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「ねぇ、実束みつか

「私たちが今こうしてるきっかけ、覚えてる?」

「そんな気もするけど……しかし、なんで?」

「……ここで好きとか言わないの、勘違いされるでしょうに」

「わかってるでしょうに……」

「言いたいことあるなら放課後ね」

「前見て」

「……会ったばかりの頃夢がどうとか言ってなかったっけ」

「そう。よく覚えてるね」

「……今も夢は楽しいよ」

「それも違う。……だから不思議なの、私がそういう考えを持つようになったきっかけとか理由が全然わからなくて」

「うん」

「実束ならそう言うと思った」

「……まぁ、実際のところそうだよね。不都合があるわけじゃない」

「どっちも夢かも」

「特定の時間だけは」

「部活入ってないもんね」

「結果帰宅部と」

「今日はぐいぐいくるね」

「人前だから」

「うん、いっぱい甘える」

「……だから、終わったら早く行くから。準備しててよね」

「真っ赤になるくらいならからかわなきゃいいのに」

「それ実束が言う?」

「……無自覚とか言わせないからね」

「じゃ、モード変えるから」


汐里しおりが去っていく。

それを私は見送って、一人別の所へ向かった。




特別な事はしない。

私が学校の中で向かうとしたら一つぐらいしかない。

学校の中で価値がある場所と言ったらそこくらいしかない。

いつもの空き教室。


誰もいない早朝の空き教室。

ゆらゆらと揺れる身体。まともに歩く気がないだけ。

それでも転ばずに歩いて、隅っこに辿り着いて、そこに座り込む。


そして目を閉じる。


たまに気が向いた時、こうして何となくここで眠ったりする。

自分の部屋で眠るのは飽きるから。

私から何か干渉しない限り、世界は“今日を過ごす”。隅っこで座ってるだけなら干渉したことにならないらしく、昼には食事会が開かれて、放課後には汐里がと話す。

何も思いつく事はないけれど、眠る場所が変わるという変化は幾ばくか飽きを解消させた。すぐに飽きるようになったけど。

ぐるぐると同じ事を繰り返すこの世界は死んでると一緒だ。生きる事とは変化し続ける事、いや、生きるって事に変化は必ず付随するものだ。

不老不死だって周囲は変化するだろう。周囲だけが生きて死んで、それが同じ事の繰り返しだとしてもだ。時間はまっすぐ先へ先へと進んでいる。

でもここは、時間さえも進んでは戻っての繰り返し。

そんな所に私だけが時間の流れから外れて観測する立場になってしまっている。


…………なんて、もう何回考えたんだか。

考えるのも馬鹿らしい。今ここにいるのも馬鹿らしい。

普段通りならそう思った事だと思う。



けれど、今日は違う。



遊びに来たわけじゃない。

心がずっと落ち着かない。落ち着くはずもない。

今も私は否定を続けている。心のほぼ全てが“やめろ”と叫んでそれは止む気配が無い。

ほぼ全て、じゃあ違うのはどこ?

直感。

根拠のないただの直感。

いいえ、根拠はある。無いはずがない。

直感と言うけれど、要は演算の過程を省略したってだけの話。

数式の途中式なんて考える必要が無いから答えを先に出したってだけの話。

完全に根拠の無い直感なんて存在しない。

否定する心を無理やり押さえつけて、私はまずその答えを出すのに解いた数式が何なのかを探った。

そしてそこから途中式も考える。

時間はいくらでもあった。

ぼんやりと、漠然としたその答えの元を探すのもそう時間はかからなかった。

何せそれは、今まで経験した事の中で一番衝撃的な出来事だったのだから。関連する言葉で検索したらすぐに該当した。

そこからその答えを出した理由を探るのもすぐに終わった。


そう。

今まで忘れていた……訳ではないけど。それよりも重要な事があったから、気にしている暇は無かった。それに、もう全て解決したと思っていたから。

だから私は見落としていた。

まだ解決してない謎・・・・・・・・・がある・・・

何が何だかわからない・・・・・・・・・・謎が存在する・・・・・・

直感はそれを伝えていた。

理屈はわかる。理屈はわかった。

だけど、そこまでだ。

方法が問題だった。

直感以外の全ての感情がその行動を起こすのを止めた。

つまり、“やめろ”、だ。


……実際のところ、今も迷っている。

それをする意味はあるのか。駄目だったらどうする。

仮にそれでループから脱せても……それでいいのか?・・・・・・・・

そうまでしてここから脱出して、そんな価値があるのか。

私は、何のために生きている?

矛盾。

この行動は……生きる為に自殺しろ。そう言ってるようなものだ。


今のままじゃみんな死んでいると同じ。

突破口はこれぐらいしか思いつかない。

そうまでして生きたいか。

それで抜け出せた先、私は生きていると言えるのか?

死んでいるも同然じゃないのか?

馬鹿な事はやめろ。

それをするくるいなら、このままだって構わないはずだ。

自分から干渉すればある程度の変化は持たせられる。

こんな事する必要なんか全く無い。

……反論なんか浮かばない。納得するぐらい。

私にはこの否定を打ち負かす反論なんか無い。

だと言うのに私は……覚悟を持って、今この教室にいる。


ずっとずっとぼんやりと浮かんでいた何か。

それを言語化できた時、それにも納得した。

これは反論じゃない。何にも理論的じゃない。

ただの感情の発露。

ただの欲望。

それだけのものだ。

それでも……反論するのを放棄して、何にも解決させずに、私をここに連れてくるには十分なものだった。




生きたい。


このままじゃ嫌だ。




本当にそれだけ。

それだけだった。

惨めな感情。



気がつけば、汐里たちが教室の中心あたりで食事会を開いていた。

もうそんな時間。


何か食べる?

ううん、何も食べる気にならない。


分かりきった自問自答。

これは誰にも……話すのは日頼ぐらいだけど。どちらにしろ、誰にも話していない。

止めるのは分かりきってる。

今度こそ狂ったと思われる。

予知の力とかなくてもそのくらいわかる。結果が分かりきってるならする必要も無い。

……とか考えている自分を見つめ直して、やっぱり思う。

本当に実行する気なのだと。


整理も何もついていない。

だけど閉ざされた中での時間は勝手に動く。

いつも通りの日常を再生する。

もうリピートが必要ないほど見返した。見返すしかなかった。

擦り切れて再生できなくなってしまえばいいのに。

その望みも多分薄い。



みんなが教室を出て行く。



もう無心でいようか。

そんな事私には出来ないか。

だけどもう考える事は無い。

理由付けも出来ない。

その時を待つだけ。


もう否定の理由は聞き飽きた。

言うだけ無駄だ。

そんなに生きたいか。

ああ、生きたいとも。

先に進みたい。

生きて何をする?

そんなの知らない。

でもそれを知りたい。

それは、これからする事よりも価値のある事か?

それも知らない。

わからないから、知りに行く。


何をしたって平行線だ。

もう、ここまで来てしまった以上、遅いんだ。

やるしかない。……やるしか、ないんだ。

今やるしかない理由は無いように思える。だって今日やらなくても明日がある。

明日やらなくても明後日がある。

でも、一度でも先送りにすると、きっとずっとやらなくなる。

無限の時間が私から意思を奪い去る。

その時、私はきっと、死ぬ。

同じ時間に流されて、みんなと同じように同じ事を繰り返して、私個人が死ぬ。

同じ場所で立ち止まって、それ以上先に進まなくなって、終わる。

だから……やるしかない理由は無い、だから今やらなきゃならない。


自分がする事はきっと正しくない。

でも正しいことなんかわからない。

そこらは散々考えた。

もうたくさんだ。

正しいかどうかなんて誰かがどう感じるか、それくらいだ。

結局そうでしょう?全員が“問題ない”と判断したらそれは問題ないんだ。

だから、この行動は……正しくない。

正しくない事だけは、私自身が証明できる。これを正しい事と思えない。

なのに実行しようとしている自分がわからない。

わからない。わからない。わからない。

元々何にもわからないんだ。

今の現状の理由も何にもわからない。

自分の事も世界の事も何にもわからない。

信じられるのはただ生きたいって理由が無い感情だけ。

それぐらいにしか縋れない。


全部全部言い訳。

正しくないってわかってるくせに正当化しようとしてる。

変だよね。

本当に狂ってるのかもしれない。

狂いでもしなきゃこんな事しないか。

狂いでもしなきゃこんな世界に耐えられないかもしれない。

元々私は狂ってるのかもしれない。

思考がぐるぐる同じ事を繰り返す。

もう考えた事を忘れたふりをしてもう一度考え直す。

同じ本を何回も読む。

展開を知ってても何度も読み直す。

何も進まないけど、時間は勝手に進む。

……なんとなくだけど、汐里もこういう事をよくしている……気がする。

暇な時とか。時間を潰すために、意味のない思考をぐるぐる回す。

ただの偏見だけどね。そんな気がする。

汐里と同じ事をしているって思うと、少し楽しくなってくる…かもね。


多分、気のせい。


それでも、どんな事を考えても、時間は過ぎる。

時間の流れは体感でとても早くなった。認識するのに飽きたからだと思う。

何も食べなくても明日になれば体調は元に戻る。それに気がついたらその場から全く動かなくなったりもした。

どのくらいの日にちが過ぎたのか私もよくわからない。数える方法が無いもの。記憶だけが頼りだ。

私の記憶を残して世界はリセットされるから、物理的にメモを残しておく事も出来ない。

そして日数を数えたところでどうでもいいって事に気がついたらすぐに記憶するのもやめた。

それからずっとずっと、直感の理由を探し続けていた。


今に至るまでにどれだけの時間を費やしたんだろう。

それは行動に移るに値する日数だったかな。

違和感の無い日数だったかな。

……気にしてもしょうがないけど。

もし誰かが見ていたら、その程度の時間で諦めるのか、みたいなこと言われそうかなって。……誰が見ているんだか。

誰かが見ているとしたら、それは多分神様とかそこらだろう。見てるだけの神様。

神様にとって私のいる世界は何かの物語でしかなくて、とか。

いっそのこと全部夢だったらいいのに。

これまでの時間、努力が全て水の泡になってもいい。元に戻るのなら。


…………。

それこそ、夢物語。

それも何度も考えた事だ。

まぁ、夢の中みたいなことがたくさん起きてるしね。

そう考えるのも無理はない……と、思う。

この力の事だって嘘みたいな話だし。今更だけど。

ほんと……なんでこんなことになっちゃったんだろう。

この世界に変な力が存在してなかったら平和に過ごしていたかな。

平和。確かに周りと変わらない平穏な日常を過ごしていた、かも。

ただしそれはきっと汐里と関わることのない世界。

味気なさすぎる世界。

そんなの嫌だ、と言えればいいのだけど。

力がある場合の結末がこんな最後だったのなら無かった方が良かった……のかも、しれないとか、考える。

幸せも多い。でも……不幸せも多い。

どちらの方が私にとって良い世界なんだろう。


考えかけて、思考を断ち切る。

私には選べない話だ。

選ぶ権利なんか無い。神様じゃないんだから。

そして、時間ももう無い。

立ち上がって、教室の中央で立って、近づいてくる気配を出迎える。

結局準備なんかできなかった。

できるはずないもん。

できたのは、ただこの時間までを過ごす為の時間潰しだけ。

……それだけでも精一杯。


ああ、そうだ、色々考えたけど。


本音は、こんなこと恐ろしすぎてできるはずない。ただそれだけ。


けれど時間潰しの甲斐あって、もう私は崖っぷちだった。



……私が干渉すれば、少しだけみんなの行動は変わる。

そして、ここは私から話しかける場面。


汐里が入ってきた。

後ろ手に扉を閉めて、鍵も閉める。

かちゃり。

静かな教室にその音がよく響いた。


最初はなんて声をかけようか、と考えたけど…やっぱりなんとなくで話す事にした。


「いらっしゃい、汐里」

「うん、来たよ」


覚悟の時だ。




気がついたら。

私は鉄の柔らかいソファに座って、汐里に膝枕をしていた。


「……なんだか緊張してるね」

「あれ、そうかな」

「うん、実束鉄みたいにかちこちだよ。実束らしくない」

「……なんか色々意識しちゃってるのかもね」

「色々ってー?」

「色々です。……ほら、安心させる為にも眠って。眠るんでしょ?」

「はいはーい」


何か話そうか。

ううん、何もいらない。

何も話す必要は無い。

本当に?

話してるうちに気持ちが揺らぐ気しかしない。

後悔は無い?

あるよ。きっと私は後悔する。

それでも、今はこれしか道が無い。

私にはこれしか見えない。

ここしか進めない。

歩みは止められない。


「それじゃ……おやすみなさい」

「うん、おやすみなさい」


汐里は目を閉じて、すぐに寝息を立て始めた。

相変わらず一瞬で眠りに落ちる。汐里はいつも通りだね。

その頭を何回か撫でる。

……ああ、ああ、私は本当に……


「……だめ」


揺らぐ心を固める。

鉄で覆って形を保つ。

もう動かない。


汐里の寝顔を見下ろす。

完全に無防備。身体を明け渡しでもするように、何もかも任せている。

それは汐里が私を信じてくれてるからだ。


「………………ふー…」


心が鉄の中で暴れ出す。

だめ。だめだよ。

やるんだ、私、やるんだよ。


「はぁ……ふぅ、はぁっ…はーっ……」


盛大な矛盾を感じるそんなの今更だ、わかってたでしょうなんども確認したでしょう


「はぁっ…はっ、ふーっ、……はぁっ、あ、」


やっていいわけない納得できないできるだけの確証が無いでも確かめようが無いこれ以外に方法がわからないなんにもわからないからだから


「ふぅ、ぁっ、く、はーっ、はーっ…!はっ、はっ、はぁぁっ……ふぅっ、ふーっ、ふーっ」


考えるな考えるな考えるな!心臓が高鳴る苦しい、息が詰まる苦しい「ぁ、ふっ、ふぅぅっ」全身が震えて嫌がって「やれ、やれやれやれやれ」でもだけど正しさなんてわからない何が不正解かもわからない「これしかないこれしかないこれしかぁああああああああああ!!!!!!」






「あ」






視界が戻ったら、鉄塊に顔を潰された誰かが見えた。




「あ、ぁえ、ひ————ごぶっ」



お腹の中がせり上がってきた。





扉が開く音がした。




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