493.6




狐「それで、喋れる?会話は可能?胃の内容物が無いと仮定してその表情はむしろ安心してるって感じだね。僕が来たことがそんなに嬉しかったか、それは中々光栄ではあるものの、とりあえず僕はしばらく待つとするよ、お前さんが少しでも喋れるようになるまで。喋るたびにげろろろろと吐かれたら流石に僕も対応に困るってものさ。バケツいる?自分で作る?そう」


狐面は適当な椅子に座って、足を組んでそのまま動かなくなった。


私は。


落ち着こうとして、また嘔吐した。

身体が悲鳴を上げている。

自分がした事を全力で否定している、だけどもうそれは行われてしまった。

否定しようがない。 詰みだ。

気持ち悪い。違う。何をしたかわかってるの。わかってるから気持ち悪いんだ。

死ね。死ね。死ね。死ね。どこまでも詫びた後死ね。死んだ後も痛めつけられ続けろ。それは本心。


だけ、ど。


「げぼっ、ぉぶぇ……っはーっ、はーっあ、げほっごふっおぼろろろろっ」


吐いたものは吐いた先から消えていく。

顔が潰れた誰かもいつのまにかいなくなってる。

だからどうこうという訳じゃ、って思うのに、少しずつ、少しずつ思考は修復されていく。

傷は残ってるのに、痛いのに、苦しいのに、心は治ったふりをしていってしまう。

それが正しいなんて思いたくないのに。

私は立ち直っていく。今だけ立ち直っていってしまう。

傷はそんなもの?その程度のこと?

うるさい。

もう黙れ。


「………………ぜ、ぇ………はぁぁ…っ……はっ……」

狐「お、喋れる?喋れるね。結構早い立ち直りだよく頑張ったねそんなことしなきゃよかったのに。おっとこれはまだ早かった。それじゃあ喋れるようだから訊くけれどまずはその前に本題に入る前にボーナスタイムだよ」


少しだけぼんやりする視界の中で狐面は椅子から跳ね飛び、私の目の前に着地した。


狐「覚えてるかい?覚えてないから思い返せ読み返せ。今から22話ぐらい前とかをね。ファンクラブ初回サービスの時間です、質問に正直に答えてあげましょう」

「…………覚え、てるよ。それ以外も、あの時のこと全部。……だから、呼んだんだから」


何を訊くべきか?

最も謎なこと?最も訊くべきこと?

……そんなの考えても出てこない。

ずっとそうだ。大体始まりは直感だ。

だから……一番気になってることを。


「あなたは、何者?」

狐「ほう」


狐面は……その面を取って、顔を露わにして、語り出した。


「それを訊くか。なるほど。じゃあ答えるよ。僕は睦月汐里おかあさんの作った、汐里の端末だよ。名前は存在しない。汐里の感情や意思の代弁者、又は代行者。僕の行動の原動力は全て睦月汐里おかあさんの為」

「例えば汐里の興味を代行する。知りたくないけど好奇心は止まらない。ならば汐里の代わりに僕が知る。“したいけどできない”、“したいけどするわけにはいかない”事を代わりに行う者だ。汐里の力は全てに届く。だが汐里が汐里のままでいるには知ってしまえることが多すぎる。目の前に知りたくない映像が無遠慮に流れてしまう感じか。興味をそそられるのに目を背ける必要がある。だから僕がいる。映像への興味を僕が担当する。そうすれば汐里は苦しまない。目を背けるのに労力をかけない」

「だから僕は知っているんだ。世界の真実を。人間が知ってはならない、知ったら壊れるしかない事実を内包してる。ただそれだけさ」


「……じゃあ、あの時汐里が……紡が呼び出したみたいな、キャラクターの一人ってこと?」

「まぁそういう事でいい。あの中に混ざるには出自がちょいと特殊だが広義的にはその認識でもなんら間違っていない。これで僕が何者かについての質問はもう答えたかな。答えたね。じゃあボーナスタイム終了として」


狐面を被った。

瞬間、に。

また私は吐いた。

理由。また吐き気が蘇ったわけじゃない。

狐面から凄まじい“圧”を感じたからだ。

これは、何かを考えるまでもなく。

殺意。


狐「————そういう存在なわけだ、汐里を殺されて怒らないわけがないってのは無論わかるよな?」

「………………………………。」

狐「うん、まぁ理解できるわな。だがしかしだ」

「それは汐里の望むところではない、というわけで問答無用は無しだ」

「………っはぁ、はぁっ……はぁっ……!」


殺意が消えた。

そんな自在に出し入れできることなのか、と思うけど、実際できている。


狐「ここから何をするかの話に移るが、まぁまず僕はお前さんに求めたいことがある」

「……わかってるくせに」

狐「儀式的なものさ、わかっていても短縮すべきものではないものもある。さぁ話せ、今に至る経緯を」

「…………。……何をしても変わらなかった。何をしてもみんなはいつも通りだった。もう方法が思いつかなかった。手がわからなくなった。だから、ヒントを得ようとして、私は今まであった事を思い返した」


リベルタ……日頼との戦い。

イベリスとの戦い。

常ちゃんとの戦い。

汐里とのわだかまりの解消。

汐里とイベリスのこと。

連れ去られる汐里。

ジャックを倒した後のこと。

ジャックとの捨て身の戦い。

常ちゃんが幽霊と発覚した時のこと。

……そして。


「……まだ説明が付いてないことがあった。紡の事はまだいい。もう、あのキャラクターたちも“力”によって生み出されたものだってわかる。死んでも死ななかったのも日頼がやってたことと同じように“力”を使ったってわかる」

「でも、あなたは……突然現れて、突然去っていった。汐里も、紡も、あなたに対して何も言わなかった。あなただけは、ずっとずっと謎だった」

「だから、あの時と同じ状況になれば、来ると思ってた。あなたが来なくても、紡が出てくるはず、だと思ってた。……だから」

狐「そのくらいの理由があれば汐里を殺すに十分と」


言葉が容赦なく突き刺さった。


狐「他に何もないと断言できる理由はなんだ?お前さんはもう世界を全て知り尽くしたのか?たかだか493日間、時間にして118016時間ほどが人殺しの理由になるのか?」


やめて。とは言えない。

心に突き刺さる。言葉が?

言葉、かと思ってたけど、違う。ああ、これは鉄だ。

言葉が引き金になって罪悪感が動き出す。

狐の言葉に完全に同意する。

そんな程度で。

汐里を殺すなんてこと。


狐「で、お前さんはそれをわかっていながらも実行に移したわけだ。汐里の意思ではなく自分の意思を優先したんだ。繰り返される時間で汐里が偽物とでも思ったか?いいや、本物だよ。確かにお前さんが殺した汐里はお前さんの知ってる汐里だとも」

「それでも」


震える身体、を鉄で無理やり立たせる。

迷いはある。断ち切れるわけがない。だから、このまま私は行動した。

それは、この迷いを抱えながら進むってことだ。

私は汐里を殺した。汐里のためじゃなく自分のために。

それを無意味にするわけにはいかない。


「私は、前に進むことを選んだの。自分のため、を選んだの。私にはこれしかわからなかった、だからこれを選んだ。間違っていても、馬鹿でも、始めたからには貫き通す。もう私は戻れない」

狐「ほう。背水の陣ね。……で、そんな枳実束は僕に何を望むの?」

「このループを終わらせる方法を。閉じた世界から抜け出す方法を」

狐「ループを終わらせる方法ねぇ……そっちは置いといて、抜け出す方としては……あることには、ある」

「なに?」

狐「教えない」

「…………」


狐は再び椅子に腰掛け、鞘でこちらをゆらりゆらりと指す。


狐「無条件で教えるとでも思ったか?そんなに都合よく“現実”は動かないよ。僕としては教える義理もないしね、何せ親をぶっ殺されたんだから」

「……なら、条件は」

狐「うん、教える為の条件は存在するよ。あくまでも無条件では、だ。そして僕がお前さんを恨んでいようとそこに僕の意思は存在しない。僕の行動は全て汐里の意思の元に、なのだから。僕のなすことは間接的に汐里の欲求と思っていいさ、だからこうして会話もしているんだぜ?」


ゆらりゆらり、としていた鞘がぴたりと止まる。

それはまっすぐ、私の首へ向けられていた。


狐「条件は単純に一つ。僕を一回殺してみな」

「……!」

狐「もちろん抵抗もするが。抵抗は拒絶の意、この意味はわかる?」

「…………汐里は……それをして欲しくない?」

狐「そういうことだ。ここでいう“それ”はお前さんがこの世界から抜け出すことだ。汐里はそれを拒絶している。だから僕もそれを阻止しようとする」

「けど、私が、お前を殺せば」

狐「この拒絶をぶち破って突き進むって事になる。単純だろ?要は意思のぶつかり合いだ」

「…………」


話は理解できた。

つまり、私は。これから、汐里の嫌がることをするってことだよね。

汐里の意思をもう一度否定するってことだよね。

……深呼吸。


狐「覚悟は決まったか?」

「そんなの……決まってたら、迷ってなんかないよ」


手から鉄が流れ落ち……すぐに剣を形作る。


「けれど……“やる”覚悟は、決まった。お前を、殺す」

狐「そうかい。なら、さっそく始めようか」


椅子から立ち上がると共に空き教室の中から椅子や机が消滅する。


狐「ちょいと狭いが、まぁさっきよりマシだろう」


狐面をしたままゆったり刀に手をかけた。

私は身構える。どんな事をしてくるかわからない。

全身へ鉄を流して鎧にする。


狐「では、0で動き出そう。不意打ちとかしないから心配は無用だよ」

「……」



狐「3」



剣を構える。



狐「2」



狐の動きに全ての神経を回す。



狐「1」



…………息を吐き————





狐「0」





狐はその場で刀を抜き放ち、そのまま振るっていた。

いわゆる居合い斬りみたいな形。振るった時の動きは全く見えなかった。

まるでコマ送りみたいな。


「——————」


……?

それに対して身体を動かそうとしたけれど、全く動かない。

言うことを聞かない。

視界が揺れる……というか、ずれる?

息を吐いて、そのままで命令が止まってる?



狐「やる覚悟は決まったって言ってたな」

狐「僕は“やられる”覚悟の方を訊いたんだが。で、どう?」



それが聞こえた。

それで、何となく、直感的に自分の状態を理解して。







視界が湿った音を立てて落下した。




暗転。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る