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「—————————。」


自分の部屋の天井が映っていた。

自分の部屋の、天井。


「—————ッ!!!」


飛び起きて首を触る。異常は何もない。

何もない、けれど、記憶は、感覚は—————


「ゔっ」


また。

ううん、内容物は戻ってる。戻ってるんだ、いつも通りに、私の記憶だけを置いていって。

トイレは間に合わない、から、口元を鉄の袋に接続して。


もう止めようとも思わない。

吐けるだけ吐き切って、それで、どうする?

私はあの時、確かに殺された。

首。あの一瞬で首を落とされた。

なのに、今私はここにいる。日付は確認するまでもない。

死んだ。でもここにいる。生きている。気持ち悪い。

なんで?私は死んだのに。

私の死がきっかけでループしたの?

いや、ううん、私が死んでも死ななくても、明日になれば全部元に戻るんだ。

なら、私の意識が死んだ時点で途切れても明日になったら……こうなるわけか。

私は失敗した。

進展はあった。それも、今までで一番可能性がありそうな道。

だけどその先は断崖絶壁に近い。

あの狐に私はいともたやすく殺された。なにも抵抗できずに一瞬で。


狐は、「意思のぶつかり合い」と言っていた。

じゃあ、あの強さは、そのまま、汐里の拒絶の強さだっていうの?

そんなに嫌がることをしようとしたの、私は。


「ぅえほっ、げほっ………ぜぇ……っ…はっ…」


……あらかた吐き終わった。頭の気持ち悪さは晴れない、だけど少しでもマシになったならそこからぶり返さないように意識して、落ち着くのを試みる。


私のした事は……間違ってるだろう。普通ならする筈のない選択、なんだろう。

だったらどうする?まだやり直せるとでも?

もう戻れないって思って私は動いた。

どうすれば許してもらえる、なんて思考が湧いてくるのを振り払う。

どうすれば?そんな方法無い。許されるはずがない。記憶がない汐里に事情を話す訳にもいかない。

あなたは知らないだろうけど私はあなたを殺しました、ごめんなさいなんて。信じられるはずもないどうすればいいのかだってわからない。

私の道はとっくのとに一つに決まってるんだ。迷う事なんかない。


迷う、事、なんか。


「………………ぇ……」


迷う事なんかない、と、考えた瞬間に、この先すべき事の情景が頭に浮かんだ。

浮かんだけど、それは。

まさか。







「おはようおはようはたまた僕だよ。えぇと、昨日を除いて最後に出たのはいつだっけ?11ぐらい前?10ぐらい前?ともかくそう、それだ、ビームの時の。そこで言ったようにまともに出てくるのには結構抵抗がある。その時理由はぼかしたがここでもぼかそう、でもちょっとだけ本心に近い話を。違和感の話さ。僕ってかなり存在が特殊な方でね、今は出張中なんだが元の場所でもどうしてもそんじょそこらと一緒にいると違和感を感じてしまうんだ。自分が居るべきところはここじゃない気がする、って感じがしてね。無論それは自分の思い込みだろうし他者の感覚を決定付ける悪しき行為である事は認識しているがそれはそれとして僕が心地よくないから駄目なんだ。それと性質上僕が居るだけでその世界はどんどん正しいレールから外れて台無しになるだろうし。こうして喋るのは好きなんだがねぇ。だから普段は滅多に表には出てこない出てこなくても状況その他の把握はしてるけどねそれこそ表から舞台裏まで隈なく、だけど干渉する事はほぼない。じゃあ今は?と思うだろうけど、今は特別なのさ。珍しく僕が出るべき状況、僕がいても平気な状況って訳だ。喜ばしいね、楽しいね、いっぱい喋るぞいえい」


狐「あ、そろそろ大丈夫か?」


震える身体が、ほんの少しは収まる。

収まる、けれど、


「…ぉ、ま、ぇえええ……!!」

狐「恨まれる筋合いはないよ僕は実のところ何もしていない。全てお前さんがやったことさ。それはお前さん自身もよくわかってるだろう、と月並みの台詞をぶつける僕だ」


それが最も効くのも分かってやってるんだろう。

ああそうだよ、全部私が勝手にやったことだ私が悪いだけど、


「にかい、も……!」

狐「だーかーら、こっちを諦める道もあったと言うのに。それでも殺してここに来る道・・・・・・・・・を選んだのはお前さんだぜ?」


その狐面へ向けて鉄の槍を


狐「まだ会話イベント中だ」


突き刺そうとしたのに、鉄は消えてしまった。


狐「で、えーと……そうそう。そんなに嫌ならやめればよかったんだ」


返答はわかってるくせに。


狐「ああ分かってるとも。手に取るようにわかる、本を読むようにわかる。縦書きじゃなくて横書きだけど。ま、散々言ってたしねもう戻れないとかなんとか。まさかこんな道だとは想像してなかったか?なんとなーく分かってたんじゃないか?考えるのが苦手だとしても直感でわかりそうなものだが。この期に及んで思考を放棄し逃避してた可能性は?」


言葉を交わす意味も、ない。

忌々しいことに。昨日よりも、回復が早い。

忌々しいことに。

……忌々しいことに。


狐「用意してなきゃそんなに慣れが早いはずはない。本心ではこうなることをわかってたんだ。そしてそれは一度や二度の為の覚悟ではない」


声がうるさい。

苛立つ。

気がつくと私は立ち上がっていた。


狐「さてさてさてさて、それは果たして何度になるのやら。お前さんは何度殺して、何度死ぬことになるのやら」


狐はゆったりと刀に手をかける。


「……っ!」

狐「それはお前さん次第、ってやつだ。心配しなくていい、僕はやり方を変えるつもりはないよ。そして更に心配しなくていい、この世界で誰かが死ぬことはない。とりあえず今日は存分に家に帰りな」


刀。

あの刀。


狐「怖がってるね。死ぬのは怖い?死なないさ。だがまぁ感覚は本物だしねぇ。じきに慣れるんじゃない?」


狐「もちろん、お前さんが"殺す"のにも」



頭が真っ白になって、喉が訳のわからない音を立てて身体が動いていた。

「前略、0」。そんな声が聞こえた。


落ちる視界。

倒れる身体が見える。









「………………」


天井を認識した。


そこで終わればいいのに。

身体が戻ってるなら脳も知らないはずなのに、私は次々と記憶を巻き戻し、読み込み、理解を進めていく。


「………………はぁ」





「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」





叫びたくなった。



「ああああああああああああああああああああああああああああ」



きっとこんなの序の口なんだろう。

これから先、何度も何度も、私はきっと。



「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」



後悔はある?


ある。

これからもきっと後悔ばかりだろう。



実束みつか!?」


別にいい。

後悔することは決まってたことだから。

どちらにせよ後悔する未来は目に見えている。

だから。

このことはもう考えたっけ?

忘れてる。あと何回同じことを考えるんだろう。

あと、何回?


叫び終わった。


「………………あー、お姉ちゃん」

「どうしたの……?」

「引いてるね」

「いや……実束?」

「安心して。これからは出来るだけ、他の人にはおかしくないように見せるから」


ここはもうだめだけど。

やっぱり覚悟は決まってない、それでも叫ぶだけ叫ぶと少しだけ落ち着いた。

これまでも正気じゃやってられない時間だった。これからはもっとだ。

だからこれは、ウォーミングアップ。


「また明日ね」


確実にする為に、胸を貫くとかじゃなくて、首を刈ることを選んだ。

うまくいった。







狐「レディースアンドジェント……ジェントルいないか。僕?僕に性別は設定されていないさ、そもそもレディアンジェンに司会の人は含まんだろう。とにかくレディース、これで三回目だ。一日空いたけど何かした?そして今日は吐いてないね。恐ろしいことだ、たった三回で慣れてしまうのか。人間って怖いねぇ。それとも人間じゃない?自分が人間という証拠もないのにこんな話をしても仕方ないというのはあるが、逆に訊くが自分が人間じゃないって自覚したことはあった?この前化物みたいって言われてたね」


「……考えてないよ、そんなこと」


今日は頭を潰した。

するとここに狐面がやってくる。

訳の分からないことを話し始める。


狐「そうか、まぁそりゃそうか、自分を人間だとか人間じゃないとか考えていたらあんなことできないもんね。正気の沙汰とは思えないし実際正気ではないんだろうね。まともな人間がすぐ人を殺しにかかれるか。3回も親友を殺せるか。殺しても殺されても続けようと思えるか。なーんか大事なものが欠けてる気がするよね、本来必須な何かが。だが欠けててもそりゃ納得だ、不完全から完全が生まれたらちゃんちゃらおかしいってものだ。欠けた部分は本来それがないと動きさえしないがそこは曖昧にしておくことで何故かこうして人間っぽく動けてる。そうだね、車のエンジンがある、タイヤがある、操縦者がいる、だけどエンジンの中身が存在しない。だけど中身が無い、ってことが曖昧になってる、だから走れてしまう」


考える。

私はもう二回殺された。二回とも首を落とされた。

あれは避けようがない速さだ。なら……


狐「けどこの場合はあれだ、中身がなくても曖昧だから走れる……ではない。どちらかというと、中身がなくても走れてしまったから曖昧ということになった、みたいなイメージだ。本来走れないけど実際走れてしまっている、中身が無いことが明確になったら矛盾が生じる、だから明確にしない。矛盾を許容する為に不確定事項を不確定のまま“よし”としたのさ。無論この状態になってしまった何かしら、今の喩えで言うと車だが、この車はとても脆い。物理的ではなく理論的に。そこを突かれたら一瞬で曖昧が払拭されただの鉄屑になるだろう。だがそんな心配は無い、現実でならともかくとしてこの世界はそういうものなのだから。出たらどうかわからないけどね、そっちも割と心配ないかも」


全身を鉄で覆う。


狐「おっとまだ話し途中だ」

「身構えるくらいはいいでしょ」

狐「確かに。ラウンド開始前に移動のみできる方式がお好みか。いいだろうそうしよう。そして元々中身が無いからか話を途切れさせた瞬間、僕は何を話していたか加えて何を話そうとしていたか忘れてしまった。なら始めるしかないな」


狐面が、また刀に手をかける。

……鉄の内側で、息を吐く。落ち着いては、いる。

だから、大丈夫。


狐「ではラウンドコールなんていないので僕が代わりを。0で始めよう」


返事はしない。


狐「2」



狐「1」




狐「0」




一瞬で鉄は両断された。



鉄の防御なんて霧でも斬るみたいに関係なく、首部分は落とされた。




「—————ッ!!!」




それを感じながら・・・・・・・・

しゃがんだ姿勢から・・・・・・・・・鉄の鎧を突き破って・・・・・・・・・前へ跳び出した・・・・・・・


狐「おや身代わり人形……というか抜け殻ってところか!」


再び鉄を纏い、低姿勢のまま狐へ駆ける。

振られてからじゃ避けられない。

攻撃される時には既にそこから……“射線”から逃げていなくちゃいけない。

狐の刀が鞘に収まるのが見えた。狙ってくるのは頭、一撃必殺。

まだ狐へは届かない。もう一度避けなくちゃいけない。

このままじゃ頭の位置はバレバレだ。低姿勢のまま鉄の足が床を蹴りつけて、跳ぶ。


狐「なら、次は縦だ」



その言葉を理解するのと同時、むしろ早いくらいだったかもしれない。

跳んだ鉄の鎧は、音を置き去りにして綺麗に両断されていた。


……私は。


変わらず駆け続けていた。


狐「お?」


跳んだのは鉄の鎧、人型の抜け殻だけ。

私はただただ一直線に突き進んで、そして、


————射程圏内!ここなら……


狐へ手が届く距離まで辿り着いた。

瞬きをした覚えはなかったが、コマ送りでもしたかのように刀はまた鞘に収まっている。


狐「大前進じゃないか。手が届くなら、後は殺せば死ぬよ」


言われなくてもわかってる。


狐「——手が届くと言っても。手を出せれば、だけど!」


もう避けようがない。

今の至近距離。あの速さ。

どう考えても刀が届いていない、妙な斬られ方をされるまでもなく。直接私は斬られるだろう。

鉄で防いでも無駄だ。

だけど。

防ぐ必要は無い。手を出す必要もない。


手は、向こうから伸ばしてくる。


狐「……なるほど」


私は斬られた。

けれど、斬れていない。

認識できない、どう見ても届いていない謎の斬撃には対応しようがない。

だけど、この距離なら、刀で斬られたって認識できる。

刀は……“鉄”だ。


狐「そういえば常の時にやってたっけね、こんなこと」


の刀は私に触れた瞬間に私の支配下に落ちた。

斬れることはない。

斬れるのは……狐の方だ!


狐「第一関門突破かな。果てさて、1%突破なのかも微妙だが」


甲高い音がした。


「な——」


私の支配下にあった鉄は、刀の柄ごと一瞬で何処かへ弾かれてしまった。

何に?

……鞘。


狐「とりあえずおめでとう」

「!」


次が来る。

避け、無理だ鉄で防御


「ぐげェッ!!!」


巨大な鉄球でもぶつけられた、ような。


鉄が無かったら千切れていたってくらいの衝撃が私にぶつけられて。

次の瞬間には窓に衝突して。

次の瞬間には窓を突き破って教室から追放されていた。



身体を鉄で覆って状態を確認する。ああ、右腕がひん曲がってる。肩も変。正常な人間のシルエットじゃない。

だけど、まだ死んでない。

落ちる前に鉄を伸ばす。狐の元へ。

死んでないなら、まだ殺せる。

何か教室の窓から小さな点が見えたと思ったら、それは急激に眼前にまで迫ってきていた。


「ぁ」


刀だ。











「……………くそ」


また、死んだ。

ぼんやりと“夢”の内容を思い出す。

刀は突破できた。いきなり斬り殺されて終わり、にはならなかった。

でも、次は打撃。

刀を振る速度が尋常じゃないなら、その速度で鞘を振るったら相応の破壊力になるはずだ、それはもう。


気分が悪い。でもすぐに治っていく自分に対しても気分が悪くなる。


天井を眺める。

そこにはもちろん何もない。

だけどそうしていると、何もないから、別のところに思考が向けられる。


狐の行動は、汐里の意思。そう言っていた。

あの抵抗は拒絶。汐里の、拒絶。

汐里は……私にここから抜け出して欲しくないらしい。

それが何故かは全くわからない。

前と同じ日常に戻ることがどうしてだめなのかわからない。

……なんにもわからないよ、汐里。


知らないままこのまま走り続けていいんだろうか。

走るためには知る必要がある?でも、知るためには走る必要がある。

それじゃあ詰みじゃないですか。

知る必要は無いって言ってるの?

ずるいよ。


「……………折れてやらないんだから」


布団から抜け出す。


異常・・を飲み込んで、無理やり消化して、受け止める。


正気が震えるのを無視して、私は部屋から出て行った。



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