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いつも通りに目覚めた朝。

背伸びして、適当に準備して、いつも通りに学校へ向かう。






「ねぇ、実束みつか

「ん?」

「私たちが今こうしてるきっかけ、覚えてる?」

「私が突撃したのがきっかけでしょ。こう、どりゃああああって」

「そんな気もするけど……しかし、なんで?」

「私の直感が叫んだんだよー、こう……あれ?」


喋ろうとした時、何か違和感がよぎった。


「?実束、どうかした?」

「……ん……なんとなく変だなぁと思って」


今は、汐里しおりと並んで普通に登校しているところ。

汐里はいつも通り……そう、いつも通り。


「変?違和感ってこと?」

「うん、そうなんだけど……気のせいの可能性大だよ汐里しおり

「そう?……そう」


なんだったんだろ、今の違和感。

説明し難い何か……そう、なんというか、なにもおかしくないんだけど、おかしい、というか。

だめだ、説明できない。……気のせいだろうし、今はなにも感じないからいいんだけど。


もう一度汐里の様子を見てみる。

目が前を向いてなにも見ていない。これは思考中。


「……考え事?」

「前見て」

「大丈夫、別に誰にもぶつからない……から……」


…………?


「……それで、何の悩み?」

「……会ったばかりの頃夢がどうとか言ってなかったっけ」

「うん、言ってた。現実がつまらないからこそ……ってやつ」

「そう。よく覚えてるね」


また、だ。

また何か変だ。


「……今も夢は楽しいよ」

「………」

「だから不思議なの、私がそういう考えを持つようになったきっかけとか理由が全然わからなくて」

「……汐里」

「うん?」

「その……それ、昨日結論出たんじゃなかったっけ」

「?」

「ほら、昨日あの教室で……」

「昨日は……確か、あそこに入らなかったと思うけど」

「えっ?」


なんだ。

なに、これ?


「……もしかして、夢にでも見た?」

「…………」


夢。

夢……だったのかな。

それにしてはリアル過ぎた。現実と変わらない感覚だったし、記憶もはっきりしてる。

だけど、納得できる理由。


「……そうかも。もしかしたら寝ぼけてるのかも……」

「夢見はよかったんだね。よきことよきこと。……それで——」



そこから話した内容は、ほぼ夢そのままだった。






教室の中で有象無象。その聞こえてくる声も聞き覚えがある。

後ろから聞こえてくる日頼ひよりの声も。

黒板の日付は、昨日……いや、夢の中と同じ日付になっていた。


「………………」


メールが届いている。

差出人は。






瞬く間に時間が過ぎた。

午前が終わってお昼の時間。

私は席を立って、汐里に視線を送る。




空き教室。

中にはイベリスと日頼とお姉ちゃんがいる。


「こんにちは、実束さん!どうぞどうぞ、お座りください」


イベリスが私を出迎えた。

お姉ちゃんがオムレツを食べている。


「あら実束、遅かったわね……このオムレツは既に消失したわ」

「追加でーす」

「なんと!?」

「…………」

「……うーん……おいしい……」

「…………。そんなわけだから、食べて」

「……うん」


汐里が入ってくる。


「あ、汐里ちゃん。波浪!」

「……はろーです、実房さん」


入ってすぐにテーブルに並べられた料理を見て状況の理解に努めているんだろうね。


「汐里さん!こんにちは!今日も一段と


全部は覚えてないけど多分全部同じ。


「……イベリス、なんでいるの?」

「見ての通り、ランチを持ってきたんです。元々汐里さんの為にと思って作っていたのですが少々勢いがついてしまいまして」

「勢いがついたどころじゃないと思うんだけど」

「……悪いけど、処理手伝って。というか汐里が原因なんだから責任とってよね」

「流石にそれは無理やりすぎない?……食べれるだけ食べるよ、ちゃんと」


言いつつ汐里は私の隣に座る。


「いやー、お昼一緒に食べようってつもりだったんだけどね。まさかイベリスが来るとは」

「こういう細かなところでポイントを稼ぐのです。そしてこれもあるじ様の監視の一環です。何も問題はありません」

「日頼ちゃんも大変よねー。具体的な能力の名前はわからないけど、監視役がつく能力ってほんとよくわからないわよね」

「そーですねー……イベリス、私と汐里どっちが大切?」

「それは勿論汐里さんです!」

「笑顔で言い切ったなこいつ……」

「……ほんと、よくわからないね」


イベリスのスタンスはそんな感じだ。


「とりあえず、いただきます」

「はい、どうぞどうぞ!」

「味は私が保証しましょう。私とて枳家の料理担当……味にはうるさいと自負しているわ」

「……そういえば、日頼は料理できるの?」

「やるわけないでしょめんどくさい」

「だろうと思った」

「失礼な」

「予想は簡単だよ、あなただったら特に」

「汐里は結構できるよね」

「まぁ、やろうと思えばね……あ、これ美味しい」

「!!!!!!!!!!」

「でも反応はうるさい」

「………………!」

「そのくらいならいいよ」

「やた。です」

「でも」

「!?なんでしょうか……」

「……美味しいのはいいんだけど、量が多過ぎると思う」

わたくしの愛の具現、その一角ですので……」

「余ったら勿体無いでしょうに。……実束とか実房さんとか、食べきれる?」

「もう食べれない」

「私はこのくらいが限界かも」

「もう食べたから後はよろしく」

「…………。……じゃあ、仕方ない。起きて」


汐里の背中からとこちゃんが生えてきた。


「ん?む、これはなにやらいきるちからにあふれたけはい……!」

「気配というか、多分匂いだと思う。常ちゃん、起きて早々悪いけど手伝ってくれる?」

「えっ、きょうはこれぜんぶたべていいの!!」

「あ……うん、是非とも食べて」

「わたしのいぶくろはほしのように!」


料理がどんどん常ちゃんに食べられていく。


「結局常ちゃんって何なのかしらね」

「さぁ」

「ささ、汐里さん汐里さん。常さんが全て食べてしまう前にどんどんどうぞ。こちらわさびが合いますよー」

「ん、ありがとう。……ああ、イベリス」

「はい?」

「イベリスの事は別に嫌ってないから、むしろ好きだよ」


イベリスが消し飛ぶ。


「……そこまでか」

「安易に甘やかすんじゃないわよ」

「この位いいでしょ、実際本心だし」

「またエスカレートするわよ?」

「度がすぎなければ止めないよ。……おいしいし、これ太らないし」

「ふとってたらいまごろわたしはにくだんごです」

「太らないのにお腹は膨れるって不思議よねー」


「…………」


汐里がまた考えてる。考えながら食べてる。

今度の議題は。


「……ご馳走さま」


あれだろうな。








午後の授業の内容も、一緒。


本当にあれは夢だったの?

信じられない。正夢にしたって同じすぎる。

ずっとずっと違和感が消えないんだ。この先の展開がわかる。

この違和感の正体は既視感だ。

夢というには……夢らしくなさすぎる。


「…………」


授業が終わる。


……………。








いつもの教室。


部屋で待ってると、汐里が入ってきた。

後ろ手に扉を閉めて、鍵も閉める。

かちゃり。

静かな教室にその音がよく響いた。


「答えは出た?」

「開口一番それなんだ」

「知ってるから」

「さすが、実束はちゃんとわかってくれるね」


飛びつかれたけど難なく受け止めて、そのまま柔らかい鉄のソファに倒れこんで二人で並んで座る。


「話していいよ」

「夢と現実の話だけど、ちょっと違う。えーと……夢は夢であるからこそ楽しい、現実で夢みたいな事が起きてしまったら夢が楽しくなくなる…の話だけど」

「うん」

「んと……ふと思ったけれど、最近そんな夢みたいな事ばっかりだなって」

「そうだね」

「昼なんかね……冷静に考えるとちゃんちゃらおかしなことばっか」

「うん、色々」


汐里は部屋の内装を見て笑いだす。


「……いや、ふふふっ……実束、ほんとにこれ全部鉄?」

「こうできたからにはみんな鉄だよ」

「そっか。なら、うん、鉄……なんだろうね、ふふふふっ」


笑い方も、夢、と同じ。


「……そう、そう、えぇとー……とにかくね。前はああ言ってたのに、今私普通でしょ?それがなんでだろって思ったの。朝と違うのは“今”の自分の理由を考えてる点だね。で、考えた結果……数々の異常な要素はあれど、私がしてることって、割と普通なのかなって」

「友達と放課後二人でお話とかは割と普通……だよね?お昼に集まってご飯とかも、家に集まってゲームとかも……ちょくちょく異常なことはあるけれど、やってること自体は普通。……それで、気がついたんだ」


汐里が身体をだらんとさせた。


「……私、そういうことをしてきてこなかったんだなって」

「別に、今私は夢を壊してるわけじゃない。やってることは普通に現実なんだ。……だけど、私自身は普通じゃない。具体的な事はわからないけど変な力を持ってる」

「だから、変な力を持った人で集まってる。でもそれでおしまい。倒すべき敵もいない。果たすべき特別な目的もない。私たちは他の有象無象の人達と特に変わらないんだ」


一呼吸。


「結論。私は、私なりに現実をちゃんと生きてた。むしろ……前は現実がつまらなくて夢が楽しかったけど、今は夢も現実も楽しい」


楽しそうに話す汐里を眺めていると、汐里が身体を転がして私の方を向いた。


「私今、どうやら幸せみたい」

「……そっか」


手を伸ばして、同じように優しく頭を撫でる。

みるみる汐里の顔がふにゃっとしていく。知ってる顔。あんまりまじまじ見られたくはなかったのか私の膝にぱたんと倒れ込んできた。


「それでおしまい。ご静聴ありがとうございました」

「うん。……幸せですか」

「うん。こうしてあっぴろげに話せるのも幸せ。実束が聞いてくれるのも幸せ。そうして、撫でてくれるのも……幸せ」

「……」

「今日も大好きだよ、実束」


私を見上げて、頰を優しくさすってきた。

私は……そっとそれに手を添える。


「私だって大好きだよ」

「……ん」


満足そうな声。

手が下されて、汐里が私に身体を預けたのを感じた。


「ふふ、えへへ。…実束」

「うん、いいよ」

「ありがとう……いつもごめんね」

「……そのためみたいにここにきてるのはあるから」

「……てへへ……」


汐里が目を閉じた。





「……実束、私、こんな幸せでいいのかな?」


「当たり前だよ」


「ん……うん。それじゃ、しばらく……」



「おやすみなさい」

「おやすみなさい」



そこで汐里は眠った。



「…………」



汐里は変わらない寝息を立て続ける。

変わらない、変わらない。それは、夢と?


「…………」


……とにかく。


「…………」


起きるまで、見守っていよう。








起きた時間も一緒だった。

帰り道で交わした会話も一緒だった。

今こうして自分の部屋に帰ってくるまで、全て経験してきた事だった。


「…………」


おかしい。

疑惑はほぼ確信へ変わってきている。

だけど、最後の一押しが足りない。

断定はできない。

その為にも……眠る必要がある。



布団に入って、電気消して、毛布に包まれながら目を瞑る。

今度は紡へ声を飛ばすとかそういうことは考えない。

ただただ時間を経過させる為に。



おやすみなさい。












起きて、すぐに私は目覚まし時計を確認した。


「……なんなの……」


日付は変わってなかった。



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