度経験したのなら、もう一度は容易い。逆に言うならば不注意で私は霧散する可能性があるってことだ。


狐「安定性で言ったら以前と比べるとガタ落ちって具合だね。むしろよくぞそんな状態で済んだものだよ、ほんと」

「愛のなせる技ー、とか言ってみたり」

狐「そうかもね……」


そんなところで、私が話すべきことは尽きた。

だから、思考をこれから先へ向ける。


「さっき後回しにした質問するけど、ここはどこ?」

狐「少なくともお前さんの知ってる“壁”は越えてるよ。見知らぬ雲とか見えてきてるんだろう?」

「……そっか、いつのまに」

狐「というか、あの教室に僕が現れた時点でもう僕らは位相がずれた世界に移動している。分かりやすいかどうかは分からないが、表現を変えるならここは“舞台裏”ってところだ」


舞台裏。

表現を変えるというか、なんというか。


狐「あと、もうそろそろ僕はいなくなるよ」

「えっ?」

狐「役目はほぼほぼ終わりだからね。元より僕は基本世界に干渉しない主義だ、必要以上の事はしないさ」

「随分と私情とか入ってたように思えるけど……」

狐「はいはいはーいもうそういうのいいからいいってことにするから。……ほれ、話が終わったから展開が先に進むよ」


狐がそう言うと共に鞘で前を指した。

ずっと同じ住宅街を歩いていたし、前には特に目ぼしいものは……とか思っていたの、だけど。

指された通りに前に意識を向けると、そこにはいつの間にか建造物の影があった。

巨大な建物。白い壁で……遠いけど、微かに文字が書いてあるのが見える。

見えるけど、殆どぼやけて……感覚で読み取れる所があるとすれば……病、院?


狐「はい、あそこだよ」

「あそこって……汐里の家が?」

狐「そう。後は自分で何とかなるだろう。すべきこともまるごとわかる仕様だ」

「…………じゃあ、行っちゃうの?」

狐「行っちゃうよ」

「待って」

狐「なにさ」


右腕を棒状にして硬度をめちゃくちゃ上げた。

顔をぶん殴った。

狐はごろごろ転がってブロック塀に衝突した。


「一発殴らせて」

狐「お約束だね、実にお約束だ。だから敢えて乗ろうか。……殴った後に言わないでくれるかなー!」

「逃げるでしょ」

狐「こうもテンプレをなぞってくるとは……で?すっきりした?」

「……んー…………まぁ、仕方ないか。これでよしとしておくよ」

狐「……それはよかった、実によかった。じゃあもう行くよ?これ以上僕がまともっぽく喋ることで場をぐだぐだにしたくないんだよ。正直会話は苦手なのさ一人で喋るのはそれなりにいけるがな!」

「そっか。じゃあ、さようなら」

狐「はいさようなら。ほんとに行くからね?ちょっと待ってはやめてよ?……強くてニューゲームを楽しみくださいな!」


衝突した姿勢のまま、狐は何の予兆もなく消失した。

パラパラマンガで言うなら、次のページには書かれていなかったってぐらいの唐突さで。


「……………………」


急に静かになってしまった。

まともに喋ってない時でも、まともっぽく喋ってる時でも変わらずうるさくはあったなぁ。

………………………。


「あ、ちょっと待って」

狐「だからやめてって言ったのに!!」

「うわっ律儀、わざわざまた来たの?」

狐「しかも用無しかきさま呼んだだけかきさま!!これ以上僕のキャラを崩さないでくれ!くださいな!はいさようなら!」


消えた。


「……ふふふっ」


……素のキャラでいればいいのに、全く。

ともかくこれでほんとに一人になった。

進むべきはあの病院。汐里の家らしいけど、さて。







歩いて、歩いて、入り口付近までやってきた。

病院の名前はこの距離でも読めない。遠いから霞んでるんだと思ってたけど、実際は文字自体がぼやけていた。

中に入ればいいんだろうか?というか開くのかな、中暗いんだけど。

まぁその時は壊して入ればいいかな……とか、考えていた矢先。

私の目の前に、鞘が垂直に突き刺さった。


「わっ?」


反射的に飛び退く。

同時に突き刺さった刀の上に降り立つ影が一つ。


「……あれ?」

「ここから先は通さないよ、枳実束」

「いや……」


狐だ。面はしていないけれだ、また狐がやってきた。

しかもここを通さないとか言う。


「……というか、どうやってここに来た?というか、何でループから外れてるの?……言ってもわからないか、何らかのバグとは思うけれど……ともかくだ、ともかくだよ。一つ訊こう。この先に行って、どうする気だ?」


狐の目は冷たい。あと刀に片足をついたまま降りようとしない。

つまりは私を見下ろしている。見下してるとも言えるかも。

……違和感。これ、もしかして……


「私は……ループを終わらせに来たんだよ」

「汐里が拒絶することだって理解は?」

「知ってる」

「その上で、か。……なるほど、なるほど」

「私が質問する番ね。あなたは、誰?」


その問いに、少し逡巡した後……彼は、口を開いた。


「……いいよ、答えてあげよう。僕は睦月汐里の作った、汐里の端末だよ。名前は存在しない。汐里の感情や意思の代弁者、又は代行者。僕の行動の原動力は全て睦月汐里の為」

「例えば汐里の興味を代行する。知りたくないけど好奇心は止まらない。ならば汐里の代わりに僕が知る。“したいけどできない”、“したいけどするわけにはいかない”事を代わりに行う者だ。汐里の力は全てに届く。だが汐里が汐里のままでいるには知ってしまえることが多すぎる。目の前に知りたくない映像が無遠慮に流れてしまう感じか。興味をそそられるのに目を背ける必要がある。だから僕がいる。映像への興味を僕が担当する。そうすれば汐里は苦しまない。目を背けるのに労力をかけない」

「だから僕は知っているんだ。世界の真実を。人間が知ってはならない、知ったら壊れるしかない事実を内包してる。ただそれだけさ」


私がなるほど、と言う番だった。

いやまぁ、詳しいことはわからないけれど……だけど、彼が狐ではないことは、確かだ。

となると、この先の展開も、もしかして。


「私、この先に行きたいんだけど」

「止めるよ。汐里は拒絶しているからね」


刀から降りると共に、鞘を地面から引き抜く。

そして、まっすぐ私へ向けた。知ってる動きだ。


「そして同時に、枳実束。汐里が面と向かってお前さんと話した結果も容易に想像できる。拒絶は飲み込んで、頼みを聞いてしまうのが目に見えてる。……だから僕は拒絶を代行する。汐里の代わりにね」

「じゃあ、私があなたを打ち倒せばいいってことだよね」

「……理解が早いね。逆に、僕がお前さんをとっちめたらバグを直してループに放り込む。オーケー?」

「…………」



……あー……なる、ほど。


バグを直してループに放り込む。

つまり、一発勝負。負けは許されない。


そっか。

強くてニューゲームってそういう。



「…………不器用だけど、やりたかった事はわかりました」

「んー?」

「なんでも。おーけーだよ。早速だけど、0で動きだそうか。不意打ちとかしないから心配は無用だよ」

「はいよ」


「3」



心の中で深呼吸を一つ。

身体がすっかり覚えた動きを思い出す。



「2」



狐のことだし、どうせ“同じ”にしてるんだろう。

いや……難易度高めでやってるのかも。その方が確実だし。



「1」



なら……負ける要素は。



「0」



彼が抜き放った刀。

明らかに届いていないけれど斬れる刀は……私は簡単に避けられた。


減速していく世界。

その中でも刀はそれなりの速度だったけど……狐よりは遅い。


「んなぁっ!?」


驚く彼に構わず私は走る。

きっと彼も死なない。そして彼の心を攻める方法はわからない。

なら……“死んだ”と思わせられるくらいとっちめるだけだ!


二撃目を避ける、までもなく私は彼に接近。

射程範囲内。そしてこの感じだと彼は今、私がどんな存在なのか把握していないと見える。

というわけで、振られる刀は避けない。

真横に切り裂かれた身体は、そのまま液状化してちゃぽんと彼の足元に滑り込む。


「え、はっ?いや待って、枳実束ってそんな」


アスファルトから“鉄”が伸びて手足を拘束。

そして……あくまでも、これも、“鉄”だ!!


「鉄っ…………ビィィィィィィィィィィムッ!!!!」

「ちょ——————————」


彼の足元から、空へ向かって。


一瞬で光が彼を飲み込んだ。



やがて光は薄れ、代わりに黒がその空間を飲み込む。

そこだけ削り取るように、そこだけ消し飛ばすように。






………………………………。





数分ほど放射したところで、そろそろやめてみる。


液体から人型に変形。色とか感触とかにおかしな所なし。

うん、私は今日も私です。


で、彼は……うわ、形残ってる。すごい。

焦げてるけど。


「………………………………色々、突っ込みたいんだけど……まず、お前さんはいつからビームを撃つメタルなスライム娘になったのさ…………」

「私の意思の強さはわかってくれた?……拒絶には、勝てた?」

「…………予想外のスピード決着だったけど……この通り、何にも出来ずに丸焼きだ。オッケーと言わざるを得ないね」

「そっか。……そっか、そっか」


それを聞いた途端、左手がどろんと液状化してしまった。


「え。あ、うわっ」


右手も、というか足も溶けて姿勢を維持できない。びたーんと倒れるのは防ぎたいのでなんとか身体を傾けて、横向きに倒れた。


「どったの」

「いやー……多分、気が抜けたのかなぁ」


狐との殺し合い。

それに勝つための、色々。

どのくらい過ぎてきたか数えてないからわからないけど、その全ては……今こうして勝つためにしてきたこと、だ。

過剰すぎて楽勝になってたけど。でも、それに越したことはなくて。

ある種の重荷が外れたような、そんな気分。


「はは……やったぁ……」

「まるで何千回もチャレンジしてきたみたいな感じの雰囲気だけど、実際そうだったりする?」

「大体は、うん……」

「そうかい……僕は面と向かっては初対面なんだが、なるほどねぇ。だったらこの圧倒ぶりも納得だよ」

「……さすが、大体わかるんだね……ほっと」


気合いを入れて手足を元に戻して、立ち上がる。

彼もついでに鉄で背中を押してあげた。


「じゃあ、通らせてもらうからね」

「ああ、許可しよう。ついでに、案内もしてあげるよ」

「え、いいの?」


それは意外な申し出だったので、思わずそんな言葉が出てしまった。

だけど彼は当然と言いたげな顔で言う。


「さっき言っただろう、僕の意思は汐里の意思だ。たしかに一番強いのは拒絶の意思だった、さっき言った理由もあったしそれを最優先で代行したけど……“拒絶”だけじゃないんだよ、汐里の求めることは」

「…………」


……そっか。

人の心は、そんな単一のものじゃない。

時には、強さの違いはあれど同時に相反する欲求が起こることだって……


「わかったなら行くよ、汐里の部屋まで」

「うん……ありがとう」


彼が入り口に近づくと、ガラスのドアはスライドして開く。




中は……なんの変哲もない病院、って感じ。電気はついてないけれど……


「なんでここが、汐里の家なの?」

「汐里に今はとってここが家みたいなものだから」

「……入院してたんだ」

「そういうこと」


毎日帰って入院……って訳ではないんだろうね。

じゃあ、ずっとここにいたのかな。じゃあ、私が会っていた汐里は……


「ちゃんと汐里だよ。知らないことは多々あっただろうけど」

「……」

「……詳しいことは本人から聞けばいいさ。だけど、その様子だともう殆どわかってるんだろう?」

「確証を持ったわけじゃないけれどね……」

知られる・・・・こともまた汐里の拒絶することなんだが……こうなってはもう手遅れか。平気なのかい」

「割とね。実感が持ててないだけかもしれないけど……大体、とある狐さんのお陰で」

「狐?」

「そう、狐さん。あなたに似た人だったよ」

「えっ僕に似た存在が世界に存在するの?それ僕じゃないの?」

「あー……私は違うと思うんだけど、どうなのかな。あなたって時間に囚われたりしない?」

「まぁしないけど……でも過去に戻るなんてことはそれこそしないはずだよ。あくまでも僕は観客側だよ、巻き戻して鑑賞・・することはあれど巻き戻して干渉・・することなんてないない」

「そうなんだ。じゃあ、やっぱりそっくりさんだね。あの狐、会ってみたら良かったのに」

「いや勘弁だね。僕と似てるってことはかなりややこしくて面倒ってことだ。向こうも同じこと考えてるんだろう、互いに不都合だ」

「そんなものなんだ……ねぇ、ところで今後世界に干渉することがあるとして」

「唐突な上に素っ頓狂な前提だけどはい」

「顔を隠す為に狐面とかどうでしょうか」

「狐面?」

「そう。あ、穴は空いてないから前見えないけど」

「穴が空いてない狐面??」

「うん」


……しばし、彼が立ち止まる。

けど、しゅばっと指で二丁拳銃を型取りこっちを撃ってきた。


「採用。今度からそうする」


採用しちゃうのか……。


「狐面。狐面とはいいね。正体不明感が特にいい。前が見えないとんちき加減もいい。縛りプレイとしてもいい。そしてどうせならブーメランとしても使えるようにしようかな、あと緊急時にはビームとか撃てるのもいい。夢が広がるね」


なんかとても気に入って……指から落花生撃たないで、痛くはないけど煩わしい。


「とかそんなことを言ってるうちについたよ」

「え」


そう言われて見てみれば、すぐそばの病室に“睦月 汐里”という名札が貼ってあった。

というか奥の方に5Fとか見えるんだけど、階段とか登ったっけ……?


「ここは特に曖昧だから。ぼんやりした空間とも言える。ついたと思ったらついてるって感じ」

「……なる…ほど」


そういうことなら、そういうことなんだろう。

理解できないからそのまま飲み込むしかない。……彼だって理解はしてないかもだし。


「じゃあ僕はこれで。入ったら適当に話して、適当に選びな。拒絶に打ち勝った以上、もうお前さんの意のままなのだから」

「あ、えと……」

「んー?」


消えようとする彼へ、何か言おうとした……けれど、言葉が出てこない。

私の今の立場はどちらかというと侵略者だし、お礼を言うような立場ではない……とは、思うけど。

でも、こう……なんと、いうか。


「……お世話になりました」


気がついたら頭を下げていた。

彼は、しばらくきょとんとした顔をしていたけれど……笑って、言い返す。


「こちらこそ、いつも汐里がお世話になっています。……汐里のこと、よろしくね」


そう言った直後、やっぱりコマ送りで消えてしまった。

……味気ない。

例え何にもなくても、後付けでエフェクトでもなんでも付けてくれたっていいのに……なんて、狐とかが言いそうなこと考えちゃったな、とか。

そんなどうでもいいことを考えて、ドアに向き直る。


深呼吸。

吸って、吐く。


この緊張はなんだろう。

ドアの向こうに何がいる?とかはわかりきってるだろうし。

もう戦うとかも無いだろうし。

じゃあ、今こうしてドアを開けるのを躊躇してしまうのは何だろう。


周りを見れば同じようにドアが並んでいる。

奥にもずっとずっとドアが並んでいて、見えなくなるぐらいまで並んでいて。

あれ、そんなにこの病院は大きかった?

疑問を持つとぐにゃりと曲がって、ドアの数は減る。果てに窓があるのが見えるようになる。

気がする。

実のところ眺めているとどっちにも見えるし、どっちにも感じられる。

じゃあ眺めなかったら?

目を閉じてみると、周囲の気配が激しくうねって蠢いてるように感じる。

決まった形がなくて、つまりはどう変わっても問題ないってことで、見てくれだけの中身のない存在。

気配が変わらないのは目の前の部屋だけ。

私が立っているこの場所、そして目の前の部屋。

ここ以外の全てが消えても何も問題は無い、そんな感覚。


……自分でも何を考えてるのかよくわかんない。

でも、感覚的にこの空間がどんなところなのかがわかる、気がする。

虚構で出来た建造物。

ううん、ここだけじゃない。ここの外も……その中身も……

中身、そう、中身・・も全て。

なら唯一不変なこの部屋の中は、虚構じゃない?


汐里が私に話していた仮説。

私が今感じた世界の在り方。

にわかには信じ難い汐里の話も、感覚的な裏付けで信じられる。そうかも、って思える。


目を開けたら、病院の中はさっきと何にも変わってないのだけどね。


聞いた仮説も、私の感覚も、不確定なことに過ぎない。

この中が虚構じゃないのなら、中には真実が詰まってるはず。


…………確かめに、行こう。


覚悟は決まった。

ドアをスライドさせて開け放つ。




真っ白な部屋。

奥の壁に窓が一つ。

天井には照明が一つ。

部屋にある家具は一つだけ。ベッドがただ一つ中心に置いてあった。


で。

そのベッドで、汐里がとても安らかに眠っていた。


「……………あの…」


枕元にエアコンのリモコン、あと多分電気のリモコン、それとスマホ充電器にそれに接続されたスマホ……あとティッシュ箱が密集している。

そんな中で、汐里がとても安らかに眠っていた。


「…………………」


見るからに幸せそう。

これ以上の至福は無いと言いたげなオーラを全方位に放っている。

この眠りを妨げる事は誰も出来ない。してはならない。

それは人が幸福を得ることを否定することにも繋がり、自らが存在する意味、生きる理由、何を求めているのか全てを覆す行為にも繋がる事で……

……じゃない。流石にそれは突飛すぎる。すぎる、けど……


もう一度眠る汐里の顔を見てみる。


めっちゃ幸せそう。



…………えっと…どうしよう。


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