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誘拐された。




冒頭からこんな入りだと何が何だかわからないと思うから、まぁわかる範囲で私も何があったかを伝えようと思う。

いや私も割と何が何だかわからないのだけど。


さぁ今日もぐうたらに学校行こう、って感じで歩いてたら突如視界が閉ざされ身体の自由が何かに奪われ、とりあえず運ばれている。

終わり。


まぁ、めっちゃ驚いた。

驚いたけど、今はちょっとだけ冷静。なので、もう少しだけ情報を得られる。

思い返せばこうして誘拐される前に“反応”が急接近してくるのが感じられたし、そして今も側にそれを感じる。

知ってる気配。そこから、私の視界を奪いつつ私の自由を奪いつつ運搬している何かの正体は明確になった。


「——実束みつか?」


動けないけれど喋れはする。なのでそこにいるはずの人物に声を投げかける。

私を捕らえて運んでいるのは実束だ。

さっきからぴょんぴょん跳んだりしてる気がするし、一体どこに運んでいるのか。

そもそもなんでこんな事をするのか。私にはさっぱりです。


「みーつかー?」


というか返答が無い返事が無い。ただただ運ばれる私だ。

抵抗は無駄となんとなくわかってきたので、いっそのこと力を抜いて身を委ねることにする。何であれ実束なのは間違いないし、そう心配するようなことにはならないし。



………………………………。



動きが変化。止まった。

同時に物音……音的に、窓を横スライドで開けた感じの音?

周囲の空気が変わる。外気から室内へ。……というか、この匂いは……


「……ここ、実束の部屋?」


窓が閉められた。カーテンの音。

そういえば土足じゃ……と思った瞬間多分鉄に靴を脱がされ、そしてぽーんと投げられて、知ってる柔らかさが身体を包む。

実束のベッドだ。


どうしてベッド?と思った矢先、目を覆っていた鉄が消える。

少しぶりの視界だ。ちょっと眩しい。

そして匂いでわかった通り実束の部屋だし、実束のベッドに私はいた。

そして……ベッドの隣には。


「……えーっと……どうしたの?」


やっぱり実束だ。ニコニコしながらベッドに横たわる私を見つめているみたいだった。

さっきから台詞が疑問形ばっかになってしまってるけど、そうならざるを得ない状況とは思う。

突然攫われて、部屋に招かれて寝かせられて。

一体何なんだろう、と身体を起こ————せない?


引っ張られた手を見ると、手首に鉄が巻きついていた。それはまるで、というかまんま……手錠。

足は。足も上げられない。感触からして足首に鉄が巻きついている。

いずれもベッドに縛り付けるように鉄が伸びているんだろう。

私は今、ベッドに拘束されている。


「実束、何これ……ぇ」


首に鉄が巻きついた。首を上げることもできなくなった。

ちょっと苦しい。息ができないって程じゃないけど、横に動かすと苦しいってぐらいだけど。

今一番楽な体勢は、全身から力を抜いて天井を眺めること……だ。


小さな不安が胸中に芽生えた。


何にもわからない。

実束は何でこんな事を?これからどうなるの?実束は何でなにも喋らないの?

不明はそのまま不安に変換される。

だから答えが欲しい。不明を解消したい。

その為には、訊くしかない。


「あの、実束。そろそろ何するかぐらいは教えてもらえると」


何もない天井に、一人の人物が顔を出す。

一人の人物、いや実束以外に居たらびっくりするんだけど。

私を変わらず見つめながら、覆いかぶさってきて……え、馬乗り?


汐里しおり

「はい」

「汐里、汐里」

「うん」


……ちょっと、いや……かなり、おかしい。

正気じゃない、普通じゃない。

実束の表情。

それは笑ってるけど、ひどく歪んで、いびつで、無理やり笑ってるというか、笑うしかなくなってるというか。

顔を見て、実束が私を求めてるのはわかった。

だけどその求め方、は。


「っ…?」


冷たい何かが身体を撫でる。

確認する方法もないけど、確認するまでもなく鉄だ。私を拘束している鉄から、服の裏側……肌へ直接伸びていってる。

鉄は伸びて、広がって、身体を包んでいってるみたいで……


「んにゃっ」


そうして私の肌にぴったりと張り付いた鉄が蠢く。

マッサージ?確かにそうとも言える。けれど、この感覚、は、そうじゃなくて。


「…っ……ふ…ゅ…っ…ん………ひ……」


明らかにただのマッサージ、じゃない。

身をよじるもできず、身体に付加される刺激を受け入れることしかできない。

せめて、与えられるもの・・を声を漏らすことで少しでも、少しでも…発散?できてないよ。

そんな、私を見つめる実束の目がもっともっと歪む。


「汐里」

「なぁ、にっ…んくっ」


お腹に何か硬いものが当たる。

首の拘束が解かれた。だから、頭を上げることができて。

ソレ・・を見ることができた。


「……っん…み…つか、それ……」

「どうすると、ふふっ、思う?」


笑ってる。実束は、おかしくておかしくて堪らないのを抑えてるみたいに、まだ笑顔のまま。

いつ噴き出してもおかしくない、そんな様子。


「ずっとずっとずっとね、してみたかったんだよ。だからするよ。ふ、ふはっ。どうせ明日になったら元通りだから。こんな事してもぜーんぜん大丈夫なの。好きにできるんだよ。大好きだよ。」


顔が寄ってきて、こつん、と額が合わせられる。


「濡れてる?濡れてない?どっちでも構わない。ねぇ汐里、汐里」

「きっと痛いだろうね。でもそれも見たい。ぷふっ。苦しむ貴女が見たいな。知りたい、知らない汐里をもっと知りたい、だからさ、けははっ」


たどたどしい言葉が次々と投げかけられる。

ソレ・・はその為に作ったの?そう。そうですか。

確かに痛そう。ぶっといし、そり曲がってるし、ごつごつしてるし。もうあてがわられてるし。

そんなの挿れられたら……と想像すると、身の毛もよだつ感覚がする。


さて。


そんな状況だけど、まぁ私のする事は特に変わらない。

実束の要望に答えるだけ。



「いいよ、実束」


まずそう伝えた。


「ぅえ?いいって?」

「いいよ、って言ったの。挿れてもいい、けれど、それ以前に」


ごん、と額を突き返す。


「そんな演技しなくていい」

「えんぎ」

「そう、演技。実束、私に・・・・・嫌われたいんでしょ・・・・・・・・・?」


鉄が止まった。

実束が止まった。

表情が固まった。


「は」


短くそんな声を漏らして。


「……へ、?」


かくん、と、人形みたいに、首が曲がって。


「だけど、駄目だよ実束」


手足が自由になってたから、固まった実束を押しのけて、ぐるん、と上下を入れ替える。


「こんなんじゃ私は実束を嫌わない。どうやっても私は実束を嫌わない。というか……うん」


思い浮かべる。普通は恨まれそうな事。できるだけ大きな出来事。

検索して、見つけて……出力。


「殺されたって嫌わないよ」

「!」


固まった表情が強張った。

それが何を意味するのかは……わからないけど、それを見て確率の低い予想が一つ頭に浮かんだ。

けどそれは、まだ口には出さない。先にやることがある。


「なんで」

「なんで、って……だって、それが実束の求めることだし」

「だって、死んだら、終わっちゃう」

「味気なく死ぬよりマシだよ。……死にたくはないけどさ、でも、誰かの糧になるなら結構希望があるなぁって。それが実束ならなおさら」

「私は、死にたくないよ」

「うん」

「死にたくなかった、から。私、は、死にたくなかったからって、わたし」

「……実束がさ、何を経験してきたのか、私にはわからない」


覆いかぶさるのをやめて、実束の隣に寝そべった。

実束はこっちを向かない。天井を向いたまま。


「だけど、実束が……私に何かを求めてるのは、はっきりわかる」


いびつな笑顔はもう消えていた。

だから、笑顔の裏側がすっかり表に出ていた。


「乱暴なことしようとしたのは、嫌われたいから」

「嫌われたら何かがすっきりする、気がしたから」

「だから、私に突き放して欲しかったんだ。何故かは、まだわからないけれど」


一人で勝手に喋る。


「でもそれもさ、違うんだよね」

「私がそんな事で突き放したりしないって、なんとなくわかるでしょ?」


沈黙。

だけど実束はわかってる。


「というか」


頰に手を添えて、こっちを向かせた。


「無理やり笑顔で誤魔化してたけどさ。それ・・、乱暴する人の顔じゃないよ」


隠すかなとか思ったけど、実束は無抵抗だった。

目が合う。今日、やっとちゃんと目が合った。

さっきの、貼り付けた笑顔を通してとかじゃなく。


……うん。やっぱり、人を襲うのなら。

そんなに泣きそうな顔はしないよね、やっぱり、うん。


「……そんな、だった?」

「そんなだよ」

「…………私……」

「言いたいこと、たくさんあるんだよね」

「……うん」

「ちょっとずつ、ちょっとずつ言って。ちゃんとわかるように」

「……わかる、よう、に」

「そう、わかるように。……まずは、ほら、目的」


これでいいのか、正直わからない。

もっと良いやり方があるのかもしれない。うまいやり方、うまい話し方。

だけど、私にはこれしかできそうにないから……それを精一杯。

それが私の最善。


「実束は、私に何をして欲しいの?」


口を開きかけて、やめて。


思案して、目が落ち着かずに揺れて、息だけが吐き出されて。


言いたいことは浮かんでる、だけど言葉にすることができない。不安が頭を包んで、確信を持てない。……そんな感じなのかもしれない。


だから、実束の両の頰に手を添えて、ゆっくりと胸元に抱き寄せた。


「———————」


息を飲むような、そんな事をした……ような気がした。

そのまま私は待つ。

待ってあげる。急かさない。

できるだけ、できるだけ、安心させる。




そのまま、いくら経ったか。




「——しおり」

「はい」


実束の手が私の制服の…袖を掴む。

力強く、力強く…掴む。



「……たす、けて…」


消え入りそうな声だった。


少しの物音でかき消されてしまいそうな、微かな喉の震え。


「わかった」


だけど、ちゃんと、受け取った。








封が切られたように泣き出した実束を抱き止めて、なだめて、なだめて、それを続けて。


泣き止みこそしていないけれど。

少しだけ話せるようにはなった実束がちょっとずつ語り出したのは……確率の低い予想の通りだった。


実束は私を何度も何度も殺した、らしい。


実束が、私を。

しかも、何度も?何度も、ってどういう事だろう。


その訳を訊いたところ、帰ってきたのはとても現実とは思えない話。



一日を何度も何度も繰り返す世界。


そこから抜け出す術を知っているらしい、狐面。


狐面に会う為に何度も殺される、私。


そして、“殺す”という発想の元になった……



「不明晰夢?」

「……汐里は、忘れてると、思うけど」



不明晰夢。不明晰夢。

私は忘れている、らしいその言葉、それに関する一連の出来事。


実束だけじゃない、実房さんとか、常ちゃんとかとの戦いの日々。……普段の戦いはとてもぬるいものだったらしいけど。


そして、日頼がラスボスで。

全て終わった後、実束と日頼だけが記憶を引き継ぎ、不明晰夢関連で発生した損害を元通りにして、新しい日常を作り上げたという……


……“私”、が。



「…………」


状況的には、きっと本当の事なんだろう。

こんな状態の実束がそんな嘘を言うはずがない。

私が忘れているのも本当で、実束が何度も何度も繰り返してきたのも本当で、本当のはず……なんだけど。


「……ごめん。今…実束が言ってること、全く信じられない……」


私はそう言うしかなかった。

なぜそう感じるのかも説明ができなかった。自分で自分がわからない。

そしてそれを聞いた実束が驚いていないのも意外だった。


「やっぱり……わからないんだね」

「…………もしかして、過去に話したことあるの?」

「うん……」


続いて聞いた話によると、恐らく私には記憶のロックがかかっているという。

“私”が自分自身に行ったとか言う話だ。実束の言う不明晰夢の記憶を思い出させない為に。

私が持っているという本来の能力を封印する為に。


……これは多分、そうなんだろうという実感が持てた。

だってその話自体を頭が全く理解しようとしないから。よくわからないとかじゃない、これは拒絶だ。

だから逆に信じられた。いくらなんでもおかしい。

だけど、自分に封がされているという事実はなんとなくわかっても、それでさっきの話が理解できるというわけじゃない。


考えようにも、考えようとすると頭が拒否して考えられない。

やっぱり異常だ。それだけわかっても仕方ないのに。


なんてことをしてくれたんだ、過去の私。あぁ、どちらも・・・・だよ。

記憶を封印した私も。

実束の話を受けて、訳がわからないなんて言った私も。


殴りにいけるなら殴りにいきたい。

そんな苛つきをついでに発散すべく、私は携帯端末を取り出した。


「……?汐里、なにするの……?」

「もう一度話して、今まであったことを。今度は近い方からじゃなくて、もっと、一番遠い方……そうだね、私と実束が会った頃からでいいから」

「わかった…でも、メモに取ったところで、多分……」

「メモじゃないよ」


実束の疑問の表情。

それに構わず、私はテキストアプリを開いて、まず最初にタイトルを入力する。



……まぁ、適当に。

そのまま、『不明晰夢』でいいでしょう。



「私は実束の話を信じられない。何度聞いても空想の話にしか聞こえない」


第1話のタイトル……は、後で内容を見て決めよう。


「なら、空想の話として理解するだけだよ。二次元っぽい話なら、二次元に落とし込むまで」


後はそれで理解した後、真面目に話せるかだけど……

それは全く問題にならない。


だって、夢話を本気で語る・・・・・・・・のは慣れっこだから。

夢を夢見て、届かないものを追い続ける。

それは私の日常。

私の楽しみ。

私の、希望。

……今まではそれだけだったけどね。今は希望が目の前にもう一つ増えてる。


「安心して。私は真面目に、本気で、空想を考えるよ」



少しだけ暗雲が晴れたような表情になった実束が語り出すと同時、私の指は文字を打ち込み始める。


聞いて、頭の中に世界を展開して、それを言葉に変換して、私なりの表現にして。


ちょっと雑、いや我流もいいところだから雑で雑で読む人の事なんか考えてない書き方だけど。


でも……あぁ、やっぱり。



楽しい。



これが私の思考、私の考え、私の感覚、私の見る世界。


……そう考えると、小説というより日記みたいなものなのかもだけどさ。

エッセイ?そういうのなのかも。


結局、こうして自分を表現する事が楽しいって事は、所詮はただの承認欲求なのだろう。


そう思うけど……だけど、こういう考えも、ある。


私の見る夢は楽しい。見ていてとっても、とっても楽しい。


それを他の人にも見せたいのかもしれない。これも承認欲求?わからない。


わからないけど、夢中になる時は夢中になるくらい、私は満たされるのは確か。


それだけで充分?充分も何もない。


承認欲求。それもある。でもそれは、元の元の目的ではない。


こういうのを始めた、一番最初の目的は……




「……大体・・わかった・・・・


指を止めて、書き上げて、私は実感と共に呟いた。


「理解したよ。今度は何かに邪魔されない。この物語をちゃんと取り込めた。……物語として、だけど」

「それだけでも……充分すぎるよ」


見れば、実束はまた涙が溢れそうになっていた。

ので、また胸元に抱き寄せてゆったりと撫でてあげる。


「ごめんね、ずっと独りぼっちだったんだよね。……また」


広義的に見れば、実束はまた一人で頑張っていたんだ。

私に会う前は、一人で不明晰夢を生き残り。

今は、一人で同じ一日を……殺して、殺されて、数え切れないほどに。

……その流れで言うならば。

今が……“私”が、転換点だ。


自分が書き上げた文面を読み返す。




ループの向こうに私はついていけない。


だから、私が届けられるのは言葉だけ。



「正直、その狐を倒す方法はわからない。そもそも、打ち倒す存在でもない気さえするし」


「だけど……あくまでも、予想だけど。狐の目的とかなら……伝えられる」



不思議な確信を持って、私は語り出す。

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